第200話 暗い海底から
「彼が、ドラゴンに変化したのデスか?」
ライラックさんのことを一通り話した後、プル姉が開口一番にそういいました。
「そうだね。実際に見たから間違いないよ」
「どういうこと? ライラックにそんな力はなかったよね? 婆ちゃん」
「そうデスねぇ。もしかしたら、レヴィアタンの仕業かもしれないデス」
「たしかに、アイツならありえるかもしれません」
ここで魔神レヴィアタンの名前が出てくるんだ。
つまり、ライラックさんがレヴィアタンに騙された結果、邪龍ベルガスクに変化できるようになった。
っていうこと?
「ライラックはレヴィアタンのことを知らないんスか?」
「ううん。知ってるはずデス」
「じゃあどうして、騙されてるんスか?」
「レヴィアタンは変幻自在な姿と巧みな話術で、人を騙すのが得意なのデス」
「もしくは、なんらかの取引をしたのか……」
ホリー君の呟きで、皆が黙り込んだよ。
ライラックさんがレヴィアタンと取引をした?
そんなこと、あり得るのかな?
正直、私はそんなにライラックさんを詳しく知ってるわけじゃないからなぁ。
そういう意味では、プルウェアさんたちの意見が気になるけど。
でも彼女たちはもう何百年もライラックさんに会ってないってことなんだよね?
そんな状態で考えて、ホントに彼のことを推測できるのかな?
もう、いっそのこと一緒に地上に行って、ライラックさんを探したほうがいいんじゃない?
きっとその方がいい気がする。
ここは寒いから、そろそろ地上に戻りたいしね。
「ねぇプルウェアさん。ここで考えてても仕方がないから、一緒に地上に上がろうよ!」
「地上にデスか? デスが……」
私の提案を聞いて顔を曇らせたのは、プル姉でした。
まぁ、なんとなくそんな気はしてたけどね。
対するプル子ちゃんは、大きく右腕を上げながら宣言してくれたよ。
「アタシは賛成デス!!」
「そうねぇ。そろそろ、決断する刻が来たのかもしれないデスねぇ」
「決断……」
プル婆も私の提案に乗ってくれるみたいだね。
そうなったらあとは、プル姉を説得するだけなのです!
説得するためにはまず、彼女が何を迷ってるのか知る必要があるよね。
「プル姉は、なにか心配事でもあるの?」
「地上に上がるだけなら、それほど難しくはないのデスが。この街を放っておくわけにはいかないのデス」
なるほど、この街のことが心配なんだね。
ライラックさんを探すとなれば、時間もかかるかもだし。
「それじゃあ、街ごと地上に上がればいいんじゃないかな?」
「それをしようとしたら、レヴィアタンの僕がジャマしてくるんデスよ!」
ホリー君、結構大胆なこと言うよね。
誰の影響なのかな?
まさか、私じゃないよね?
一瞬私も、氷の巨人を使えばできるんじゃ?
なんて思ったんだけどね。
まぁ、それは置いておくとして。
もっと気になることを、プル子ちゃんが言ったよね。
「僕?」
「クラーケンという魔物デス。8本の強靭な腕で、街を破壊しようとしてくるのデス」
「ク、クラーケンって、本当に存在してるんですか!?」
「していますよ」
カルミアさんが驚いてるや。
そんなに恐ろしい魔物なのかな?
でも、まぁ。
きっと私ならなんとかできるんじゃないかな?
