第2話 一緒にご飯
「お名前は?」
「……ハナ」
「どこから来たの?」
「あっち」
「あっちって……一人で来たの?」
「ん」
キッチンの椅子にちょこんと座ってる女の子。
赤い毛並みと大きな耳が特徴的な、獣人の子供みたい。
名前はハナかぁ。
本で読んで知ってたけど、獣人ってこんな感じなんだね。
って、そんなことはどうでもよくてっ!
ハナちゃん、全身に傷があったけど、何があったのかな?
こんな幼い子が、たった一人で深い森を抜けて来たのもビックリだし。
色々と話を聞きたい。
でも、一気に聞くのは良くないよね。
取り敢えず、怪我自体はそんなにひどくなかったみたいで安心した。
『ひでんのしょ』に書かれてた傷薬もちゃんと効いてるみたいだし、もう少しだけ、様子を見ることにしよう。
そう思った私は、不安げな表情で私を見つめてくるハナちゃんに、声を掛けた。
「ハナちゃん。お腹空いてない? ご飯、食べようか?」
「……ごはん?」
小さく呟いた彼女のお腹が、お淑やかに鳴った。
直後、ハナちゃんは自分のお腹に視線を落とす。
ふふふ、かわいい。
「お腹空いてるみたいだねぇ。何か作ってあげるから。ちょっと待ってて」
お腹が鳴った時は恥ずかしそうに顔を赤らめたけど、それ以外はずっと、不安そうに目をキョロキョロさせてるハナちゃん。
やっぱり、怖いのかな?
そりゃそうだよね。
私だって、この森の外に出たら、きっと怖いもん。
ここはひとつ、お姉さんがおもてなしをしてあげなくちゃだね。
でも、獣人って何を食べるんだろ?
やっぱり、お肉かな?
でも、お肉が焼けるまで、少し時間が掛かるしなぁ……。
そう言えば、今朝の朝食のスクランブルエッグが残ってたっけ?
「ねぇハナちゃん。卵って食べたことある?」
「うん」
「そっか。それじゃあ、今朝の残りだけど、取り敢えずこれを食べてみて」
そう言った私は、今日のお昼に食べようと残してたスクランブルエッグを、ハナちゃんに手渡した。
すると彼女は、鼻をピクリとさせた直後、我を忘れたように木の器に顔を突っ込む。
「思ったより豪快に食べるんだね……」
「っ……」
あっという間に平らげたらしいハナちゃんは、物惜しそうな表情を浮かべつつ、舌なめずりをした。
「ごめんね、今はそれしかないんだ」
「……ん」
「美味しかった?」
「うまし!」
う、うまし? 旨いってコトかな? そうだよね?
そういえば私、家族以外の人と話すのは、これが初めてだったりするよね。
こういう時、何を話せばいいのかな?
なんか、微妙な沈黙が流れてるんだけど……。
お肉を焼く作業を、お玉と鍋に任せてるから、私自身は手持無沙汰だ。
こんなことなら、自分でやればよかったかな?
でも、この子と話せるのは私だけだしなぁ。
なんてことを考えてた私は、ふと、ハナちゃんの視線がゆらゆらと揺れてることに気づく。
視線の先は……お玉? 鍋?
これはチャンス!
きっとハナちゃんは、料理に興味があるんだね。
それをきっかけに、お話をしてみよう!
「ハナちゃん、もしかして、お料理が気になるの?」
「?」
違うみたいだ。
じゃあ、何が気になるのかな?
「ハナちゃん。何を見てるのかな?」
「あれ!」
そう言って指さしたのは、やっぱりお玉と鍋。
ん?
もしかして、お玉とか鍋自体に興味があるの? 動いてるから?
「あ、そっか。ハナちゃん。面白い物、見せてあげるよ!」
これならきっと、ハナちゃんの興味を引くことができるはず!
まさか、こうして誰かに見せる日が来るなんて、思ってなかったな。
……そう考えると、ちょっと緊張してきちゃった。
絶対に失敗しないように、一応、『ひでんのしょ』を見ながらやろうかな。
一度キッチンを出て寝室に向かった私は、『ひでんのしょ』の4冊目を手に取って、キッチンに戻る。
そして、36ページ目に書き記した音階に沿って、鼻唄を披露した。
名付けて、リーフちゃんの唄。
母さんと父さんが忙しい時に、一人で遊ぶために作ったこの唄は、幼い頃の私の力作です!
この唄の音色は、周辺の木の枝を寄せ集めて、一緒に踊ってくれるんだ。
まぁ、歌が終わると枝が散らばるから、家に帰って来た母さんにいつも叱られてたんだけどね。
「おほぉ~」
窓からキッチンに踊り込んでくる枝たちを見て、ハナちゃんは声を上げた。
尻尾と耳を振ってるから、面白がってくれてるみたい。
良かった。
そうこうしていると、リーフちゃんの唄は終わりを迎える。
バタバタと倒れていく枝たち。
そんな様子を見て、少しだけ寂しそうな顔を見せたハナちゃんは、ふと私の方を見て、短く言った。
「もっかい!」
「気に入ってくれたのかな? でも、そろそろお肉が焼けるから、また今度にしようね」
「ごはんっ!? うましっ!」
「結局、その『うまし』ってどういう意味なの?」
詳しく聞きたいところだけど、ニカーッと笑みを見せるハナちゃんは答えてくれそうにない。
でもまぁ、良いかな。
少なくとも、さっきまでの緊張とか不安はなくなったっぽいし。
ゆっくり、聞いていけばいいよね。
「ふぅ、私もお腹が空いたから、一緒に食べようかな」
「ハナ、食べる!」
「そうだよぉ。ハナちゃんも一緒にご飯を食べようね~」
「うん!」
そうして私は、1年ぶりに誰かと一緒にご飯を食べたのです。
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