第197話 彼のこと
現れたのは、三人の女性。
一人は椅子に腰を下ろした老婆の姿で、穏やかな視線を投げかけてきてるよ。
ふくよかな体型と丁寧に整えられた長い白髪が、とても良い雰囲気を出してるね。
もう一人は老婆に抱き着くような形で膝の上に座ってる女の子。
華奢で色白だけど、ボサボサの髪型とか興味津々って感じの視線から、活発さが滲み出てる気がします。
そして最後の一人が、大人なお姉さんって感じの女性。
ついさっき、カルミアさんが受け止めようとして飛沫になっちゃった彼女だね。
水たまりの中から、まるで何事もなかったかのように姿を現して、私たちをにらみつけてきてる。
そんな彼女たちの中で、一番先に私の質問に反応したのは、女の子でした。
「そーなのデス! あたしがプルウェア! お姉ちゃんは誰なのデス?」
満面の笑みとともに老婆の膝から飛び降りた彼女が、トテトテと私の方に駆け寄ろうとする。
けど、そんなプルウェアちゃんを大人のお姉さんが止めちゃいました。
「少しは落ち着きを持ったらどうなのデス? でないと、いつまでたってもお子様のままデスよ?」
「なんで止めるデス~! そんなだから、置いてけぼりにされちゃうんデスよ!」
「っ!? そ、それとこれとは、いまは関係ないデスよね!? それに! あなただって私なのデスから! 置いてけぼりにされたのは同じはずデス!!」
「あ、あのぉ……大丈夫ですか?」
なんか、お姉さんと女の子が喧嘩を始めちゃったよ。
仲介したいけど、まだ会ったばっかりだからなぁ。
なんて言って止めればいいのかもわかんないよ。
ホリー君たちも困ったような表情を浮かべてるし。
どうしたものかな。
なんて考えながら、ふと老婆に目を向けてみた私は、彼女が小さく頷くのを目にしました。
「ほらほらあなたたち、喧嘩はその辺にしてちょうだい。お客様がお困りデスよ?」
優しい口調のまま、ゆっくりと腰を上げたお婆ちゃん。
すると、彼女が座ってた椅子が一瞬で水となって崩れ落ち、その飛沫が無数の魚となって、女の子とお姉さんの間に割って入りました。
「うわわっ! うひょ~! ねぇお婆ちゃん! もっと高くまで持ち上げてよぉ」
「し、失礼しました。お客様方にも、お恥ずかしいところをお見せして、大変申し訳なく思っている次第デス」
「ふふふ。ごめんなさいねぇ。この子達ったら、久しぶりに動けるからって、はしゃいでいるだけデスのよ」
老婆がそう言っている間にも、女の子とお姉さんの間に割って入ってた魚たちが私たちの前に集まり始めて、見る見るうちに大きなテーブルとイスに変化していきます。
「ささ、立ち話もなんですから、お座りになってくださいな。ここは冷えるでしょう? ホントは温かいお茶でも淹れてあげたいところデスが」
「私たちは大丈夫ですよ」
そうは言ったけど、よく見たらカルミアさんだけ震えてるね。
さっき、全身に水をかぶっちゃったからかな。
とりあえず、燃える魂をカルミアさんのそばに向かわせておきましょう。
皆が椅子に座ったところで、お姉さんが一つ咳ばらいをして話し始めたよ。
「それでは改めて、私達の名前はプルウェア。水を司る女神です」
やっぱり、三人ともプルウェアさんなんだね。
そうなると、呼び名に困っちゃうなぁ。
そうだ、女の子はプル子ちゃんで、お姉さんはプル姉、お婆ちゃんはプル婆って呼ぶことにしよう!
その方が分かりやすいよね。
なにはともあれ、自己紹介をしてもらったわけだから、私たちも自己紹介しないとだよね。
「それじゃあ今度は私たちの番だよね。はじめまして。私の名前はリグレッタです。リッタって呼んでくれても大丈夫だよ」
「ボクの名前は、ブッシュ・カルドネル・ホルバートン。地上にあるブッシュ王国の王子です。どうぞ、お見知りおきを」
「私はカルミア。ホルバートン殿下の護衛です」
「……え? 終わりっスか? えっと、お、俺はカッツっス。よろしくっス」
これで一通り全員の自己紹介が終わったのかな?
あ、部屋の中にはシェードたちもいるけど、まぁ、言葉は話せないみたいだから、いいよね?
「リグレッタにブッシュ・カルドネル・ホルバートンにカルミアにカッツ、デスね」
「王子様なのデスか!? 凄い凄い! ねぇ婆ちゃん、王子様だって!!」
「えぇ、凄いですねぇ」
「いえ、別にボクが凄いわけではないですから」
ホリー君は謙遜してるけど、私はすごいと思うんだよなぁ。
カルミアさんも何か言いたげな顔をしてるから、きっと同じように考えてるはずだよね。
まぁ、今それを言っても、ホリー君を困らせちゃうだけな気がするから言わないけどさ。
それに、あんまりのんびりしてるわけにもいかないんだよね。
この街は本当に楽園イゼルなのか。
どうして、こんな場所にあるのか。
そんな話を聞かなくちゃいけません。
さっそく、質問をしよう。
私がそう思って、ホリー君に視線を投げた時。
先にプル姉さんが口を開いたのです。
「単刀直入に聞きますが、皆さんはここに何をしに来たのですか? そもそも、どうやってここまで?」
「えっと……」
「その話の前に、ボクの方から1つ確認させてほしいことがあるのですが」
「どうぞ」
「ありがとうございます。ここは海の底に沈んでしまった楽園イゼルという街で、間違いありませんか?」
彼の質問を聞いたプル姉は、間髪入れずに頷きました。
「その通りです。だからこそ、聞いているのです。なぜ、ここに来たのかと」
元々は、ホリー君たちを助けるために来たんだけど。
なぜ。
そう聞かれたら、あの碑文の話をする必要があるよね?
でもちょっと変な気もするなぁ。
だって、ただ偶然通りかかっただけって可能性もあるじゃん?
偶然、通りかかって、凍り付いてるプルウェアさんたちを解放した。
あ~。
さすがにないかな?
「えっとね。説明すると長くなっちゃうんだけど。海底に碑文があって、そこにイゼルのことと女神が囚われてるって話が書いてあってさ」
そんな語り出しで、私はことの経緯を説明しました。
ホリー君みたいに整理して話せてたかは、自信がありません。
プル姉の疑問が晴れてればいいんだけどね。
そんなことを考えながら、なにやら考え込んでる様子のプル姉の反応を伺ってると、プル子ちゃんが勢いよく立ち上がったよ。
「そんなに考え込む必要ないデスよ! リグレッタたちは、アイツとは関係ない! あたしの勘がそう告げているのデス!」
「そう判断するにはまだ早計だと思うのデスが」
「うだうだ悩みすぎなんデスよっ! そんなことじゃ、すぐに淀んじゃうからね」
「そういうアナタは、いつも突っ走りすぎて問題ばかり……ちょっと、聞いているのデスか!?」
そんなプル姉の制止を無視して、プル子ちゃんがテーブルの上をトテトテと走ります。
そうしてホリー君の前で足を止めた彼女は、彼の顔を見下ろしながら告げたのです。
「あなた、王子様なんデスよね? だったら、知ってるんじゃないデスか?」
「え? 知ってるって、何をですか?」
「あたしたちを置いてった、彼のことデスよ」
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