第20話 夜のお散歩
「なんとお詫びをすればよいものか……」
ラクネさんはアクさんを巣の奥に帰した後、何回も私に頭を下げて来るようになっちゃった。
そんなに謝られたら、私の方が困っちゃうんだけどなぁ。
「だから、大丈夫ですって。私もハナちゃんも無事だし。ね、ハナちゃん」
「ん」
ほらね。無事なんだよ。
って言いたかったんだけど、なんか、ハナちゃん元気ないね。
「……あれ? もしかして、怪我とかした!?」
「そ、そんな!?」
ラクネさんが私よりも慌てちゃってるよ。
でも、見た感じ怪我はしてなさそうだけど……。
「ハナちゃん。どうかしたの? なんか、ずっとモジモジしてるけど」
「ちがうのっ!」
「違う?」
「お連れの方に対する非礼……誠に申し訳ありません!!」
あーあー。ラクネさんがひれ伏し始めちゃったよ。
なんか、そこまで畏まれると、どう対応したらいいのか分かんないや。
仕方ないから一旦、放置かな。
「ハナちゃん、何か嫌なことでもあった? ちゃんと私に教えてくれる?」
「……」
キュッと口を噤んだハナちゃんは、ひれ伏してるラクネさんをチラッと見た後、小さな声で呟く。
「ワザとじゃないんだよっ……ハナ、びっくりしちゃったから、だから」
「びっくりしちゃって、どうしたの?」
「……おしっこ、でちゃった」
「あぁ~……そういうコト」
おもらし、しちゃったのね。
さっきの糸にびっくりしちゃって、止められなかったのかな?
まぁ、仕方ないよ。
とても恥ずかしいのかな。
ハナちゃんの顔がどんどん真っ赤に染まってるや。
「とりあえず、着替えを用意しなくちゃだね」
「ん。リッタ、怒らないの?」
「え? そんなことで怒ったりしないよ。びっくりしたんだから、仕方ないよね」
「うん」
ハナちゃんはちょっとホッとした様子。
お母さんたちには怒られてたのかな?
まぁ、そんな詮索をしてる場合じゃないね。
「あの、ラクネさん。1つお願いがあるのですが」
やるべきことを頭の中で整理した私は、すかさずラクネさんに声を掛けた。
お詫びをしたいって言ってくれてるんだから、大丈夫だよね?
どうせなら、この状況を活用してしまいましょう。
「はっ! なんなりと仰せ下さい」
「ハナちゃんがお漏らししちゃったみたいなので、なにか着替えを用意してくれませんか?」
「リッタッ!? なんで言うのぉ!!」
「あ、ごめん!」
そっか、そうだよね。恥ずかしいよね。
でもね、ハナちゃん。
私のズボンのお尻の部分が破れた時、こっそりニヤケテたこと、知ってるんだからね!
まぁ、そんなことはおいておこう。
これ以上ハナちゃんを泣かせちゃダメだよね。
「リッタのばかぁ」
「ごめんって。ということなんで、ラクネさん。事情は内密で、ハナちゃんの着替えを用意して欲しいんですけど」
「着替えですか……そうですね、そういうコトでしたらなんとかできるかと思います」
「ありがとうございます。良かったね、ハナちゃん」
「ん。らくねさん、ありがと」
「いえいえ」
そう言ったラクネさんは、準備のために巣の奥に消えて行った。
本音を言えば、ベッドシーツにお願いしてハナちゃんをくるんでもらえれば、それで解決な気もするけど。
まぁ、ラクネさんのお詫びも兼ねることができるから、別に良いかな。
それにしても、ラクネさんもアクさんも、服なんて身に着けてなかったよね。
着替え、本当に準備できるのかな?
私がそんなことを考えていると、ラクネさんが戻ってきた。
でも、1人で戻ってきたわけじゃないみたい。
彼の後ろには、さらに大きな体を持ったアラクネが、着いて来てる。
その大きなアラクネさんは、黒をベースにした華やかな衣服を身に纏っていて、どこか妖艶な雰囲気を漂わせてた。
真っ赤な髪の毛と黒い衣服が、映える人だなぁ。
……胸も大きいし。
大人って感じのアラクネさんだね。
「おや。本当に解放者様が来られていたのですねぇ。ウチのモンが粗相を働いたようで、面目ありませぬ。ワッチはこの巣で着物作りを担当している、アカネでございます」
「アカネさん。こんにちは。私はリグレッタです。あの、いきなり変なお願いをしちゃってすみません」
「いえ、お構いなく。して、着物を所望しているのは、そちらの可愛いお客人ですか?」
「はい。ハナちゃん、挨拶」
「っ! こんにちは!」
「これはこれは、とてもおい……可愛らしい娘ですね」
あれ?
