第25話 険悪な雰囲気
「そなたが、解放者のリグレッタか」
「はい。私がリグレッタです。えっと、お爺さんは誰ですか?」
「っ!? リ、リグレッタ殿、その方は!」
「よいのだ、カルミア隊長」
「ははっ」
その方?
あれ、もしかして、このお爺さんって偉い人だったりするのかな?
見た目は本に出て来るお爺さんって感じだけど。
「ごめんなさい。私、何か失礼なことを言っちゃいましたか?」
「いや、気にせんでよい。それよりも、自己紹介がまだであったな。儂の名は、ブッシュ・カルドネル・バルドルドだ」
「ブッシュ……あれ、カルミアさんの住んでる国って、そんな名前じゃなかったっけ?」
「その通りです。リグレッタ殿」
なんか、カルミアさんが目で訴えかけて来てる気がするよ。
でも、ごめんね。良く分かんないや。
取り敢えず分かることは、カルミアさんが私に会わせたかったのは、この髭のお爺さんってことだよね。
「お髭、すごいね」
「そうだね。きっと偉いお爺さんだから、失礼が無いようにしようね」
「うん!」
ヒソヒソと話しかけて来るハナちゃんに、私がそう返したところ、カルミアさんが額に手を当てて項垂れた。
もしかして、聞こえたかな?
ううん、結構小さい声で話したから、聞こえてないはずだよ。
そのはずだよね。
まぁ、お爺さんは優しい表情で私達を見てるから、問題なさそうかな。
「あの、カルミアさんからブッシュさんに会うように言われたのですが、何か私に用事でもあったんでしょうか?」
「用事とな。ははは、そうだな。儂はそなたに用事がある。それは確かなことだ」
「その用事ってもしかして、ハナちゃんの村を襲ったっていう、竜のお話ですか? あ、ハナちゃんっていうのは、この子のことで。住んでた家が壊れちゃったから、今は私と一緒に住んでるんですけど」
「ハナです! 5歳です!」
「自己紹介、偉いねハナちゃん」
「いしし」
ちょっと緊張してたのかな。
ハナちゃんの笑顔がいつもより少しだけ固い気がするよ。
「そなたと、その子のことについては、カルミア隊長から話を聞いている。今日はその件とは別で、用事があって来たのだ。ただその前に、これを受け取ってもらいたい」
そう言ったブッシュお爺さんは、手で合図をした。
すると、2人の騎士が箱を持って私達の前に出て来る。
「それは我が国の騎士を助けてもらった礼だ」
「お礼ですか?」
床に置かれた箱を手にして、ふたを開けてみると、仄かにいい香りが漂って来た。
中に入ってるのは、お茶の葉みたいだね。
「我が国で採れた果物から作った、茶葉だ」
「良い香りのお茶ですね。飲んだことないものみたいです。ありがとうございます」
ブッシュお爺さんは、お礼を選ぶセンスがいいみたい。
あぁ、早く家に帰って、飲んでみたいなぁ。
甘そうな香りだし、きっとハナちゃんも好きだろうなぁ。
果物から作ったって言ってたけど、その果物は何なんだろう。
出来れば、果物の名前と、タネと、育て方が知りたいなぁ。
あとでカルミアさんにでも聞いてみよう。
そんなことを考えながら、箱の蓋を閉めた時、ブッシュお爺さんが咳払いをする。
「さて、ここからが本題なのだが。そなた、カルミア隊長の怪我と石化を半刻もかからずに治してしまったと聞いているが、それは本当か?」
カルミアさんの石化といえば、初めて会った日のことだよね。
たしか、万能薬と傷薬で治療したっけ?
「はい。何にでも効く薬があるので、それを使っただけですよ」
「何にでも効く……つまり、万能薬と言うコトか?」
「そうですね。私もそう呼んでます」
私がそう答えたら、テントの中にいた騎士達が騒めき始めた。
万能薬。そんなに驚くことなのかな?
