第3話 みずあそび
私の家にハナちゃんが来て、もう1週間が経とうとしてる。
あの日から毎日、ハナちゃんはリーフちゃんの唄をご所望だ。
そんなハナちゃんがあまりに可愛いから、私も思わず唄っちゃうんだよね。
甘やかしすぎかな?
昨日なんかは、畑仕事をしている時にも唄ってと言って来た。
さすがに断ったけどね。
そうしたら、ちょっとだけ拗ねた後、ふくれっ面のまま雑草取りの手伝いをしてくれるんだ。
ハナちゃんはハナちゃんなりに、どうすれば私が唄ってくれるのか、色々考えてるみたい。
可愛いよね。
って、ダメダメ。
ハナちゃんの可愛さを論じてる場合じゃないんだよね。
「ハナちゃん。朝ご飯を食べ終わったら、私と少しだけ、お話しできるかな?」
「お話?」
「そうだよ。色々と教えて欲しいんだ」
ハナちゃんがどこからきたのか。
どうして、怪我をしてたのか。
お父さんとお母さんはどこに居るのか。
聞いておかなくちゃいけないことは沢山ある。
木の実と干し肉を美味しそうに咀嚼する彼女を眺めながら、私も朝食を済ませることにした。
食器類の片づけはスポンジに任せて、私はハナちゃんと対面するように椅子に座る。
「ハナちゃん。ご飯は美味しかった?」
「うん! うましだった!!」
「うましだったんだね。それは良かったよ」
「お話って、なぁに?」
「うん。ちょっと、教えて欲しいことがあるんだけど」
「いいよ! 教えてあげるー!」
「ありがとう」
無邪気な笑顔は可愛いけど、だからこそ、ちょっとだけ申し訳なくなるね。
「ねぇハナちゃん。ハナちゃんは、どこから来たの?」
「ん? あっち」
短くそう言った彼女は、キッチンの窓から見える東の森の方を指さした。
「東の方ってこと? そっちにお家があるの?」
「うん! そうだよ!」
東の方かぁ……。
まぁ、森の外に行ったことが無いから、方角だけ聞いても、なんにも分からないんだけどね。
「お家には、一人で帰れそう?」
「んぅ……」
歯切れの悪い反応。
どういう意味なのかな?
ちょっとだけ泣き出してしまいそうな様子のハナちゃんに心を痛めながら、私はもう一つ質問をすることにした。
「もしかして、道を忘れちゃったのかな?」
「ううん。分かるよ。ニオイ、覚えてるから」
「そっか、ニオイで分かるんだ。凄いんだね、ハナちゃん」
「……」
ダメだ。
ハナちゃん、今にも泣きだしてしまいそうな顔してる。
どういうこと?
お家で何か嫌なことでもあったのかな?
だから、家出してきたってこと?
それと、体中の怪我は何か関係があるのかな?
人と関わっちゃいけないことは、分かってるけど。
ハナちゃんをこのままお家に返してしまうのは、ちょっとヤだな。
って、マズいマズい。
ホントに泣いちゃうよ!
「ねぇハナちゃん! 今日はお仕事を休んで、何か楽しいことしよう! 何かしたい事ある?」
「……?」
涙を浮かべて鼻をすすり始めたハナちゃんに、私は咄嗟にそんな提案をしちゃった。
……大丈夫かな。
難しいこととか、言われなきゃいいけど。
「したいこと?」
「うん」
「……撫でて欲しい」
「へ?」
「あたま、撫でて」
むぅぅぅぅぅ。
撫でたいよ。撫でたいんだけど。
ダメなんだよぉ。
「ね、ねぇ、ハナちゃん。ほら、私はハナちゃんに触れないからさ。なにか他のことを」
「ママはいつも、撫でてくれるもん……」
それはママだからね!?
私はハナちゃんのママじゃないし。
たしかに、撫でてもらえたら嬉しいってのは分かるんだけど……。
心の中で自分に言いワケをしてみても、ハナちゃんに伝わるワケがない。
何もできないでいる私を見て、希望が叶えられないことを悟ったらしいハナちゃんは、ついに泣き始めてしまった。
「は、ハナちゃん! 泣かないで! ゴメン。ごめんだからぁ!」
私はそう叫んだあと、ベッドシーツを口笛で呼びよせた。
洗濯バサミが付いたままだけど、仕方ない。
泣きわめくハナちゃんを、ベッドシーツが優しく包み込み、彼女の涙を拭う。
そんな様子を、ただ見ているしかできない私。
きっと、ハナちゃんは寂しかったんだよね。
たった一人でこんな森の奥深くに来て、怪我までして。
心細かったんだ。
それなのに私は、何もしてあげることもできずに、見てるだけなんだ。
わたしだって、子供の頃は寂しくて泣いてた癖にさ。
あぁ……ダメだ。私も泣きそうになって来ちゃったよ。
そういえば……。母さんは私が寂しくて泣いてた時、どうやって宥めてくれたっけ?
