第24話 侮ってはいけない
間違いない、東の空から聞こえてくるこの音は、花火の音だね。
ハナちゃんがお父さんとお母さんの声だって反応してるのが、その証拠。
さすがに遠すぎて、鮮やかな光を拝むことはできないかな。
「東の方角から……もしや、お心当たりがあるのではないですか?」
「そうですね。ないワケじゃないですけど」
考えられるとしたら、カルミアさん達かなぁ?
でも、どうして花火なんて上げてるんだろ?
外は寒いのに、準備大変だったろうなぁ。
もしかして、私を呼んでるとか?
「ちょっと気になるし、様子を見に行こうかな」
「ハナも行く! リッタ、早く行こう!」
「慌てる必要ないんだよ、ハナちゃん。それに、飛んで行くなら、あったかい服に着替えなくちゃ」
「モコモコのやつ?」
「そうそう。モコモコ」
分かったと言って衣装棚のある部屋に駆けて行くハナちゃん。
私も後を追おうとした時、ベルザークさんが声を掛けて来た。
「リグレッタ様、私も同行させていただきませんか」
「ベルザークさんも行きますか? それなら、ハナちゃん号も少し大きめに作らないとだねぇ。あ、コートとかは……要らないですよね、上裸で鍛練してるくらいですし」
「いえ、できればコートをお借りできればありがたいです。それと、手袋と帽子とマフラーと、セーターなんかはありますか?」
思ったより要求が多いねっ!
鍛練してるから、防寒具は要らないとか、そんな感じじゃないの?
「やはり外は寒いですからね。もう指先の感覚がないのですよ」
「そりゃ上裸で鍛練してるからですよ!」
「その方が、多少は徳の高い司祭に見えませんか?」
「そんな理由だったんですね!? 何か理由があるとは思ってましたけど、予想以上にどうでも良い感じだぁ」
「ふむ。共感は得られないようですね。それでしたら、明日からの鍛錬は衣服を着用しましょう」
うん、私もそれが良いと思うよ。
寒さで体調を崩されても困るからね。
「えっと、父さんの部屋にコートとかはあったと思うので、適当に見繕ってください」
「ありがとうございます」
そんなやり取りの後、私達は各々で外出の準備をした。
ハナちゃんは白いセーターと赤いマフラー、そして白いニット帽をかぶってる。
セーターの中にもたくさん着込んでるみたいだから、モコモコだね。
ベルザークさんは、父さんのコートと防寒具一式を装備してる。
全身黒っぽい色だから、ぜんぜん司祭には見えなくなっちゃってるけど。
まぁ、気にしないんだろうなぁ。
そして私は、灰色のコートを身に着けた。
これ、お気に入りなんだよねぇ。
ちなみに、マフラーとか帽子とかの防寒具はつけてない。
箒での移動で、落としちゃったら嫌だしね。
「じゅんびマンタン!」
「準備万端、だね」
「では、参りましょうか」
腰に両手を当てて、自信満々に告げるハナちゃん。
冬の装いも似合ってるなぁ。
それにしても、冬のハナちゃん号は作るのが大変だね。
森の葉っぱが減っちゃってるから、どうしても枝の量が増えちゃうや。
シーツが破れないように気を付けないとだよ。
そうして、いざ出発した私達は森の東を目指した。
もう花火は上がってないけど、まだだれかいるかな?
それとも、花火じゃなかったのかな?
確かめるためにも、急がなくちゃだね。
飛んでる間に、チラホラと雪も降って来た。
うぅぅぅ。寒いなぁ。
ベルザークさんもハナちゃん号の上で体を震わせてるよ。
私も、歯がカチカチと音を立て始めてる。
違うね、顎がガチガチ震えちゃってるんだ。
喜んでるのは、ハナちゃんくらいだね。
確かに、雲の合間から差し込んでくる穏やかな日光と、空を舞い踊る雪は綺麗だよ。
「まだかかるのでしょうか……」
「もう少しですよ。頑張ってください、ベルザークさん」
「はい。何のこれしき、先ほどの鍛錬に比べれば、対したことありまぶえっっくしょん!!」
「くしゃみ出てますけど」
「……侮ってはいけないようですね。お二人とも、気を付けてください。この寒さは危険ですよ」
一番侮ってたのはベルザークさんですよね?