父さんも母さんも、そんな風に入って無かったけどな。
「静まれ」
ブッシュお爺さんの一声で、テントの中に静寂が戻ってくる。
「リグレッタ殿。ブッシュ王国国王として、1つ願いを叶えて頂きたいのだが、聞いてはもらえぬか?」
「お願いですか? はい。良いお茶も貰ったことですし。私にできる事なら、やりますよ」
「まことか! では、そなたの持つ万能薬を」
目を輝かせたブッシュお爺さんが、そこまで言いかけた時。
突然、私の背後から、誰かがテントの中に入り込んで来た。
「失礼。ブッシュ国王陛下。差し出がましくはありますが、その話、割り込ませていただきます」
「お前は、さっきの!?」
突然の乱入者に驚いた様子のカルミアさんが、同時に困惑してる。
まぁ、仕方ないかな。
ついさっき、シーツに羽交い絞めにされてるところを見たばかりだもんね。
って言うか、割り込んでくるのは失礼じゃないかな?
「ベルザークさん。どうして入って来たんですか?」
「リグレッタ殿。話に割り込んでしまい申し訳ありません。ですが、今の話、傍観するわけにはいきませんでしたので」
謝りながら深々と頭を下げるベルザークさん。
その謝罪は、私だけじゃなくてブッシュお爺さんにも向けられて……なさそうだね。
騎士達がブッシュお爺さんを守るように移動してる。
そんな間に、カルミアさんがベルザークさんに詰め寄って行った。
「ベルザーク殿。いくらリグレッタ殿のお知り合いとはいえ、貴方は部外者。即刻ここから立ち去って頂きたい」
「申し訳ないが、私がその願いを聞き入れる理由が見当たりません」
なんかあれだね。
カルミアさんって、いつも誰かと敵対してるのかな?
この間も、ラービさんと仲悪かったし。
騎士だからかなぁ?
また険悪な雰囲気だよ。
どうしてみんな、そんなに仲悪いのかな?
ハナちゃんがちょっと怖がってるから、止めて欲しいんだけど。
大丈夫だよ。
ハナちゃんに、そう声を掛けようとした次の瞬間。
私のすぐ傍に浮いてた箒が、凄まじい速度で1回転した。
「うわっ! どうしたの? 箒さん。みんな驚いちゃってるよ」
箒の柄の部分は固いんだから、狭い場所で振り回したら危ないでしょ。
そう言おうとした私は、柄の部分に1本のナイフが突き立っていることに気が付く。
「え? ナイフ? 箒さん、大丈夫? すぐに抜いてあげるからね」
「リグレッタ殿、それどころではありません! これは襲撃です! すぐに身を守る準備をっ!」
「なにをヌケヌケと! 貴様が襲撃者ではないのかっ!?」
国王陛下を安全な場所へ!
そんな号令と共に、テント内が慌ただしくなっていく。
でも多分。
これってブッシュお爺さんを狙った攻撃じゃないんじゃないかな。
だって、箒に突き立ってるナイフは、私の頭付近にあるし。
はぁ。
こういうことがあるから、父さんと母さんは、森の外に出るなって言ってたのかな?
やっぱり、関わるのはやめた方が良かったのかも。
でも、今更遅いかもね。
だって、テントの前に、新しく2人の影が現れてるし。
「こりゃたまげたねぇ。今のを防いだのが、ただのボロ箒だとは……いやぁ、世の中広いっていうのは、こういうコトなのかもしれねぇなぁ」
「ボヤいている場合ではありません! このまま失敗して帰る訳にはいかないのですから! ほら、さっさと中に入って、小娘を殺して帰りましょう! そしてアタシとアナタの2人だけ、あま~い時間を」
「俺が甘い物嫌いだって知ってるだろぉ? って言うか、俺とお前は一緒に住んでるわけでもねぇのによ。人様に誤解されるようなことを言うんじゃねぇ」
「ひゃぅん。そんなこと言われたら、アタシ、拗ねちゃいますよ?」
「あぁ、あぁ、拗ねてろ拗ねてろ。年がら年中、拗ねまくってろよ」
「し・ん・ら・つ。最高ですね」
「そりゃあな、俺は最高な男だからよ」
なんか、良く分かんないやり取りをしながら、その2人はテントの中に入ってきた。
黒い装束を身に纏った男の人と、白いドレスを着た女の人。
誰なのかな?
特に、女の人と話してみたいな。
着てるドレス、とてもきれいだしね。
でも、聞ける雰囲気じゃないかなぁ。
そんな私の推測は正しかったようで、カルミアさんとベルザークさんが、さっきよりも険悪な雰囲気をまき散らし始めたのでした。