第35話 棚からネリネ
ベルザークさんの意味深なお願いを、私は一旦保留にした。
手紙の内容を教えてくれなかったし、なんか、隠してるっぽいからね。
少し様子を見て、考えた方が良いと思うのです。
まぁ、ベルザークさんも私が即決するとは思ってなかったみたいだから、問題はなさそうだね。
その後、私はカルミアさんへの返事を書きました。
約束の万能薬5個と一緒に、折り鶴に運んで貰うためだね。
ホントは、10個作れてるけど、まぁ、無理に送り付ける必要も無いよね。
そして一夜明けた今日。
私達は朝食を終えた後、3人で暖炉の前に集まって、会議を開いているのです。
「皆に会いに行く。という意味で、ミート・ホームはいかがでしょう」
「ミートって、お肉みたいじゃん」
「お肉!? うましっ!!」
あぁあぁ。ハナちゃんが反応しちゃったよ。
そんなに期待の目を向けられても、お肉は出てこないよ。
今は干し肉くらいしかないからねぇ。
冬になってから、新鮮なお肉を食べれてないからかな。
ハナちゃんは最近、お肉に過剰反応するようになってます。
「リグレッタ様。ハナちゃんも喜んでいるので、ミートホームで良いのではないでしょうか?」
「えぇ~? お肉の家って……ホントにそれで良いの?」
「お肉の家ではありませんよ。皆に会いに行くという意味です」
会議が始まって、そろそろ1時間くらいが経とうとしてる。
あれだよね、ベルザークさん、家の名前を決める会議が面倒くさくなってるね。
さっきから提案してくる内容が投げやりだもん。
「はぁ……」
思わずため息がこぼれちゃった。
家にあった色んな図鑑とか辞書とかを広げてるけど、意外とアイデアは浮かんでこないよね。
リーフちゃんの唄を名付けたときも、こんな感じだったっけ?
あの時は、父さんに笑われた覚えがある。
適当じゃねーか! って。
あれ?
もしかして私、ベルザークさんを笑えない?
まぁ、ミートホームよりはマシでしょ。
なんて、私が自嘲してる横で、ハナちゃんの口から涎がポトリと落ちてくる。
「あ! ハナちゃん、涎垂れちゃってるよぉ!」
「お肉の家……」
「やっぱりダメだね。ミートホームって言う度に、ハナちゃんが涎を垂らしちゃうじゃん」
私の文句を聞いても、ベルザークさんは納得いかない様子。
それなら私にも考えがあるよ?
「まぁ、ベルザークさんが毎回涎を拭いてくれるなら良いけど」
「それは勘弁願いたいですね」
ベルザークさんも、ようやく分かってくれたみたい。
そう思って、私がホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間。
今度はハナちゃんが駄々をこね始めます。
「ねぇ~。リッタ。飽きたぁ~」
「そっかぁ~。飽きちゃったかぁ」
そろそろ、休憩を挟んだ方が良いかもだね。
仕方が無いから、一旦お茶でも飲んで休憩にしよう。
お茶とカップの準備は、ハナちゃん達に任せよう。
私は、もう使わないだろう図鑑と辞書を抱えて、寝室に向かいました。
こんなに分厚い本を、ペラペラとめくってても、アイデアは浮かんでこないからね。
次は、皆で紙に書きだしながら考えてみようかな。
「んしょ。ふぅ。こいつはここで、こっちにこれが入って」
ふふふ。
本棚に綺麗に並ぶ背表紙って、見てて心地いいよね。
残りは、上の方の棚だ。
ホントは自分で入れたいけど、背が届かないから、自分達で並んでもらおう。
いつものように、床に落ちてる本に魂宿りの術を使った。
直後、宙を舞い始める本たちの様子を、私は見守るだけ。
まるで鳥のように羽ばたきながら、棚の上の方まで浮かび上がった本たちが、綺麗に整列しながら、元通りに……ん?。
あれ?
なんか、図鑑が1冊、入りきらなくなってるような……?
「ちょっと!? 無理やり押し入ろうとしちゃダメだよ!?」
咄嗟に術を解こうとした私だったけど、少しだけ、遅かったみたい。
あぶれた図鑑が、無理やり棚に並ぼうとしたせいで、グワングワンと本棚が揺れちゃう。
その様子を、私は何度か見たことがあったのです。
「はぁ……これはもうダメだね」
呟くと同時に、本棚が大きな音を立てて倒れちゃう。
「リッタ!? だいじょぶ!?」
「リグレッタ様!? 大丈夫ですか?」
ドタバタと駆けて来る2人に、私は大丈夫だよと手を上げて見せた。
何度も同じ失敗を繰り返してるからね。
最近は失敗しなくなってたと思ってたんだけどなぁ。
改善方法を考えなくちゃだね。
「本が散らばっちゃったから、片づけてからそっちに戻るね。2人は先にお茶を飲んでて良いよ」
「ですが」
「大丈夫だって。本棚も元に戻さなくちゃだし。ハナちゃんが近くに居るのは危ないからね」
「なるほど。分かりました。ではハナちゃん。私達は戻って、お茶を飲んでおきましょう」
「は~い」
キッチンに戻って行く2人。
うん。それじゃあ私はあと片付けに取り掛かろうかな。
魂宿りの術で、本棚と本たちに浮いてもらって、元通りに並んでもらう。
今度は失敗しないようにね。
図鑑とか辞書の1冊1冊に意識を集中しながら、綺麗に整列させていく。
そんな作業をしている中で、私は、色鮮やかな花の絵に、目を奪われたのです。
それは、図鑑の1ページに描かれた、赤とかピンク、それに白い色のお花。
気が付けばその図鑑を手に取っていた私は、花の名前とその下に書かれた解説に目を通しました。
「ネリネ……花言葉は、『また会う日を楽しみに』」
これじゃん!!
これ以外、ありえないよねっ!!
すぐに2人に教えよう!
きっと、ハナちゃん達も気に入るよね?
急いで部屋を飛び出して、キッチンに向かった私は、お茶を飲んでる2人に向けて、そのページを見開いた。
「どーしたの、リッタ?」
「ネリネ? ふむ。綺麗な花ですね」
「そうでしょ!? でね、花言葉が『また会う日を楽しみに』なんだって! これ、良くない!?」
「ネリネ。そうですね。言いやすいですし、素敵な響きだと思います」
「ネリネ! うましっ?」
「うましじゃないよっ。私たちの作るお家の名前だよ」
「おぉ~。ネリネ!」
ハナちゃんもベルザークさんも、気に入ってくれたみたい。
良かった良かった。
これで、暖炉の前で頭を悩ませる必要がなくなったんだね。
「家の名前も決まったことですし。乾杯でもしませんか?」
「お、ベルザークさんにしては、良い案ですね!」
お茶で乾杯するのは、あんまりお行儀良くはないかもだけど。
まぁ、ちょっとくらい良いよね。
今は、この気持ちを楽しみましょう。
ベルザークさんから勧められたコップを手にした私は、2人に向かってそれを突き出した。
そんな私のコップに向けて、ベルザークさんがコップを突き合せようとした。
その瞬間。
ドンガラガッシャーンッッ!!
って音が、廊下から響いてきたのでした。
「あ……」
「びっくりしたっ」
「……片づけ、終わったわけでは無かったのですね」