あれはたしか……。
「そっか、川だ!」
「ぅぅぅ…‥?」
「ハナちゃん、今日は川に行って、一緒に水遊びをしよう! ちょうど天気もいいし、絶対に気持ちいいよ!」
「……みずあそび?」
「うん! ちょっと待ってね、準備するから!」
どうせ行くなら、皆で行った方が楽しいはずだよね。
さすがに本は濡れちゃうとマズいから、連れて行けないけど。
「せっかくだし、お弁当も持って行こう! ピクニックだよ! ほら、皆、準備して!」
大急ぎで準備を始めた私達を、ハナちゃんは呆けた顔で眺めてる。
その表情が、笑顔で満たされるのが楽しみだなぁ。
そうして、私達は近くの川に出発した。
この1年間は、全く行ってなかったから、久しぶりだな。
でも、浮かれてばっかりじゃダメだ。
ハナちゃんが深い所まで行かないように気を付けないとだね。
ベッドシーツを体に巻き付け、空飛ぶ箒に腰かけているハナちゃんは、少しだけ目を輝かせてる。
それもそのはずだよね。
彼女は私よりも、耳が良いはずだから、もう既に川の音が聞こえてるはずだし。
「音がするよ!? ざーざーって、音!」
「そうだよ。川だよ」
「みずあそびするの!?」
「うん。いっぱい濡れても良いからね」
「ほぉぉぉ!」
さっきまで泣いてたのが嘘みたいに、目を輝かせてる。
これで少しは気を紛らわせてくれたらいいんだけど。
まぁ、私もちょっと楽しみなんだけどね。
川辺に辿り着いた私達は、2人で並び立ち、準備運動をした。
泳ぐ前にはちゃんと、運動をしないとだよね。
父さんに口酸っぱく言われたっけ。
「入って良い!? ねぇ、入って良い!?」
「いいよ! でも、あんまり深い所にはいかないようにね!」
「うん!」
元気よく返事をしてバシャバシャと川に駆け込んでハナちゃん。
一応、ベッドシーツと箒には、傍に居るように伝えてるから、危なかったら、引き上げてくれるはず。
今の内に、私は準備をしなきゃだね。
きゃっきゃとはしゃぐハナちゃんを余所に、私はくるぶしまで川に入った。
そして、右手を川の水に浸ける。
「一人でするのは初めてだけど……出来るかな」
母さんと何度も練習してたから、コツは掴めてる。
でも、やっぱりちょっと難しいね。
大事なのはイメージだ。水で形を作るイメージ。
そうすれば、ほら、私の分身の出来上がりっ!
「ハナちゃん! ほら、こっちにおいで」
「リッタが2人いるぅ!?」
驚きつつも、はしゃいでるハナちゃんが、私の方に駆けよってくる。
そんな彼女を迎えるために、私は分身に指示を出した。
両手を広げながら前に進む分身。
私ができない分、分身がハナちゃんを抱きしめてくれるはずだ。
そう思ってた私は、目の前で水の分身が勢いよくはじけ飛んだのを見て、思わず声を漏らしてしまった。
「え?」
私の力じゃ、水の分身はまだまだ形を保つのが難しいのかな。
母さんの作ったのは、もう少し耐えてたと思うんだけど。
一瞬そう思ったけど、どうやら違うね。
ハナちゃんが、思い切り水の分身に飛び込んだみたい。
その証拠に、全身ずぶ濡れになったハナが、分身の立ってた位置に立ち尽くしてる。
俯いたまま、肩を震わせて。
あれ。もしかして、泣かせちゃった?
「は、ハナちゃん? 大丈夫?」
「しししっ!」
私の心配を余所に、白い歯を見せて笑うハナちゃん。
なんだ、笑ってたのね。
なら良かった。
ホッと胸を撫で下ろす私に、キラキラと光る目を向けたハナが、当然のように叫ぶ。
「もっかい!!」
「私の分身がはじけ飛んだの、そんなに楽しかった?」
「うん!」
なんか、複雑な気分。
まぁ、良いか。
分身とはいえ、こうして私と触れ合うのは、初めてなわけだし。
そりゃ楽しいよね。
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