第27話 クソ坊主
騒動も治まって、片づけられたテントの中。
テーブルを囲むように腰を下ろした私達は、真っ先に口を開いたベルザークさんに視線を注いだのです。
「さて。色々とありましたが、改めて、この貴重な会合を再開すると致しましょう!」
「どうしてベルザーク殿が、この場を取り仕切っているのですか?」
「お気に召しませんか? とはいえ、この場において最も公平に話を進めることができるのは、私だと思うのですがねぇ」
両手を広げながら得意げに告げたベルザークさん。
でも、カルミアさんはまだ納得してないみたい。
実際、どうなのかな?
彼が公平に話を進めることができるなんて、思えないけどなぁ。
「おい、こりゃあ一体どういうことだよ」
「アタシ達を、その貴重な会合に招待するなんて……やはり、邪教徒のすることは理解に苦しみますね」
「それはお互いさまというものでしょう。もっとも、そのような者共ですら、我らが解放者様は、対等に話を聞きたいと望まれているのです。感謝するのですね」
「はっ。誰がこんな小娘に感謝するかよっ」
小娘だなんて、失礼しちゃうよねっ。
私の分身ちゃんに負けたくせに。
まぁ、今も2人の背後には分身ちゃんを待機させてるから、いつでも眠らせることができるんだ。
うん、だから今は、冷静になろう。
「怒っても仕方ないしね。それに、このお茶も美味しいし。ブッシュさん。カルミアさん。美味しいお茶、ありがとうございます」
「気に入ってもらえたのなら、良かった」
「陛下の仰る通りです。それに、先ほどは我々を守ってくれたのですから。これくらいなんてことも」
「おい、いつまで能書きを続けるつもりだ? 始めるなら早くしろよ」
黒いお兄さんは、せっかちさんなんだね。
一瞬、ベルザークさんが彼を睨んだけど、すぐに私の視線に気が付いて笑顔に戻った。
その笑顔、ちょっと怖いんだけど。
「さて。気を取り直して、今度こそ再開いたしましょう。まず、今回の会合の目的を、簡単に整理しておきたいと思います」
目的?
そんなものがあるの?
準備とかなくて、急に始まった気がするけどな。
「まず! ブッシュ国王陛下。あなた方は卑しくも、リグレッタ様を騙し、彼女の持つ叡知と力を搾取しようと企んでいた。その事実を認めますか?」
「きっ! 貴様!? ベルザーク! 無礼者!」
「おいおい、どのあたりが公平なんだよ」
「やはり邪教徒ですね」
やっぱり。公平なんて無理だよね。
ベルザークさんってかなりの変人なんだろうなぁ。
さっきの騒動で、結構戦える人だってことは分かったし、私達には優しくしてくれる。
でも、基本的に、人に対する対応がおかしいんだよね。
あぁ~。もう。
怒ったカルミアさんとベルザークさんが、喧嘩を始めちゃいそうだよ。
これ、止めれるのは私しかいない感じだよね?
「ちょっと、ベルザークさん。ブッシュさんは私を騙したりしてないよ。お願いがあるって、ちゃんと言ってたし。お茶だってくれたんだから。それとカルミアさん。ちょっと落ち着いてください。カルミアさんまで眠らせたくはないんです」
どうせ眠るなら、私が眠りたいよ。
何も考えず、ぐっすりとね。
そう言えば、ハナちゃんがさっきから欠伸をしてる。
目元に涙を浮かべて、可愛いなぁ。
「……左様ですか。リグレッタ様がそう仰るのであれば、仕方がありませんね。ブッシュ国王陛下。先ほどの発言、取り消させていただきます」
「っ……陛下。よろしいのでしょうか」
「かまわん。聞けば彼は、北方のクレイン教の者だとか。であれば、疑われるのも無理はあるまい」
「分かりました。リグレッタ殿。取り乱して申し訳ありませんでした」
うん。
なんか良く分かんないけど、ブッシュお爺さんは気にしてないみたいだね。
良かった。
これでなんとか喧嘩は回避できたね。
でも、このままベルザークさんに話を任せるのは、危ない気が……。
あ、もう話し始めちゃってるし。
「では次。卑しくも襲撃を仕掛け、あっけなく囚われたお前らの目的は、ズバリ、リグレッタ様の命であろう?」
「おいクソ坊主。どのツラ提げて仕切ってんだ? あぁ?」
「今の流れで、どうして引き下がれないのかしら? やはり、邪教徒は空気が読めないのですね」
うん。
これはベルザークさんが悪いと思うよ。
いや、私に視線を投げられても、困るんだけどさぁ。
「はぁ。もう、面倒くさいなぁ。えっと、ベルザークさんに任せるとワケ分かんなくなるから、私が話を進めるね」
……誰も異論はないみたいだね。
ベルザークさんも異論がないのは、何でなのかな?
