第38話 ずっとずっと
「いやぁ。やはりリグレッタ様の作る風呂は格別ですね。良いお湯でした」
「喜んでくれるのは嬉しいんだけど、せめて上になにか羽織ってきてくれないかな」
「おいたん、風邪ひいちゃうよ」
「この清々しさが良いのですが……。まぁ、確かに。風邪をひいてしまっては元も子もありませんね」
上裸のまま、ソファに座ろうとするベルザークさんを、阻止することが出来ました。
良くやった、私!
そして、ハナちゃんもナイスアシストだね。
お風呂に入って火照った身体を、フカフカのソファで休める。
なんという贅沢なのでしょう。
贅沢すぎて、ボーっとしてるだけで時間が溶けて行っちゃうよ。
気が付いたら、いつの間にか上着を羽織ったベルザークさんが、対面のソファに座ってるし。
あぁ。最高。
「リグレッタ様、顔が腑抜けになってますよ」
「むぅ。別にいいジャン。一仕事終えたんだからさぁ。ちょっとくらい休憩させてよ。ね、ハナちゃん」
「むにゅぅ~」
ちょっとちょっとちょっとっ!!
なに今の可愛い声!?
寝言かな!?
ほんのり赤い頬っぺたを膨らませて、ソファに寝転がってるから、きっと寝言だよね!?
あぁぁぁ!
ほっぺた、プニプニしたいなぁ。
ぜったい柔らかいよね。
多分、母さんの胸と同じくらい、柔らかいはずだよ。
あぁ、懐かしい。
「今度は目が危ないですよ」
「っ!? なんか。ベルザークさんに言われたくないなぁ」
「なぜですか!?」
なんとなく?
まぁ、特に理由は無いけど。
釈然としてない様子のベルザークさんは、一つため息を吐いた後、気を取り直すように口を開いた。
「ところで、ネリネを動かすのは、いつになるのでしょうか?」
「あぁ。そうだねぇ。それも考えなくちゃだったねぇ」
「北か東か。ですね」
「東かなぁって思ってるけど、でも、ベルザークさんは北に行って欲しいんだよね?」
「そうですね。最終的には、リグレッタ様のご判断にお任せしますが」
「丸投げかぁ」
「信頼しているのですよ」
物は言いようだね。
「そういえば、万能薬が北で必要になるって感じのこと言ってたけど、あれってどういう意味なの?」
「それは……あまり面白い話題ではないですが、よろしいですか?」
そう言ったベルザークさんは、ハナちゃんに視線を投げた。
スヤスヤ寝息も聞こえるし、大丈夫じゃないかな。
そんな私の意図を汲み取ってくれたみたいで、ベルザークさんは話し始める。
「実は、ブッシュ王国のカルミアより、先日の襲撃について情報提供を受けたのです」
「襲撃って、白と黒の2人のこと?」
「はい。あの2人。つまり、プルウェア聖教国に会合のことを漏らした間者が、カルミアの傍に見つかったとのことでした」
「そ、そうなんだ」
ダメだね。
なに言ってるか、分かんないや。
間者って、なんだっけ?
漏らすって、何を?
間者さんがお漏らししたってお話……じゃないよね。
なんて考えてる私に、真剣な眼差しを向けて来るベルザークさん。
ここは、真剣に聞いてるフリをしなくちゃ、失礼だよね。
「その情報を、ブッシュ王国は私だけでなく、フランメ民国にも共有したとのことで、現在、北方にあるフランメ民国とプルウェア聖教国の国境近辺が、緊迫した状況になっているようです」
「それはそれは。大変だねぇ」
「……リグレッタ様。ちゃんと理解されていますか?」
「ごめん。良く分かって無いや。簡単に教えてよ。ベルザークさんは何をそんなに不安になってるの?」
「不安に……? 私が不安そうに見えるのですか?」
「え? 違うの?」
眉をひそめて、なんか難しいことを言って。
そして、私に助けを求めてくる。
それはもう、不安そうに見えるんだけど。
違うのかな?
「そうですね……私が不安に思っていること。それは、戦争が始まるのではないか。ということです」
「戦争……それは」
「んぁぁぁぁ」
そんなに怖いものなの?
