第21話 北からの訪問者
私達が夜の散歩を楽しんだ日から、そろそろ1週間が経とうとしています。
あれからハナちゃんは、毎日のように着物を着たがっていたけど、昨日からそんな我儘を言わなくなってきました。
まぁ、無理も無いんだけどね。
少し前まで、ジリジリと肌を焼くような陽射しだったのに、気が付けば心地いい温もりを与えてくれる陽射しになって来てる。
そろそろ、冬が近づいて来てる証拠だよね。
今朝も少し寒かったから、着物なんて着てたら風邪ひいちゃうよ。
さすがのハナちゃんも、それは分かってるみたいで安心した。
「ねぇリッタ、このお魚、カッサカサだよ」
「それで良いんだよ。冬の間は食べ物が採れなくなっちゃうからね。保存できるようにしておかないとだから」
「そっか」
干した川魚とか、木の実とか、保存できる食べ物は今の内に集めておかないとだよね。
ラービさん達から貰ってるハチミツも、そろそろ貰えなくなっちゃうかな。
ラービさんが言ってたけど、キラービーたちも冬越えのためにハチミツとか他の食べ物を蓄え始めてるんだって。
そんな話を聞いたもんだから、昨日の花蜜交換は、いつもよりたくさんの花を渡したんだ。
珍しく、ラービさんがちょっと喜んでたから、良かったです。
「人の心配してる場合じゃないかもだけどなぁ」
「?」
箱に入った木の実を収納棚に片づけながら、ハナちゃんが私を見つめて来る。
5歳のハナちゃんは、すでに冬越えを経験してるはずだけど、それは両親の元にいたから出来たんだよね。
そう言う私も、去年1回だけ冬越えを経験したけど、その時は1人だったからなんとかなった感じだし。
実際、2人分の食料をどれだけ確保すれば良いのか、分かって無いしなぁ。
でも、準備しなくちゃいけないのは、食べ物だけじゃないよね。
「服とお布団の準備もしなくちゃだし、隙間風が無いことも確認しなくちゃだし、畑もそろそろ整理しなくちゃだね。あぁ、やることいっぱいだよぉ」
「楽しいねっ!」
「ハナちゃんは前向きだなぁ」
大変なだけなんだけどなぁ。
去年はホントに大変だったから、今年こそはしっかりと準備しなくちゃだ。
でもまぁ、ハナちゃんが言う通り、ちょっと楽しいかも。
どうしてかな?
去年は、そんな風に思えなかったのに。
「ハナちゃんがいてくれるからかな」
「? ハナがどーかした?」
「何でも無いよ。いつもありがとね、ハナちゃん」
「いいんだよっ! リッタも、いつもありがと」
「くぅ~! よし、頑張ろうかな!」
ホント、ハナちゃんって頑張ろうって気にさせる天才だよね。
手始めに、畑の方を片づけようかな。
収穫できるのは全部、収穫しておきたいし。
それにしても、色んな種類の種を育てて来たなぁ。
大体は、何も実らずに枯れちゃったりするんだけどさ。
そう言えば、ハナちゃんがウチに来た頃に植えた種は、芽を出さないな。
たしか、畑の端っこに植えたはずなんだけど。
そんなことは後にして、まずはカボチャを運ばなくちゃかな。
エントさんのおかげで、随分大きく育ってくれたから、しばらくはカボチャのスープを楽しめそうだね。
重たいカボチャを、バケツに入れてキッチンに運んで貰う。
この分だと、今日もお風呂が気持ちいいんだろうなぁ。
なんて考えてたら、家の中からハナちゃんの声が聞こえてきた。
「リッタ!! こっち!! 来て!!」
「……」
なんか、嫌な予感がするのは私だけかな?
ハナちゃんの声は、別に焦ってる感じでもないけど。
それが逆に、怪しいよね。
「どうしたの~?」
できれば、床を汚しちゃったとか、そんな感じでお願いしたいところです。
だけど、私のそんな願いは聞き届けられることはありませんでした。
お風呂掃除をしてたらしいハナちゃんは、私を見つけると、すぐに窓の外を指さした。
冷ややかな風が入り込んでくるその窓は、北の森に面してる。
「窓がどうかしたの?」
半開きの窓は、特に割れたりはしてない。
廊下にも、これと言って変なところはないね。
うん、何も異常はないように見えるけど。
「聞こえるよ」
一生懸命に窓を調べてる私に、ハナちゃんはそう言った。
聞こえる、かぁ。
やっぱり、嫌な予感が的中したのかな?
「何が聞こえるの?」
「なんか、こっちに近づいて来るおと」
ハナちゃんの耳は本当に敏感だよね。
私には何も聞こえないや。
でも確かに、北の方に何か気配がするような気もする。
そのまま黙って窓から森を観察する私たち。
すると、ハナちゃんが言ったとおり、遠くの方に動く影が見え始めた。
シルエットは、人間かな?
それにしては、歩き方が変なような。
まるで、足を引きずってるように、ガクンガクンと揺れてる。
怪我してるのかな?
「お客さん!?」
「そうかもしれないね。最近多いなぁ」
去年からは考えられないくらい、今年は色んな人がこの家に来るようになった。
賑やかになるって意味じゃ、嬉しいんだけど。
今はちょっと忙しいんだよなぁ。
「まぁ、放っておくわけにもいかないよね」
少しずつはっきりと見え始めたその影は、多分、男の人だね。
その男の人は、足を引きずりながらも、まっすぐに私達の家の方に歩いて来てる。
「迎えに行こうか」
「うん……あ!」
「どうしたの!?」
私が窓から目を離した隙に、何かが起きたみたい。
咄嗟に森に目を向けたら、男の姿が見えなくなっちゃってた。
「倒れちゃったよ」
「ホント!? それは、結構危ないかもだね! 急いで行こう!」
「うん!」
ハナちゃんが見ててくれた良かったよ。
だって、男の人の怪我は私が考えてたよりもずっと酷かったんだから。
左足はズタボロに引き裂かれてて、どうやって歩いてたのか分からないくらいだったし。
右腕は石化の影響を受けてるみたいで、カチコチになっちゃってた。
それに、お腹には大きな噛み傷があって、そこから全身に毒が回ってるみたい。
「リッタ! お薬は?」
「うん、いま持ってくるから、ハナちゃんはシーツさん達と一緒に、ベッドに寝かせてあげて」
「分かった!」
急いで万能薬と傷薬を手に取った私は、父さんの部屋に急ぐ。
私とかハナちゃんの使ってるベッドじゃ、足がはみ出ちゃうからね。
「おじさん、ダイジョブだよ。リッタがねぇ、治してくれるから」
「お薬も絶対じゃないんだからね。はい、ハナちゃん。これを飲ませてあげて」
「うん!」
私がテーブルの上に置いた薬を、ハナちゃんが男の人に飲ませてあげてる。
そんな様子を見てた私は、男の人がうっすらと目を開けたことに気が付いた。
「……リ……タ?」
「大丈夫ですか? 今はゆっくり休んでくださいね。ここは安全なので」
「……っ」
薬がちょっと苦かったのかな?
男の人は、眉をしかめた後、眠りに落ちて行ったみたいです。
そして翌日、彼は目を醒ましたのでした。