まぁ、いっか。
それじゃあ、続けよう。
「ブッシュさん。万能薬が欲しいんですよね? その理由と必要な数を書面にまとめて貰ってもいいですか? その内容を見て、ちょっと考えますね」
「承知した。リグレッタ殿。感謝する」
「いえいえ」
まだ何もしてないしね。
それじゃあ次は、お兄さんとお姉さんの方だね。
「えっと、黒いお兄さんと、白いお姉さん。2人は私に用があるみたいだけど、何がしたかったの?」
「はぁ? んなの、お前の命に決まってるだろうが」
「私の命? ってことは、私に死んでほしいってことで合ってる?」
「さすが、邪教の根源ですね。普通、そんな冷静に聞き返せる話じゃないですよ」
なんか、白いお姉さんに驚かれちゃった。
そう言えば、さっきから白いお姉さんが『じゃきょう』って言ってるけど、何のことだろ?
それは後で聞くとして、う~ん。どうしようかな。
「別に、死んであげてもいいんだけどさぁ。今は色々と忙しいから、もう少し待っててくれないかな?」
「「「……は?」」」
テント内の皆の声が重なった。
なんか、驚かれてるけど、どうしたのかな。
「え、えっと、リグレッタ様? 何を言って」
「リグレッタ殿。死んでもいいというのは、どういう意味なのでしょうか?」
「え? そのままの意味だけど」
「けけけっ。おいクソ坊主。やっぱりお前らの崇拝してる輩は、イカレテやがるじゃねぇか!」
どうしてかな、白黒の2人はちょっと嬉しそうな顔してる。
よっぽど私に死んでほしいんだね。
まぁ、仕方ないんだろうなぁ。
「リ、リグレッタ様。そのようなこと、許されるはずがありません! あなた様が、そんな簡単に命を落とすなど」
「そうなの? でも、私は森の外の人たちにとって、危険な存在なんでしょ? だったら、死んでほしいって願う人がいても、変じゃないと思うけどなぁ」
死神。
そう呼ばれてるくらいだからね。
少なくとも、好かれてるワケじゃないでしょ?
「みんな、絶対にいつかは死ぬんだし。別に変なお願い事じゃないでしょ」
「そ、それは……」
少しだけ口ごもったベルザークさん。
すると、彼は何かに気が付いたように、口を開いた。
「ハナちゃん。ハナちゃんは、リグレッタ様が死んでも良いのかな?」
「ん~? どういうこと?」
「リグレッタ様がいなくなっちゃうんだ」
「……いなくなっちゃう?」
「そう。ハナちゃんは一人、あの家に、置いてけぼりにされちゃう。それで良いのかな?」
ベルザークさん。
それはズルいんじゃないかな。
静まり返ったテントの中、私とベルザークさんを見比べたハナちゃんは、半開きの目を少しずつ広げていった。
そして、大粒の涙を溢し始める。
「……やだ。いやだぁ! リッタ、どこにもいかないでぇ!」
「ちょ、ちょっとハナちゃん。落ち着いて。ね。私はどこにもいかないよ」
泣きながら、両手を開いたり閉じたりしてる。
多分、何かにしがみ付きたいんだよね。
ごめんね、こういう時、抱きしめてあげられなくて。
私の代わりに、シーツと箒が寄り添ってあげてる。
そんな彼女の様子を見たベルザークさんが、ぽつりと告げた。
「リグレッタ様。やはりあなたは、生きるべきです。そうは思いませんか?」
彼の言葉に、なんて返せばいいのか、私が悩んでいると。
黒いお兄さんがボソッと呟いたのでした。
「……このクソ坊主が」