っていうか、なんとかするべきだよね。
「分かった。それじゃあそのクラーケンは、私がなんとかしてみるよ」
8本の腕を持ってる魔物なんて、アラクネさん達しか見たことないからね。
ちょっと気になるのです。
プルウェアさんたちとカルミアさん、それにホリー君からクラーケンのことを聞いた私は、対策を考え付きました。
まぁ、実際に見てみないと分からないこともあると思うけど。
そこは臨機応変に対応しましょう。
そうしてようやく、大きなため息をついたプル姉が言いました。
「わかりました。その提案、受けましょう」
「やっとその重たいお尻を上げる気になったんデスね!」
「誰のお尻が重たいデスって!?」
「アンタに決まってるデス! 大きくて重たいじゃないデスか」
「そういうアナタは、何もかも小さいデスよね」
「なんデスとぉ!?」
喧嘩はやめてほしいなぁ。
にらみ合いを始めてるプル姉とプル子ちゃん。
二人を横目に、私たちは準備を進めます。
「それじゃあ、出発しよう! ホリー君たちは、ここで待機しててよね」
「分かったよ」
「そうっスね。俺たちにできることはなさそうっスから」
「リグレッタ殿、お気をつけて」
「うん、ありがと」
凍てついたお城で三人とお別れした私は、プル子ちゃんと二人で氷の巨人の膝あたりに向かいました。
「海に出たあと、アタシは街を浮上させるための水流を作りに向かうデス。クラーケンは任せたデスよ?」
「うん。プル婆が氷の巨人の操作して、プル姉が街の防御をするんだよね?」
つまり、誰一人として失敗できないわけです。
改めて作戦を確認した私たちは、膝先にある氷に穴を開けて、海中に飛び出しました。
全身を覆う空気の層を作ってるから、直接濡れるわけじゃありません。
でも、そのままじゃ海中で移動できないから、やっぱり手を突っ込むしかないんだよね。
「うぅぅ……つめたいぃ」
指先が痛いよぉ。
でも、水に触れたことで水流を使って移動できるようになったのです。
そうしてまず向かった場所は、近くの岩場。
真っ暗で何も見えないけど、一応たどり着けたみたいだね。
ここで、巨大な岩の錨を作ります。
さすがに武器は必要だからさ。
クラーケンの大きさがイゼルの街と同じくらいだって言うから、かなり大きめに作ったよ。
「重たいけど……水流を使えば持っていけそうかな」
そうして出来上がった錨をもって、氷の巨人の方に戻ります。
仄かに光を放ってる氷の巨人は、真っ暗な海底ですごく目立ってる。
おっと、見とれてる場合じゃなかった。
氷のドームに覆われた街を抱えた巨人が、ゆっくりと立ち上がり始めてる。
そんな様子を眺めている間にも、いつクラーケンが襲い掛かってくるか分からないのです。
まぁ、魂が見える私には、全部お見通しなんだけどね。
「来たね!! それじゃあ、狩りの始まりだよ!」
これはまだ私が小さいころに、父さんが言ってたことなんだけど。
どんなに強い獣でも、その特性をよく理解して、強みを封じることができれば、勝ち目があるんだよね。
そういった父さんは、固い頭を駆使した突進で襲ってくるイノシシを、沼に嵌めて狩ってたのです。
というわけで、今回の獲物であるクラーケンは、8本の腕が脅威みたいだから。
全部絡めとって、身動きが取れない状態にしてあげましょう。
さっき作った錨を、迫ってくる大きな魂に向けて振り上げる。
そうして、前進を始めた私は、錨に複数の触手が貼り付くのを確認しました。
「今だっ!!」
クラーケンの腕には吸盤が付いてて、獲物を逃がさないって話だったからね。
それを逆手に取りましょう。
貼り付いたクラーケンの触手を絡めながら、私は錨を思いっきり回転させます。
まるで、ロープを巻き取る時みたいに、触手が巻き付いてくね。
異変に気付いたクラーケンが、他の触手で錨を遠ざけようとするけど、その触手も絡めちゃうもんねぇ
うおっと!!
クラーケンが暴れ始めちゃった。
でも、もう遅いよ。
だって、触手のほとんどが錨に巻き取られちゃって、簡単には解けそうにないみたいだから。
「ごめんねぇ。あとで解きに戻ってあげるから、ちょっとそこで待っててねぇ」
聞こえるはずはないんだけど、そう言った私は、さっきの岩場にクラーケン付きの錨を放り投げました。
そうしている間にも、氷の巨人が遥か頭上の海面に向かって浮上していきます。
それじゃあ、私も行こうかな。
どうでもいいけど、これだけ深い海底になると、海面の輝きも見えないんだね。
あとで、ハナちゃんに教えてあげよう。
きっと知らないよね。
そういえば、プルウェアさんたちも外の世界を見るのは久しぶりなんだよね。
せっかくだし、いろいろと案内してあげたいけど。
さすがに、少し後になっちゃうかな。
どう思うんだろうなぁ。
私が森を出た時は、凄くワクワクしてたけど。
同じだったらいいなぁ。
そんなことを考えながら、私は暗い海底から外の世界に向かい始めたのでした。
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