第31話 受け入れる覚悟
「お返事、こないね」
「そうだねぇ。早く返ってこないかな」
「お二人とも。さすがに1日で返事は帰ってこないと思いますよ」
「えぇ~。そうなの? はやくお返事欲しいのにぃ」
「こうして、のんびりと返事》を待つのも、一つの楽しみ方だと思いますがね」
キッチンの椅子に腰かけて、お茶をすすったベルザークさんが、ホッと一息を吐いて見せた。
これが大人の余裕ってやつなのかな?
窓にへばりつくようにして、空を見てた私とハナちゃんが、なんかバカみたいじゃん。
「待つのも楽しみ方の一つ。かぁ。ベルザークさんにしては、良いこと言うね」
「……ははは。『にしては』ですか。まぁ、一応私は、大人ですからね」
「ハナは大人だもん!」
「そうだよねぇ~。ハナちゃんも私も、大人だもんね」
「うん!」
大きく頷くハナちゃんと一緒に、私は椅子に腰かけることにしました。
大人だからね。落ち着いて座って待つことにしましょう。
「それにしても、実際のところ、返事はいつ頃になるのですかね? リグレッタ様。いつも折り鶴は、どれくらいの時間をかけて、この家に帰って来るのですか?」
「う~ん。早くて数日。遅くて数か月って感じだねぇ」
「数か月ッ!? し、失礼。少し咽ました」
「おいたん、大丈夫?」
「えぇ。大丈夫ですよ。心配してくれてありがとう、ハナちゃん」
お茶を噴き出して咽てるベルザークさんの背中を、ハナちゃんが撫でてあげてる。
優しいなぁ。
私は心配より先に、彼が噴き出したお茶を拭くことを考えちゃったよ。
布巾がすぐに動いてくれたから、大丈夫そうだね。
あとでベルザークさんに文句言っとかなくちゃ。
「そんなに急ぎの連絡だったの?」
「いえ、そういうワケではないのですが。今後のことを考えると、迅速に連絡を取れる体制を作っておいた方が良いのではないかと思ったので」
今後の事って言うのが、何を指すのか分かんないけど、ベルザークさんの言いたいことはちょっと分かるかも。
良く考えれば、私たち解放者は、外との交流を取らずに生きて来たんだよね。
だからこそ、連絡手段とかは何も整理されてないワケで。
今まではそれで、良かったワケです。
でも、今後はそういうワケにはいかないよね。
こうしてベルザークさんとかカルミアさんとかと交流してること。
きっと、母さんと父さんが知ったら、怒るんだろうな。
それでも、私は新しく出来たこの繋がりを、切るつもりは無いのです。
なぜなら、ハナちゃんがいるから。
元々、森の外で暮らしてたハナちゃん。
そんな彼女がこれから大きく育っていったら、いつか、森を出たいと思う時が来るかもしれない。
そう、巣立つときが来るかもしれないのですからね。
鳥の雛だって、いつかは巣立つものだと、本に書いてあったし。
そうなったとき、私も一緒に森の外に出て行くことは、きっとできないから。
ハナちゃんを助けてくれる知り合いが、森の外に居てくれると安心できるでしょ?
……もしかして私、ちょっと大人っぽいこと考えてるのかな?
ふふふ。
我ながら、少しは成長できたと思って良いのかな。
「……あの、リグレッタ様? なぜご自分の胸元を見て、うっすらと涙を浮かべているのですか?」
「成長って、もっと目に見えてくれてもいいと思うんだよね。ベルザークさんはそう思わない?」
「も、もしや、先日の私の発言を引きずっているのですか!? その節は、誠に申し訳なく、あたっ! いたっ! ちょ、リグレッタ様! タマルンを止めて下さい!」
余計なこと、思い出させるからだよっ!
「リッタはね。すごく凄いんだよ! おいたん、知らないの?」
「知っていますよっ! だから、タマルンを!」
「あのね、お風呂を作ったり、火を消したり、たくさん友達がいたり、すごいんだよっ」
「ありがとう~。私を癒してくれるのは、ハナちゃんだけだよ~」
大したことはしてないんだけどね。
それでも、ハナちゃんは可愛い笑顔で褒めてくれるんだ。
ホント、ぎゅーって抱き締めたくなっちゃうよ。
出来ないんだけどさ。
「嬉しいことを言ってくれるから、ハナちゃんにお礼をしたいなぁ。何か欲しいものとかある?」
「ん~? ほしいもの?」
「そう。何でもいいよ」
「んー」
少しだけ考えたハナちゃんは、ハッと何かを思いついたように顔を明るくした。
「リッタ! ハナね、かうみあさんのところに行きたい!」
「……え?」
かうみあさん。って、カルミアさんだよね?