って聞こうとしたんだけど、ハナちゃんが起きちゃった。
なんか、目をゴシゴシと擦った後、私の方をボーっと見て来る。
「おかあたん……?」
「え? えへへぇ。お母さんじゃないよ。リグレッタだよぉ」
「一気にデレましたね」
「リッタ。ねぇ、キラキラはしないの?」
「キラキラ? って、なんのことかな?」
「はて、私も知りませんね」
ハナちゃん、寝ぼけてるのかな?
ソファから立ち上がった彼女は、覚束ない足取りで、階段の方に向かって行った。
そのまま放置するわけにもいかないよね。
私とベルザークさんは、視線を交わした後、ソファから立ち上がる。
ちょっとだけ名残惜しいけど、それよりもハナちゃんを追いかけなくちゃ。
「ハナちゃん、どこに行くの?」
「キラキラ、しないとダメなんだよ」
「ハナちゃん、そのキラキラと言うのは、何のことでしょうか?」
「おいたんも知らないの? キラキラにお祈りしないと、ダメなんだよ」
お祈り?
もしかして、ハナちゃんのお家では何かお祈りをしてたのかな?
その時に、キラキラする物を使ってたとか?
でも、急だよね。
いままでお祈りなんてしたことなかったのに。
「もしかして……いや、ですが……」
「ん? ベルザークさん、何か心当たりがあるんですか?」
「確証はありませんが」
5階のキッチンまで歩いて行くハナちゃん。
そんなキッチンの棚を開けて何かを探してるみたいだけど、見つからないみたいだね。
ちょっと泣きそうになっちゃってるよ。
そのお祈り、そんなに大事なものなの?
なんとか、手伝ってあげたいけど。
何を探せばいいか、分からないんだよね。
項垂れてるハナちゃんに、なんて声を掛ければ良いのか私が悩んでると、ベルザークさんが口を開いた。
「ハナちゃん。もしかして、探しているのはこれではないですか?」
そう言って、彼が懐から取り出したのは……。
なにこれ。
白い棒?
私は見たことないなぁ。
でも、ハナちゃんは見たことがあったみたいで、パァッと顔を赤らめると、元気よく「それっ!!」と言った。
「ベルザークさん。それは何なの?」
「これは蝋燭です」
そう言った彼は、蝋燭をキッチンのテーブルの上に置いた。
そして、同じく懐から取り出した火打石で、火を付けてみせる。
はぁ。
なるほどね。
キラキラって、この灯りのことを言ってたんだ。
「リッタ、これがキラキラ」
「そうだね。綺麗だねぇ。ハナちゃんは、これにお祈りしてたの?」
「うん!」
「ハナちゃん。ちなみに、この蝋燭……キラキラに、どんなお祈りをするんですか?」
「えっとね、ずっとずっと楽しいが続きますようにって、お願いするんだよ」
「へぇ。素敵だね。私もお祈りしようかな。ちなみに、ベルザークさんは、どんなお願いを……」
なんとなく、尋ねようと思った私は、ベルザークを見て口を閉ざしちゃう。
だって、まさか泣き出すなんて思ってなかったんだもん。
右目から、一筋だけ涙を溢してる。
そんな涙を拭った彼は、何事も無かったようにいつもの様子に戻ったのです。
「私も、ハナちゃんと同じことを、毎日祈っていますよ」
「……え!? ちょっと待って、毎日ってどういうこと?」
「毎日は、毎日です。寝る前、自分の寝室で。リグレッタ様の居る方角に向かって、祈りをささげる。それは私の日課なのです」
「それで、蝋燭と火打石を持ち歩いてるの?」
「はい。いつ、いかなる場所でも、祈りだけは捧げられるように」
「ちょっと怖いんだけど」
「大丈夫です。いつもは見えない場所でやっていますから」
そう言う問題じゃないんだけどなぁ。
って言うか、今、私が目の前にいるのに、祈り始めちゃったよ。
ハナちゃんまで祈り始めてるし。
取り敢えず、私も祈っておく?
なんて祈ろうかなぁ。
そうだ、ネリネの畑でも、美味しい野菜が採れますように!
うん。完璧だね。