第30話 手紙
「ところでリグレッタ様。お願いがあるのですが」
「また急な話だなぁ、で、お願いって何?」
朝の鍛錬を終えたベルザークさんが、そんなことを言ってきた。
汗を拭きながらする話?
まぁ、良いけどさ。
「私がリグレッタ様の元へ導かれて、早くも1か月が経とうとしています」
「そうだねぇ。そうなんだけど、その言い方、なんか嫌だなぁ」
「この間、私は一度たりとも、家族と連絡を取れていないのです」
「仕方ないよね。この吹雪の中、森の外まで出かけるのは嫌だし。寒いし」
今日はいつにも増して、寒い気がする。
ほら、あのハナちゃんが、ベッドから毛布を引っ張ってきて、羽織ってるんだから。
よっぽど寒いんだよ。
その傍らで、上裸のベルザークさんが立っていなければ、すごく説得力があったんだろうなぁ。
「リグレッタ様の言う通り。この吹雪の中、森を通って帰るのは至難の業です。そこで、私は昨晩、手紙をしたためました」
「手紙? 家族に宛てて書いたの?」
「そうです」
「読ませてよ」
「え? そ、それは、いくらリグレッタ様と言えど、さすがに……」
そっかぁ。
ベルザークさんがどんな手紙を書くのか、ちょっと気になるけど。
さすがに読ませてはもらえないよね。
「そうだよねぇ。まぁ、私も冗談で……」
「いやですがしかし!! 私はリグレッタ様に多大なる恩を受けている身。そのような身でありながら、手紙を読ませてほしいという小さな願いすら、断って良いものなのだろうか!?」
「おいたん、どーしたの?」
「あぁぁ! ハナ殿。聞いていただけますか? 私は今、これまでに無いほどの苦難に苛まれているのです!」
「そんな大げさな……」
「おいたん、また変になったね」
あーあ。ベルザークさん、ついにハナちゃんにも、呆れられてるよ。
また変になった、なんて言われちゃってるし。
このままじゃ、ベルザークさんはハナちゃんに馬鹿にされ始めるんじゃないかな?
……あれ? もしかして、ハナちゃんにとってベルザークさんと言う存在は、教育に悪いのでは?
ダメだね。
このままベルザークさんの変な様子を晒し続けるのは、良くない気がする。
ここは私が、しっかりと話を軌道に戻さないとだっ。
まぁ、話を逸らしたのも、私なんだけど。
「ベルザークさん。手紙の内容はもう良いです。で、お願いって言うのはもしかして、その手紙を届けて欲しいってことですか?」
「読まなくていいのですか? ふぅ。そうですか。はい。では気を取り直して、ご指摘の通り、私の願いは、リグレッタ様の折り鶴で、手紙を届けて頂きたいのです」
やっぱりそういうことだよね。
「でも、私はベルザークさんの家族を知らないから、誰に届ければいいか、分かんないよ?」
「それは問題ありません」
「どうして? 全然知らない人に届けちゃうかもしれないけど」
「手紙に目印を付けておきましたので。フランメ民国の者であれば、それを見て、誰に渡せばいいか分かるはずです」
「そうなんだ」
「それに、かの国においてリグレッタ様の折り鶴は有名ですので、無視されることも無いでしょう」
え?
折り鶴、有名なの?
そういえば、ベルザークさんもペンダントの中にお守り代わりとして持ってたっけ。
「わが国では、幼い頃から折り鶴の折り方を教わりますので」
「へぇ。じゃあ、みんな折り鶴を折れるの?」
「そうです。折り鶴を折りながら、見た事のないリグレッタ様のお姿を想像するのが、子供の頃の遊びでした」
ん?
え、折り鶴を折りながら、私の姿を想像するの?
なんか、ちょっと嫌なんだけど。
で、でも、子供の遊びだもんね。
それくらい、別にいいよね?
「はぁ。思い返すと懐かしいですねぇ。私は子供の頃、リグレッタ様は絶世の美女で、私のことを掌の上で転がすような大人の女性だと思っていましたよ」
「子供で悪かったね!! 美女でもないし!!」
「そ、そんなことは。リグレッタ様は美し……麗し……可愛らしい。そう、可愛らしいので、大丈夫ですよっ!」
「タマルン。やっておしまい!」
「あたっ! ちょ、リグレッタ様! 違うのです! 今のは言葉の綾で!!」
宙を舞うお玉に頭をポカポカと叩かれてるベルザークさん。
しばらく、そうやって反省してもらおうかな。
ハナちゃんもケラケラと笑って楽しそうだしね。
そんな様子を見てると、ベルザークさんが手紙を床に落としちゃった。
「手紙かぁ……私、書いたことないなぁ」
まぁ、手紙を書いても、出す相手がいなかったしね。
今も、手紙を出す相手なんか……。
「あ、カルミアさんがいるか。そう言えば、カルミアさんから万能薬の件を聞かなくちゃいけないけど、連絡ないなぁ」
てっきり、もう一度花火を上げてくれると思ってたけど。
今の所、そんな合図は何もなかったね。
「私も書いてみようかな。手紙」
やったことないし。
書いたことないから、どうやって書けばいいか分かんないけど。
でも、初めて手紙を書くって考えると、ちょっとワクワクするね。
「リッタ、なにするの?」
「ん? 手紙を書くんだよ。あ、ハナちゃんも書いてみる? カルミアさんに書いたら、きっと喜んでくれると思うよ」
「てがみってなに?」
「えっと、紙に挨拶をかいて、人に贈るんだよ」
「書いてみたいっ!」
うん。
ハナちゃんも乗り気になったみたい。
あれ?
そういえばハナちゃんって、文字を書けるのかな?
「とりあえず、書くものと紙を用意しなくちゃだね。何を書くかはそれから考えよう」
それから私達は、カルミアさんに宛てて手紙を書きました。
私が書いたのは、簡単な挨拶と万能薬についてのこと、それからまた春になったら会いに行くよって話と、返事は折り鶴に持たせてねってこと。
書き方については、頭にたんこぶを作ったベルザークさんに教えてもらった。
ハナちゃんは、やっぱり文字は書けなかったみたいだから、お花の絵を描いてたみたい。
うましっ。だけ書いてってお願いされたから、私が書いたけど。
どういう意味で書いたんだろ。
それから、ハナちゃんは私にも手紙を書くって言いだして。
何かを描いてたんだよねぇ。
でも、中身を見せてくれなくて……。
うぅぅぅ。
気になるよっ!
ハナちゃん、何を描いたの?
見たかったなぁ。
その後、せっかくだから、その他の人たちにも手紙を書いたんだ。
ブッシュお爺さんとか、タイラーさんとか。
それから、黒のお兄さんと白のお姉さんにも書いたよ。
そして、ハナちゃんのお父さんとお母さんにもね。
私も自分のお父さんとお母さんに書いたし。良いよね。
「……ちょっと書きすぎたかな?」
「良いではありませんか。私はとてもいいことだと思いますよ」
「鶴さん、重そうだよ?」
ハナちゃんの言う通り、折り鶴1羽には荷が重い量になっちゃった。
仕方ないから、手紙をいくつかに分けて、5羽の折り鶴に別々に運んで貰おう。
キッチンの窓から飛び立っていく折り鶴たち。
紐で括られた手紙をぶら下げた彼らは、雪の舞う空に消えていく。
あぁ。
ハナちゃんからのお手紙、早く届かないかなぁ。
どの折り鶴が持ってるか分かんないから、ちょっとソワソワするね。
届くのはいつになるかなぁ。
早く届くと良いなぁ