表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
198/208

第198話 道化の成れ果て

 リグレッタが潮の道(タイダル・ロード)かい、ハナたちせまりくる魔物まものたちをむかとうとしていた、そんなとき


 プルウェア聖教国せいきょうこく聖都せいとオーデュ・スルスに、1ぴきのネズミがしのんでいました。


 そのネズミは、だれづかれることもなく、せまくてくら隙間すきますすむのです。


 だれづかれることもなく?


 それはすこちがうかもしれません。


 ネズミがかべ隙間すきまもぐんでいく様子ようすを、まち住民じゅうみんにしていました。


 ネズミが下水路げすいろはしりこんでいく様子ようすを、見張みはりの人間にんげんていました。


 薄汚うすよごれたちいさなからだのネズミとはいえ、かれらが見落みおとすハズなどありません。


 見落みおとしたのでは、ないのです。


 たくないものだから、見送みおくったのです。


 だからこそ、かれらは見落みおとしたのでしょう。

 そのネズミが、前足まえあしを1ぽんうしなっていることを。


 おぼつかない足取あしどりで、下水げすいすすむネズミ。


 そうしてたどりいた場所ばしょは、これまたせまくてジメジメとした部屋へやなか


 ここは、人間にんげん牢屋ろうやぶ、そんな場所ばしょ


 そこで一人ひとり人間にんげんつけたネズミは、おともなくあしめました。


 たいする人間にんげんは、さわがしいそと様子ようすられていて、まったくネズミに気配けはいがありません。


魔物まもの襲撃しゅうげきか? そのままアイツらを全員ぜんいんころしてくれませんかねぇ」


 人間にんげんくちからはなたれたその言葉ことばに、ネズミはみみをピクリとらします。


 かとおもえば、唐突とうとつけだしたネズミが、人間にんげん足首あしくびらいついてしまいました。


っ!! なんだっ!?」


 いきおいよくばされたネズミが、ちゅうう。


 しかし、着地ちゃくちをするころには、それはもうネズミではなくなっていたのです。


「ご機嫌きげん如何いかがですか? デシレさん」

「き、貴様きさまはっ!? ライラック!!」


 ネズミから道化師どうけしへと変化へんげげたライラックをみて、デシレは動揺どうようかくせない。


 それもそのはずでしょう、この2人のあいだには因縁いんねんがあるのですからね。


「おひさしぶりですね。いやはや、まさかこんな場所ばしょであなたにうことができるなんて」

貴様きさま、なぜここにいる? いや、それよりも―――」

ひと挨拶あいさつをことごとく無視むしするとは、アナタもわっていませんね」

みついておいてなに挨拶あいさつだ!」

「まぁまぁ、我々(われわれ)なかじゃありませんか。そこは大目おおめてほしいところですね」

貴様きさまれあったおぼえはないがな」

「そうですねぇ。吾輩わがはいも、なぶられたおぼえしかありませんよ」


 ライラックがそうげると、デシレはかお強張こわばらせながらかべ背中せなか密着みっちゃくさせる。


「な、なにをするつもりだ」

「いえね、すこしばかりしていただけないものかとおもいまして。ほら、てのとおいま吾輩わがはいには、うで片方かたほうしかありませんので」

貴様きさましんじれるわけがないだろう」

しんじる必要ひつようなどありませんよ」


 そういったライラックは、にもとまらぬはやさでデシレのふところもぐみ、かれむね手刀しゅとうつらぬいてしまったのです。


「がぁっ……はっ」

ったではありませんか、してほしいのです。うでだけあれば事足ことたりるのですからね? まぁ、ついでに、アナタがってる奇跡きせき拝借はいしゃくするつもりですが」


 ドサッというおとあと牢屋ろうやなかなにかをすすようおとひびく。


 しばらくのち、そのおとがやんだ牢屋ろうやなかには口元くちもとめた道化師どうけし一人ひとりくしていた。


 かれ満足まんぞくげなみをかべながら、“両手りょうて”をおおきくひろげてせる。


「ようやくだ……ようやく、このときたのですねぇ!!」


 ひろげていたうで胸元むなもとせたかれは、まるでむねなか宿やどっているなにかにかせるように、つづけた。


「きっと、彼女かのじょならやってくれることでしょう。そうとなれば、吾輩わがはい準備じゅんびをしておかなければ。まずは、このまち邪魔じゃまになってしまいますからねぇ」