鼻水まで垂らしちゃってるし。
あっ!
シーツで鼻水を拭いてる!!
この人、ホントに司祭なのかな?
はぁ。シーツ、絶対怒ってるよね。
後が怖いなぁ。
間違いなく怒ってるはずのシーツは、それでも、今暴れるとハナちゃんが危ないって分かってるんだろうね。
ハナちゃんが地面に降りるまで、暴れ出さなかったよ。
そして森の東端、上空に辿り着いた私達は、元々ハナちゃんが住んでた集落の中に、沢山の人間がいることに気が付いた。
「あれは、みんな鎧を着てるから、騎士かな?」
「そのようですね。掲げられている国旗が、ブッシュ王国の物ですので、間違いないでしょう。それに、あのテントは……」
「リッタ! あそこ! カルミアさんがいるよ!」
「ホント!? どこかな? あ、いた! おぉーい! カルミアさぁ~ん」
ゆっくりと地面に降りながら、私はカルミアさんに手を振った。
なんか、周りの騎士達が騒めき始めてるけど、どうしたのかな?
騎士達が道を開けたことで自然にできた空間に、私達は降り立つ。
後ろでシーツがベルザークさんを羽交い絞めにし始めてるけど、まぁ、それは放っておいた方が良いよね。
「こんにちは、カルミアさん。ひさしぶりですね」
「こんちは!」
「あ、あぁ。リグレッタ殿、ハナ殿。お久しぶりです。元気そうで、何よりでございます」
なんか、カルミアさんの表情が硬い気がするな。
それに、私の後ろに気を取られてるみたいだし。
「どうかしたんですか?」
「え? あ、あぁ。その、ですね。後ろの方は、どなたなのでしょう?」
「あぁ、ベルザークさんですね。紹介します。数日前にウチにやって来た司祭の人です」
「司祭……?」
せっかく紹介したんだから、何か1言くらい言ってもらおうかな。
と、思ってベルザークさんを見て、私は小さく笑っちゃった。
「リグレッタっ! 殿っ! 止めさせてっ、下さいっ! お願いっ、しますぅ!」
羽交い絞めにされたベルザークさんが、シーツに両頬をべしべしと叩かれてる。
ごめんね、ベルザークさん。
私じゃシーツを止められないよ。
止めようとしたら、私まで叩かれるだろうし。
シーツだから痛くないけど、許されるまで続くから、結構きついんだよね、あれ。
「ハナちゃん、シーツさんを怒らせたらダメだよ。じゃないと、あんな風に叩かれちゃうからね」
「うん……分かった」
ハナちゃんがごくりと唾を飲み込む音が聞こえた気がする。
「おいたん、何したのかな」
「鼻水をシーツさんで拭いたんだよ」
「ばっちぃ!」
「だよね」
「な、何の話をされているのですか?」
「ベルザークさんが、ここに来る時、シーツさんで鼻水を拭いちゃったんです。だからシーツが怒ってて。まぁ、そっとしておいてあげてください」
「な、なるほど」
誰だって、身体に鼻水を擦り付けられたら、嫌だもんね。
「そんなことより。カルミアさん。こんなところで何をしてるんですか? それに、さっき花火を上げてましたよね?」
「あ、あぁ! そうです。そうでした! リグレッタ殿にお会いしていただきたい方がいらっしゃるのです」
「はぁ」
会ってほしい人?
誰かな?
そんな疑問と一緒に、私達は1つのテントに案内された。
さすがに、ベルザークさんには外で待っててもらおう。
「どうぞ、こちらに」
丁寧な素振りでテントの中に通された私とハナちゃん。
そんな私達を待ち受けていたのは、髭ボーボーのお爺さんでした。