第41話 日々の積み重ね
死神の森を出て、北に進路を変えた私達は、数時間後、とっても大きな畑を見つけました。
「随分と広い畑ですね。この規模だと、恐らく、小麦を育てているのでしょう」
「なにもないよ?」
「今は冬だからねぇ。全部収穫した後なんだよ、ハナちゃん」
「そっか」
「それは良いとして。問題は、こちらですね……」
そう言って、テラスから身を乗り出して地面を見下ろすベルザークさん。
彼が言いたいことは、私も理解してるよ。
ネリネを背負って歩くガブちゃん(仮)は、当然だけど、大きいよね。
だから、普通の道幅に収まらないわけで、畑にはみ出しちゃってるのです。
端っこだけ、と言いたくはなっちゃうけど。
でも、これだけ広い畑を耕すのは、絶対に大変だよね。
そんな大切な畑を、踏み荒らしちゃったんだ。
うぅぅぅ。もっと早く気づけばよかったのになぁ。
「どうしよう……やっぱり、謝った方が良いよね」
「そうですね。少なくとも、すでに荒らしてしまった分は、謝った方が良いでしょう」
「だよねぇ」
ベルザークさんも農作業の大変さは知ってるみたいだし、私と同じ意見みたいです。
そうと決まれば、この大きな畑の持ち主を探しに行きたいんだけど。
探すために、荒らしてたら、意味ないよね。
「ネリネから降りて、道の先に進んでみるしかないかな。ちょっと先の方に、村っぽいのも見えてるし」
「では、私が村まで行って、事情を話して来ましょうか」
「う~~~ん。お願いしたいところだけど。どうしようかなぁ」
確かに、大人のベルザークさんが村まで行って話してくれるのが、一番いいかもしれないね。
私は『死神』だって怖がらせちゃうかもしれないし。
ハナちゃんを一人にするわけにもいかないし。
でもなぁ。
ベルザークさん1人に任せて、大丈夫かなぁ?
「……うん。やっぱりちょっと不安だから、3人で一緒に行こう」
「あれ? もしかして、私はあまり信用されていないのでしょうか」
「自覚してないから、不安なんだよ。ベルザークさん、私達以外とはいつも喧嘩してるし」
カルミアさんとか、白と黒の2人とか。
ブッシュお爺ちゃんにも、ちょっと文句を言ってたし。
「こういうのは、日々の積み重ねなんだよ」
「ははは。私もまだまだ、精進が必要なようですね」
分かってくれたのかどうか、微妙な反応だなぁ。
まぁ、取り敢えず、今回は一緒に出ることで問題なさそうだね。
「ハナちゃん。寒くない? マフラーと帽子は被った? それと、手袋もね」
「したよ! ポカポカ!」
「よろしい。それじゃあ、行こうか」
ネリネの1階に行き、ガブちゃん(仮)のわき腹にある縄梯子を使って、地面に降りる。
これから地面に降りる機会が増えるなら、もうちょっと降りやすい方法を準備した方が良いかもだね。
特に寒い時期は、縄梯子を降りるのが億劫になっちゃうし。
ガブちゃん(仮)に、そのまま待っておくように伝えた後、私達はトボトボと道を歩きました。
いつも通り、シーツと箒がハナちゃんについててくれてます。
「どうやら農村のようですね。あまり大きくはないみたいですが」
「小さな村ってことは、少ない人数でこの畑を耕したってことだよね? すごいなぁ……」
「ねぇリッタ! 見て! なんか、臭いのが落ちてるよっ!」
「え? 臭いの?」
「それは……ハナちゃん、それに触らないようにしてくださいね」
道端に落ちてる土の塊みたいな物。
ハナちゃんが言うには、臭いらしいけど。
正直、私にはその臭さが分かんないや。
土のニオイなら、するけどな。
「ベルザークさん、あの塊が何か知ってるの?」
「肥料ですね。簡単に言えば、ウンコです」
「ウンコッ!? ばっちぃ!!」
どうしてハナちゃんはちょっと楽しそうなのかな?
「ハナちゃん、なるべく道の真ん中を歩こうね。それと、それのことは肥料って言いましょう。ウン……って呼ぶのは、はしたないよ」
「ウンコはウンコだもん」
「ちょっとベルザークさん。ハナちゃんに変なこと教えないでよ!」
「これは失礼しました」
ホントだよ。
とにかく、肥料を踏まないように歩かなくちゃだね。
それにしても、森の外ではウン……を肥料に使うんだ。
知らなかったなぁ。
「さて、そろそろ村に到着しますが、リグレッタ様。事情の説明はどうしますか?」
「ん? そのまま起きた事を伝えて、謝れば良いんじゃない?」
「それは……なんというか、村人達を混乱させてしまうような」
そうかな?
確かに、私が解放者だって気づいたら、慌てるかもだけど。
ちゃんと話をすれば、分かってくれると思うけどなぁ。
「まぁ、話してみないと分からないよね。あ、誰か出て来たよ!」
「あれは……」
村の中から、桑を手に持った恰幅の良いおばちゃんが出てきた。
もしかして、今から畑作業するつもりなのかな?
なんて思ってると、そのおばちゃんが、桑をギュッと握りしめながら、声を張り上げる。
「そこで止まりなっ!! この村にゃ、奪えるようなものは何も無いよっ!!」
「え? 奪う?」
そんなつもりは全然ないんだけど。
あ、そうか。
私が死神だって分かったから、命を奪われるって思ったのかな?
ここは、ちゃんと説明をしよう。
と、思った瞬間。
私の隣を歩いてたハナちゃんが、女の人の足元を指さしながら叫んだ。
「おばたん! そこ! ウンコがあるよ!! 踏んじゃってる!!」
「こ、こら、ハナちゃん。今はそんなこと言ってる場合じゃないんだよ。ごめんなさい、この子、肥料の事をウンコって呼んでて。って、そんなことどうでも良いですよね」
「でも、ウンコ、踏んじゃってるよ?」
「ははは。さすがは、ハナちゃんですね」
「笑い事じゃないよ、ベルザークさん」
「……な、なんだい、びっくりしたじゃないか」
おばちゃんも呆れたような顔してる。
ある意味、警戒を解いてくれたってコトかな?
チャンスだね。
「えっと、初めまして。私、リグレッタって言います。この子はハナちゃんで、彼はベルザークさん。ちょっとお話したいことがあるんですが、村に入ってもいいですか?」
「白髪の女の子に、獣人族の子供……? あ、アンタら、もしかして!?」
「お気づきになられましたか、マダム。お察しの通り、この方は解放者のリグレッタ様です」
「解放者……ははは。まさか、生きてる間に、姿を拝むことになるとはねぇ」
そう言ったおばちゃんは、構えていた桑を地面に降ろすと、踵を返したのです。
「こっちにおいで、外で話すのは、身体に堪えるからねぇ」