 それだけをげたかれは、ふたたびネズミへと姿すがたえる。


 ときおなじように、下水げすいとおってゆくネズミは、きとはちが軽快けいかい足取あしどりだった。


 きたな下水げすいから、すこしはマシな水路すいろうつる。


 複雑ふくざつ経路けいろ辿たどりながら、時折ときおり地上ちじょう様子ようすうかがったネズミは、目的もくてき場所ばしょへと到達とうたつする。


 そこは、まちなかもっとおおきな建物たてもの

 うまでもなく、大聖堂だいせいどうだ。


 大聖堂だいせいどうなかはいるため、一度いちど地上ちじょう姿すがたあらわしたネズミ。


 よこたわっている怪我人けがにん合間あいまけて、ネズミがかったさきは、かたざされた礼拝堂れいはいどう


 しかし、ネズミにとってそのとびら左程さほど意味いみさなかった。


 近場ちかばかべから水抜みずぬよう水路すいろもぐみ、そのまますすむこと数分すうふん


 ねらどおり、ネズミは人気ひとけのない礼拝堂れいはいどうなか侵入しんにゅうする。


 地下ちかびている階段かいだん入口いりぐち

 ひらかれたままのその入口いりぐちのぞんだネズミは、躊躇ちゅうちょすることなく一歩いっぽした。


 階段かいだんりながら道化師どうけし姿すがた変化へんげしたライラック。


 そうしてかれは、地下ちか最奥さいおくにある叡智えいち辿たどいたのです。


「ここにるのも久方ひさかたぶりですねぇ……何百年なんびゃくねんぶりでしょうか? まさか、階段かいだんがなくなっているとはおもいもしませんでしたよ」


 そういったかれは、いましがたりてきた天井てんじょうあな見上みあげる。


 つづいて、西にし石壁いしかべ視線しせんげたライラックは、ちいさくかたすくめたあと叡智えいち水盆すいぼんなおりました。


「さてと……それではそろそろ、アナタの本領ほんりょうとやらをせてもらいましょうかねぇ」


 かすかなひとごとげたライラックが、右手みぎて叡智えいち水盆すいぼんれた。


 その瞬間しゅんかん叡智えいち何者なにものかがつ。


 咄嗟とっさひるがえしたライラックは、かれたするどさきで、ひだりほおかれる。


「おまえは……どうやってここまではいってきた?」

「おやおや、出合頭であいがしらりつけるなど、紳士しんし風上かざかみにもけませんよ?」

わたしべつ紳士しんしというわけではいからな」

「そうでした。どちらかといえば、バーサーカーですね」

「おいたん! 大丈夫だいじょうぶ!?」

「えぇ、わたし大丈夫だいじょうぶですよ! ですから、ハナちゃんはもどってください!!」


 ライラックと対峙たいじしているおとこ、ベルザーク。

 かれもどるようにわれたハナは、しかし、心配しんぱいげな表情ひょうじょうかべたまま叡智えいちりてきた。


 それもそのはずでしょう。

 彼女かのじょはライラックがどんな存在そんざいなのか、理解りかいしているハズなのですから。


「おいたん、やっぱりわたしが」

「いえ、さきほどたとおり、しんれとうみ魔物まもの迎撃げいげきするためには、ハナちゃんのちから不可欠ふかけつです。ですからここは―――」

いのですか? 彼女かのじょかえしてしまったら、アナタにはありませんよ?」


 すぐにかえそうとするベルザークに、しかし、ライラックはその猶予ゆうよあたえるつもりがなかったようです。


 ハナがんできたかぜ利用りようして、後方こうほうへとおおきくんだかれは、ちゅうでその変化へんげさせる。


 おおきなくろつばさ、そしてかたうろこおおわれた姿すがたに。


 あわてて対処たいしょしようとするベルザークとハナだが、うわけがない。


 なにしろ、かれはずっとっていたのだから。

 計画けいかく実行じっこううつすべき、このときを。


 邪龍じゃりゅうベルガスクにてたライラックは、その巨大きょだいくち叡智えいち水盆すいぼんんだ。


 そして、その中身なかみまたたしてしまったのです。


 なんのためにかれがそんなことをするのか。

 この時代じだいにそれをもの誰一人だれひとりいない。


 そもそも、かれ何者なにものなのかさえ、ものはいないのだから。


 いいえ、それはすこちがうかもしれません。


 かれはやはり、見送みおくられてしまったものということなのでしょう。


 たくもない存在そんざいだから。

 えていても、えないところにしやっていたいから。


 だから、しやったほうわすれてしまうのです。

 だから、しやられたほうわすれたりはしないのです。


 そうして平穏へいおんは、まってわすれたころやぶられる。


 いままさにやぶててしまおうとしているかれは、またしやられてしまうのだろうか。

 あるいは……。

面白いと思ったらいいねとブックマークをお願いします。

更新の励みになります!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