カルミアさんの所に……行きたい?
え?
どうして?
それって、この家から出て、カルミアさん達の所で暮らしたいってこと?
「ハナちゃん、そ、それは、本気なの?」
「うん!」
「ど、どどどど、どうしてかな? もしかして、この家で一緒に住みたくなくなっちゃった?」
「ん? リッタ、どーかした?」
どうもしてないよ!?
動揺もしてない。うん、もちろん。
私は大人だからね。
ハナちゃんが望むのなら、巣立ちも受け入れる覚悟がある。
覚悟、してるんだから。
でも。
でも、ちょっと早すぎない?
ねぇ、ハナちゃん。考え直そうよ。
何か嫌なことしちゃったかな?
謝った方が良い?
「リグレッタ様? どうされたのですか?」
「リッタまでおかしくなっちゃった」
「べ、別に、私は普通だよ! そ、それより、今日の紅茶はいい天気だよね。ちょっぴり雲がかかってて、甘いのが最高だよ」
せっかく私が話題を変えようとしてるのに、2人は顔を見合わせて返事をしてくれない。
あ、もしかして、嫌われてる?
こういう時、どうしたらいいんだっけ?
「完全に動揺してますね……ふむ。もしかして」
何を理解したのか知らないけど、ベルザークさんはハナちゃんに1つ質問をした。
「ハナちゃん。カルミアさんの所に行って、何がしたいのかな?」
「えっとね。一緒にお風呂に入りたい」
やっぱりねっ!!
ハナちゃんはカルミアさんと一緒に暮らしたいんだっ!!
たしかに、カルミアさんは騎士で、かっこよくてきれいで、大人で、頼りになって、すごい人だからね。
むぅぅぅ。
もしかして、勝ち目ないのかな?
こうなったら、ハナちゃんに出て行かないでって正直にお願いしよう。
うん。それが良いはずだよね。
「あ、あの。ハナちゃん」
「ハナちゃん。どうしてカルミアさんと一緒にお風呂に入りたいのかな?」
ちょっとベルザークさん!?
もしかして、私を追いつめて楽しんでるの!?
確かに、ベルザークさんへの扱いが雑になりつつあったことは認めるけどさっ!
ぐぬぬ。
……ベルザークさんにも、謝ろう。
そして、許してもらおう。
なんて。
私がそんなことを考えて口を開きかけた時。
ハナちゃんが元気いっぱいに言ったのです。
「ハナとリッタが作ったお風呂が凄いんだよって! 見せてあげたいの!」
「そうなんですね。ですがハナちゃん。お風呂を持ってカルミアさんのところまで行くことはできないですよ」
「えー。持ってけないの?」
……。
そっか。
そうだよね。
ハナちゃん、あのお風呂、お気に入りだもんね。
そりゃ、あのお風呂に入れなくなるなら、出て行きたくないよね。
……良かった。お風呂、一緒に作ってて良かった。
あれ?
でも、別にお風呂を持っていくことができないわけじゃないのでは?
ベルザークさんの言葉を聞いて、少しがっかりしてるハナちゃん。
でも、大丈夫だよ。
私にできないことは、殆ど無いんだからね。
「ふっふっふ。ハナちゃん。そのお願い、私が叶えてあげるよ」
「ほんと!?」
「え? リグレッタ様? 突然何を」
ベルザークさん。驚いてるね。
そりゃ、無理もないか。
だって彼は、『ひでんのしょ』の中身を見たことないはずだし。
一族以外には見せちゃいけないと言われている『ひでんのしょ』。
その中には、私達一族の叡知が、まるでタンスにしまわれた靴下みたいに、ぎっしりと詰められているのですから。
「とりあえず、この冬の間に準備を進めなくちゃだね。そしたら、カルミアさん達と一緒に、お風呂、入れるようになるよ」
「一緒にお風呂っ!」
「まさかそのようなことまでできるとは。さすがはリグレッタ様ですね」
「ふふふ。あ、でも。ベルザークさんは一緒に入っちゃダメだからね」
「ははは。さすがに分かっていますよ」
ベルザークさんは、そう言って苦笑いしながら、お茶を一口啜ったのでした。