第28話 雪合戦
ブッシュさんとカルミアさん達は、万能薬が欲しい。
白と黒の2人は、私が死ぬことを望んでる。
それじゃあ、ベルザークさんは?
会合の終わり際に、私がそう尋ねたら、ベルザークさんは少し考えた後に、こう言いました。
「生きて、私達を導いていただきたいです」
生きて導く。
それが一番難しい気がするなぁ。
まぁ、ベルザークさんの場合は、白と黒の2人をかなり意識してたみたいだから、本当に願ってるものじゃないかもしれないけどね。
三者三様のお願い事が出そろったところで、私はその会合を打ち切ることにしました。
正直、その場で答えを出せなんて言われても、無理だよね。
少しくらい、考える時間を貰ってもいいでしょ?
それが3日前のことで、今は家のキッチンで、貰ったお茶を堪能してるところなのです。
「……やっぱり森の外の人たちと関わらない方が良かったのかもしれないなぁ。面倒ごとが増えただけな気がするし」
「そうですね。少なくとも、西の奴らには関わらない方が良いと断言できますね」
面倒くささで言えば、ベルザークさんが頭一つ飛びぬけてるんだけどね?
その辺、自覚して欲しいけど。
しないんだんろうなぁ~。ベルザークさんだしね。
「このお茶、甘いね」
「果物のお茶だって言ってたからね。種と育て方は、今度教えてもらうことになってるから、次の春以降はたくさん飲めるかもだよ」
「ホント!? うましっ!」
甘いものが大好きなハナちゃんは、さぞかし嬉しそうにはにかんでる。
うん。頑張って育てよう。
そして、もっと喜んでもらおう。
「あの、リグレッタ様」
「ん~。どうしたの?」
「今日はこうして、一日中のんびり過ごす予定ですか?」
「うん。そのつもりだよ」
「そうですか」
「なに? 何かやりたい事でもあった? あ、鍛練なら、外で勝手にやって良いですよ」
「いえ、そう言うわけでは……ところで、気のせいかもしれませんが、私に対する扱いが雑になってきている気がするのですが」
「そうかな? 気のせいだよ~」
「気のせいだよ~」
「ハナちゃんまで! なぜですか!? 私が何か、粗相をしてしまったのでしょうか!?」
粗相って、ベルザークさん、ハナちゃんを泣かせたことを忘れちゃったのかな?
そんなの、粗相どころの話じゃすまないよね。
ちょっとだけ、私は怒ってるんだから。
「あ、ハナちゃん。飲み終わった? じゃあ、コップ回収するね」
「うん。ありがと、リッタ」
「良いんだよ」
「あ、リグレッタ様。私も」
「ベルザークさん、私とハナちゃんの分も、コップを洗っててもらえないかな」
「え? あ、はい。分かりました」
寒空の下、毎朝鍛練をしてるベルザークさんなら、冷たい水でコップを洗うコトなんて、大したことないでしょ。
別に、食器洗いで鬱憤を晴らしてるワケじゃないから。
文句ひとつ言わずに、コップを洗い始めるベルザークさん。
ここまで従順だと、逆に怖くなっちゃうよね。
ん。
ハナちゃんが窓の外を見てる。
どうしたんだろ。
窓枠に掴まって、尻尾をフリフリしてるハナちゃん。
「なに見てるの?」
「おそと! 雪、いっぱいだね」
「ホントだねぇ。結構積もってるみたいだ。冷たそう」
「あそこ、さっきぶわーってなってたんだよ」
「ぶわー? どういうコトかな?」
「雪がね、ぶわーって、なってたの」
風で巻き上げられてたってコトかな?
直接見てないから、分かんないや。
「おいしそう……」
「え? ハナちゃん。雪は食べちゃダメだからね?」
「ん。しってるよ。うましじゃないもんね」
「そうそう。まずしだから」
「まずしってなぁに?」
「え? あ、えーっと、美味しくないってことだよ」
まずし、通じないんだね。
なんか、ちょっと恥ずかしい。
それにしても、暇だなぁ。
家の中で出来る事、何かあったっけ?