今、アカネさん、ハナちゃんを見て美味しそうって言おうとしなかった?
気のせいかな?
気のせいだよね?
目がちょっと怪しい気がする。
まぁ、気のせいかな。
ハナちゃんは気づいてないみたいだし、騒ぎ立てないでおこう。
アカネさんが着替えを用意してくれるってことなのかな?
「あの、着替えの準備はどうなったんですか?」
「えぇ。ワッチが作ります。そのために、寸法を測りに来たのでございます」
「あぁ、そう言うことですね」
私が納得して見せた直後、アカネさんは自身の足を1本、ハナちゃんに近づけた。
足を使って、大体の長さをはかってるみたいだね。
それにしても、着物かぁ。
正直、アカネさんが着てるそれは、私が見て来たどんな服よりも綺麗で、ちょっとだけハナちゃんが羨ましいよ。
私も作ってもらおうかな……。
なんて考えてると、不意にアカネさんが私の身体も採寸し始めた。
「え? あの」
「どうせなら、2人分を作ろうと思いまして。よろしゅうございますか?」
突然のことでびっくりしたけど、ギリギリ触れないようにしてくれてるから、彼女は私のことを知ってくれてるみたいだね。
だったら、お願いしても良いかな。
「はい! ぜひ、お願いします!」
何も言わなくても、アカネさんは私の気持ちを察してくれたみたい。
大人だよね。
そうして、アカネさんが着物を作り終えるのを待つこと、1時間くらい。
巣の奥からやって来た彼女は、赤と紫の着物を手にしてた。
「早速、着てみてはいただけないでしょうか。寸法が合っているか、確認しておきたいので」
「はい!」
「ねぇリッタ、どうやって着れば良いの?」
「着付けはお任せください」
そう言ったアカネさんは、持参した着物を糸で器用に操りながら、着付けの手伝いをしてくれた。
アラクネって、器用なのかな?
少なくともアカネさんは、着物を作れるくらいだから、器用なんだよね。
赤い素地に花の模様が入っているのは、ハナちゃんの着物。
名前に合わせて、綺麗な花の模様を入れてくれたみたい。
おまけに花の髪飾りまで貰ったハナちゃんは、当然、ご機嫌みたいだね。
私の着物は紫の素地に水玉模様が入ってる。
ハナちゃんのに比べれば、落ち付いたデザイン。
大人な感じだっ!
「おぉ! リッタ、可愛いね!」
「ハナちゃんも可愛いよ~、すごく似合ってる!」
「お気に召していただけたようで何よりです」
「アカネさん、ありがとうございます!」
「ありがとーございます!」
「リグレッタ殿。先の非礼、本当にこのようなことで許していただけるのでしょうか」
「もちろんです! むしろ、私の着物まで作ってもらっちゃったから、何かお礼をしたいくらいですよ」
本当ならハナちゃんの分だけで良かったはずだもんね。
こんなに可愛い着物まで貰えたんだし。
お礼に今度、何か持ってこよう。
そんなことを考えていた私を、ハナちゃんが見上げてくる。
「ねぇリッタ」
「どうしたの? ハナちゃん」
「お散歩行きたい!」
「お散歩? そっか、でも、そとはもう暗くなってるけど」
「リッタが居ればダイジョブ!」
それはそうなんだけどさ。
まぁ、いっか。
と、そんなやり取りをする私達に、ラクネさんが耳寄りな情報をくれたのです。
なんでも、アラクネさんの巣から少し南に行った場所に、小さな広場があるらしい。
そこには、夜にしか活動しない珍しい蝶がいるとかで、とってもきれいなんだって。
「楽しみだね」
「うん! 楽しみ!!」
アラクネさんの巣を後にした私達は、少しの間、夜のお散歩を楽しんだのでした。