第195話 なんか引っかかる
潮の道を抜けた先は、暗い洞窟だったよ。
とりあえず、呼吸ができる場所で安心したんだけどさ。
肝心の三人はどこにもいませんでした。
洞窟の入口付近にいた魔物たちに食べられちゃったのかと焦ったよね。
カルミアさんの鎧が転がってたし、ホントに焦ったんだから。
すぐに周囲の魂を探したことで、洞窟の先に進んでるって気づけたからよかったけど。
それにしても、こんな暗い中をよく進めたなぁ。
私は燃える魂があるから、足元を照らせるけど。
きっと、三人は灯りなんて持ってないよね。
早く助けに行ってあげないと。
そういえば、万能薬は持ってきてたっけ?
うん、ポケットに入ってるね。
もし三人のうちの誰かがケガしてたら、治療できないからね。
潮の道は一方通行みたいだから、最悪、この洞窟で作る羽目になるところだったよ。
そんなこんなで、洞窟を進んだ私は、ものすごいものを目にしました。
氷の女性に抱えられた大きな都市。
これが、碑文に出てきた、滅亡した楽園イゼルってことかな?
それに、街を抱えてるこの大きなお姉さんはもしかして、プルウェアさんだったりする?
今にも動き出しそうだけど……。
見た感じ、魂は宿ってなさそうだね。
きっと、私が作るゴーレムとかと同じ感じなのかな?
これだけ大きいのを作るのは、さすがに私も骨が折れそうだけど。
「今はそれより、三人を探さなくちゃ……こんな場所に長居してたら、風邪ひいちゃうよぉ」
鼻水が止まりません。
まだちょっと服が濡れてるのもあって、かなり寒いよ。
足元も滑るし、気を付けて進まないとだね。
かじかむ手で髪を後ろに束ねた私は、滴る水で手を湿らせました。
そうしてそのまま、足元の氷に濡れた手を添えます。
冷たいっ。
でも、これで……。
よし、冷気を掴めたね。
そうしたら後は、冷気と地面の氷を操ってあげれば。
「できた。氷の杖。これで、転ばずに歩けるかな」
手が冷たいのは我慢です。
ホントは飛んでいきたいんだけどね。
ここにはプルウェアさんがいるかもしれないから、用心しながら進むに越したことはないでしょう。
「それにしても、結構奥の方まで進んでるじゃん……あれ?」
三人の居場所を確認するために、魂を見た私は、三人の他に複数の魂がいることに気づきました。
しかも、三人と一緒にいるっぽいね。
「捕まった? ……だとしたら、もっと急がなくちゃ」
街の中を道なりに進もうと思ってたけど、そんな余裕はなさそうです。
風の力で少しだけ体を浮かせた私は、近くにあった建物の壁を勢いよく上ります。
そのまま、屋根伝いに街の頭上を駆けること数分。
私はようやく、三人を目視することに成功します。
場所はイゼルの街の入口から少し入ったところの建物。
元々は大きな屋敷だったのかな?
広い庭付きの建物だね。
屋敷の玄関扉を開けて中に入り、三人がいるであろう二階の部屋に向かう。
そうして目当ての部屋のドアを開けた瞬間、部屋の片隅で身構えてたカッツさんが声を上げました。
「なんだ、リグレッタっスかぁ」
「なんだって何かな? ここまで助けに来てあげたのに」
「す、すまん。そういう意味じゃないっスよ。てっきりあの化物が追いかけてきたんじゃないかって思ったっス」
「ふぅ……リグレッタでよかった、これでなんとかなりそうだね」
安堵してる様子のカッツさんとホリー君。
事情があって警戒してたみたいだし、これ以上責めないほうがよさそうだね。
それに、それよりも気にするべきことがあるみたいです。
「カルミアさん! もしかして、ケガしてるの!?」
「え、えぇ……でも、少し休んだおかげで、だいぶ良くなりました」
壁に背中を預ける形で座ってる彼女は、頭から血を流してるよ。
「ちょっと待ってね。いま万能薬を渡すから」
そういってポケットに手を突っ込みながら、私は部屋の中を観察しました。
すぐに私の視線に気づいたのかな、カッツさんが説明してくれます。
「大丈夫っスよ。こいつら、俺たちに危害を加える気はないっぽいっスから」
「そう、みたいだね……はい、これ万能薬」
そういいながら万能薬の入った袋を投げて渡した私の挙動に、ビクビクと怯えてみせるのは、なんとも不思議な存在です。
真っ黒な影しかないその存在は、部屋の壁に張り付くようにして震えてるんだよ。
「ボクらは彼らのことをシェードって呼ぶことにしたよ。ほんとに影だけみたいだからね」
「シェード? どうしてカッツさん達と一緒にいるの?」
「知らねぇっスよ。会話が出来るわけでもないっスからね。それなのに、俺たちに勝手に着いてくるから、どうせなら安全な場所でも教えてもらおうと聞いたら、ここに案内してくれたっス」
「罠だったらどうするつもりだったの」
「その時は仕方ないっすよ。どっちにしろ、俺たちだけじゃ襲われたときに対処できないっスからね」
「力が及ばず、申し訳ありません」
傷も癒えた様子のカルミアさんが、ホリー君に頭を下げてる。
まぁなにはともあれ、無事だったから良しとしようかな。
「それじゃあ、すぐにオーデュ・スルスに引き返そうか」
「リグレッタ、この街の調査はしていかないのかい?」
信じられないとでも言いたげなホリー君。
でもそうだよね。
ホリー君たちはオーデュスルスの街で何が起きてるのか、知らないんだもん。
私はオーデュ・スルスの街が襲われてることを説明しました。
「だから、今すぐにでも戻って、ハナちゃん達に加勢してあげなくちゃ」
「それは確かに、戻った方がよさそうっスね」
納得してくれた様子のカッツさんとカルミアさん。
でも、ホリー君だけはまだ納得してないみたいです。
「ほんとにそうなのかな?」
「ホルバートン様。今はやはり、戻った方がよろしいかと」
「言いたいことはわかるけど。なんか引っかかるんだよね」
「引っかかる? 何のことかな?」
「タイミングだよ」
そこで言葉を切ったホリー君は、窓の外に見えるイゼルの街を見ながら続けました。
「あの渦……潮の道が発生したのとほぼ同時に、オーデュ・スルスが襲撃された。それはつまり、襲撃を仕掛けてきてる魔物たちは、誰かがこの都市に入ることを止めたかったんじゃないかな?」
「どうしてそう思うんスか?」
「礼拝堂の床に描かれた絵だよ。1つは大きな龍で、もう1つは都市の絵だったよね? あの都市はてっきり、オーデュ・スルスかと思ってたんだけどさ……」
そっか。
嵐に襲われてたあの都市は、この古代都市イゼルの可能性があるんだね。
そう考えると、ホリー君の言う通り引っかかるかも。
少し、状況を整理したほうがいいかもしれない。
私と同じ考えに至ったのかな。
ホリー君が私をまっすぐに見つめながら口を開きました。
「リグレッタ。海の中に何があったのか、聞かせてくれるかな?」
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