ホントは織物をする予定だったけど、まだ織機が完成してなかったんだよねぇ。
部品は作っておいたけど、組み立てが大変で。
なんとなく、やる気が出ないのです。
あ、そうだ。
ベルザークさんに作ってもらおうかな。
ああ見えて、結構器用みたいだし。
「ぐっ。やはり冬の水作業は指先に響きますねぇ」
「……」
なんか、頼みづらいな。
また今度にしよう。
そう言えば昔、同じように雪が降ってた日に、母さんが遊んでくれたなぁ。
あの時の術、『ひでんのしょ』に書かれてたよね。
「ハナちゃん。面白いものを見せてあげるね。ちょっと待ってて」
「おもしろいもの!?」
急いで本棚の元に向かう私の後を、ハナちゃんがトテトテとついて来る。
足音だけでも可愛いなぁ。
気を取り直して、私は4冊目の『ひでんのしょ』を手に取って、48頁目を開いた。
基本はリーフちゃんの唄と同じだけど、連携を取らせるところにコツが必要なんだよね。
うんうん。なんとなく分かった。
「よし。やってみよう!」
「やってみよー!」
部屋を覗き込んできてたハナちゃんが、楽しそうに声を上げながらキッチンの方に駆けて行く。
そんな彼女を追いかけて、キッチンに向かった私は、窓を少しだけ開けて、術を発動した。
ベルザークさんに唄を聞かれるのは恥ずかしいけど、仕方ないかな。
冷たい風と雪の吹き荒れる外に、雪合戦の唄が染み渡る。
すると、庭に積もってた雪がもぞもぞと盛り上がり始めたかと思うと、次々と雪だるまが姿を現し始める。
石を帽子みたいに乗せた雪だるまと、木の枝を旗のように掲げた雪だるま。
そんな2種類の雪だるま達が、2手に分かれて、雪合戦を始めた。
「リッタ! けんかし始めちゃったよ!」
「違うよ、ハナちゃん。あれは喧嘩じゃなくて、雪合戦だよ」
「ゆきがっせん?」
「そう。ああやって、雪玉を投げ合って遊んでるんだ」
「おぉ……」
「それじゃあハナちゃん、石の帽子と木の枝の旗。どっちの雪だるまが」
勝つと思う?
そう聞こうとした途端。
ハナちゃんが廊下に飛び出して行っちゃった。
雪合戦。あんまりおもしろくなかったかな?
母さんと一緒に、どっちが勝つか予想して、応援するのは楽しかったんだけどなぁ。
仕方が無いから、私だけでも予想して応援しよう。
そう思った時。
防寒具を身に着けたハナちゃんが、キッチンに駆け込んできた。
その目は、キラキラと輝いてる。
「ハナもやる!」
「あぁ、そっち側かぁ。まぁ、ちゃんと着込んでるなら、良いよ。行っておいで。私はここで応援してるからね」
「うん! 応援しててね!」
そう言って外に出て行ったハナちゃんは、キャッキャと楽しそうな声を上げながら、雪合戦に乱入していった。
ふふふ。
楽しそうで良かったよ。
石の帽子側と一緒に戦うつもりなんだね。
「楽しそうですね」
「うん。ハナちゃんは私と違って、運動が好きみたいだから……あの、ベルザークさん? なんで上着を脱いでるの?」
「良い鍛練になりそうだと思いましたので。私も参加しようかと」
「……そうですか」
もう、好きにすればいいよ。
雪玉が当たったら、絶対に寒いからね?
って言うか、毎朝鼻水垂らしてるのに、よく上着を脱ごうって発想になるよね。
上裸で颯爽と外に出て行くベルザークさん。
うん。
決めた。ううん、決めてたけど、改めて決めた。
私は絶対にハナちゃんのチームを応援するよ。
その後、5試合あったうち、ハナちゃんは3回勝つことができました。
まぁ、最初の2試合はベルザークさんの活躍が凄まじくて、負けちゃったんだけどね。
3試合目からは、ベルザークさんの動きが明らかに鈍くなってた気がするよ。
自業自得だよね。