第23話 魂とは
冬が近づくと、空がどんよりすることが多くなるよね。
そのせいかな、夏に比べて気分が少しだけ落ち着いちゃう気がする。
私だけ?
いいや、きっと違うはず。
だって、いつも元気いっぱいのハナちゃんでさえ、最近少しだけ大人しくなってきた気がするもん。
あれ?
それって、ハナちゃんが大人になってるってことなのかな?
それとも冬のせい?
「どっちとも言い難いかもしれないなぁ」
「なにか悩み事でしょうか?」
「あ、ううん。気にしないでください」
朝食を終えて食器を片づけてくれてるハナちゃん。
そんな彼女を見ながら、ぽつりと独り言を呟いた時。
私の視線を目で追ったベルザークさんが、問いかけてきた。
怪我もすっかり良くなって、もう帰路に着けるはずの彼は、未だに私達の家に居候してる。
まぁ、外はもう冬が間近に来てるから、森に送り帰すわけにはいかないんだけどさ。
「そうですか。なにかありましたら、私にお申し付けください。いかなる問題であろうと、全力で解決してみせますので」
「はぁ……」
あぁぁぁぁぁ!
なんかもう、調子狂っちゃうよっ。
ベルザークさんは、とてもいい人です。
ハナちゃんにも優しく接してくれてるし、家事も手伝ってくれる。
彼が居たからこそ、冬支度も順調に進んでると言っても過言じゃないくらい。
でも、なんか変な感じなんだよねぇ。
何が変なのかな?
ラクネさんの態度が、ちょっと似てる気がするけど。
完全に同じってわけじゃない。
ラービさんに相談してみたいけど、無理だよね。
キラービーたちは今頃、冬籠りの最終準備を始めてるだろうから。
そんなことを考えていたら、ベルザークさんが席を立った。
食器を片づけたハナちゃんに一言声を掛けて、彼は家の外に出て行く。
今日も日課の鍛錬を始めるみたいだね。
上裸になった彼が、森に向かって正拳突きを始めてる様子が窓から見える。
「こんな寒い中、良く頑張るよねぇ」
「ねぇリッタ、ハナも“たんれん”していい?」
「やめときなよ、風邪ひいちゃうよ」
「そっか……じゃあ、お家の中でなら良い?」
「それならまぁ、良いんじゃない」
「やたっ! リッタも一緒にやろ~!」
「えぇ~、私はいいよ」
「やるのぉ~!!」
「分かった、分かったから」
前言撤回。
ハナちゃんは今日も元気一杯じゃん。
キッチンでベルザークさんの様子を見ながら、2人して正拳突きをする。
何してんだろ、私。
ダメだね。こんなこと考えてたら、鍛練にならないじゃん。
かといって、外は寒いから何かをする気にもなれないし。
取り敢えずハナちゃんと一緒に正拳突きしておくのが正解なのかもね。
身体もポカポカしてくるし。
それからしばらく、無心で正拳突きをしていると、鍛練を終えたベルザークさんがキッチンに戻って来た。
「おや、お二方も鍛練にご興味があるのですか?」
「いや、私は別にないけどね。ハナちゃんは楽しそうだったよ」
「ねぇおいさん、どうして“たんれん”してるの?」
額に汗を流しながら、ハナちゃんが尋ねる。
身体を動かすことは好きみたいだから、意外と興味があるのかもしれないね。
「ハナさん。強い人になるためには、何が必要だと思いますか?」
「ん? 強くなるため? うまいご飯!!」
「なんでそう思ったの、ハナちゃん!?」
「ははは、それも大事なことですね」
「いしし、リッタ、ご飯は大事なんだよ?」
「それはそうだけどさぁ」
強くなるためなら、もっと他にあるでしょ?
それこそ、鍛練とかさ。
「私達人間は、身体を鍛えることができます。ですが、心を―――魂を鍛えることはできないと言われているのですよ」
「たましい……って、なぁに?」
ベルザークさんの説明に、ハナちゃんが首を傾げてる。
そりゃそうだよね。
魂とか言われても、難しいでしょ。
私は解放者で、幼い頃から触れ合ってたから、なんとなく分かるけどさ。
触れ合ったことが無かったら、理解できないはずだよね。
その意味じゃ、ベルザークさんも完璧に理解できてるワケじゃないんじゃないかな?
そう考えると、ベルザークさんがハナちゃんにどんな説明をするのか、ちょっと気になって来ちゃった。
「魂。私はそれを説明できるほどの人間ではありませんので、古くから伝わる言葉をお伝えしましょう」
「古くから伝わる言葉?」
「気になりますか?」
「……ちょっとだけ」
ベルザークさんは、小さく笑うと、言葉を続けた。
「魂とは、囚われし者。魂とは、移ろう者。魂とは、繰り返す者」
「……」
「ん? どーいう意味?」
いや、私に聞かれても分かんないよハナちゃん。
でも、ベルザークさんも意味まで説明はできないみたいだし。
どういうコトなんだろ?
「難しいんですね」
「そうですね。私もまだまだ、未熟者ですので」
「はぁ」
「リッタ、お風呂入りたい」
「お、良いですね。いい汗をかいた後は、気持ちのいい風呂。これこそがこの世の天国と言っても過言ではないでしょう!」
「てんごくぅ!」
言いたいことは分かるけど、大げさだなぁ。
まぁ良いか。
今はこうして、楽しく過ごせてるワケだし。
私もお風呂、入りたいし。
朝から薪を使うのはもったいない気がするけど、たまにはいいよね。
言い訳を心の中で述べつつ、お風呂の準備をするために立ち上がった瞬間。
家の外から低く響く音が聞こえてきた。
ドンッドンッドンッと、扉を叩くようなその音は、かなり遠くから聞こえて来てるみたい。
仕方が無いから、窓を開けてみよう。
冷たい風が、キッチンの中に吹き込んでくる。
どんより曇った空には、どこを探しても太陽が見当たらない。
そんなちょっと薄暗い日だからかな、私は東の空が少しだけ明滅していることに気づけたんだ。
「何かな、あれ」
「はて。私には分かりませんな」
首を傾げる私とベルザークさん。
そんな私達と対照的に、パァッと明るい表情を浮かべたハナちゃんが、窓に駆け寄りながら告げたのです。
「父たん!? 母たん!?」