第194話 大事に抱えこんだまま
右を見ても左を見ても、真っ暗闇の中。
俺は意識のないカルミアを背負い、手探りで洞窟を進んでるっス。
すぐ後ろにはホリーもいるハズだけど、足音と微かな息遣い以外に存在を確認できないのが、不安を煽るっスよね。
まぁ、ホリーの意識があるだけでも幾分かはマシっス。
さすがに二人を担いで移動することはできないっスから。
「ホリー、次は右に進むっスよ」
「……」
沈黙の代わりに、カルミアを背負ってる俺の手をホリーは小さく2回叩いてきた。
つまり、了解ってことっスね。
ちなみに賛同できない場合は、3回。
それ以上連打した場合は、異常事態を伝えることになってるっス。
なんで俺たちがこんなにコソコソしてるのかって?
それは簡単な話で。
この洞窟に住んでる化け物から逃げるためっスよ。
突如、叡智の間を埋め尽くした大渦に吸い込まれた俺たちは、この洞窟の入口に放り出されたっス。
入口って言っても、入ってくる人間を歓迎するような場所では無かったっスね。
なにせ、入口周辺に大量の化物が住み着いてるんスから。
渦の出口が放つうっすらとした灯りで見えたのは、カエルとトカゲが合体したような輪郭の、小っこいヤツら。
その程度なら、カルミアだけでも追い払うことができたんスけどね。
子供がいるなら、親がいるのは当然ってワケで。
大型犬くらいの奴らがウジャウジャと現れて、俺たちはあっという間に取り囲まれたっス。
情けないことに、俺は戦えないんスよ。
当然、ホリーも戦えないっスからね。
カルミア一人で相対したものの、強烈な一撃を頭に受けたことで、今こうして意識を失ってるんス。
あー、俺たち、ここで死ぬんだな。
本気でそう思ったっスね。
でも、カルミアが地面に倒れこんだことで、状況が一変したっスよ。
ガシャガシャガシャーン!
って鎧の音が洞窟内に響き渡った途端、奴らが全員苦しみ始めたってわけっス。
弱点が分かれば、利用しないワケにはいかないっスよね?
急いでカルミアのもとに走った俺は、彼女の着ていた鎧を引っぺがして、思い切り地面に叩きつけたっス。
多分その瞬間が、この洞窟史上で最も五月蠅い瞬間だったみたいっスね。
まぁ、のたうち回ってる化物どもを眺めてる余裕なんかなかったっスけど。
下水道で暮らしててよかったなんて思う日が来ることになるとは。
この暗闇の中を歩くまで、想像もしなかったっスよ。
大丈夫。
このまま逃げていればきっと、リグレッタかハナちゃんが助けに来てくれるはず。
来るはず、ッスよね?
少なくとも、洞窟の入口に来てくれさえすれば、きっと俺たちの魂を探して追いついてくれるはず。
なんて考えながら歩いてるうちに、結構進んできたっスけど。
結局ここは、どこなんすか?
周囲から、見えない気配とかを感じるし。
心なしか、気温が下がってきたように思うんすけど?
クソッ。
気を抜いたら、顎がカタカタと音を立てそうになるっスね。
もしかして、俺たちは思ってる以上に遠い場所まで運ばれてしまったんスか?
「あいたっ!!」
「ちょっと、カッツさん。何をしてるんですか!?」
「すまん、ちょっと考え事を。それよりも……」
寒さに気を取られてたせいで、鼻から壁にぶつかっちまったっスよ。
気を取り直して、壁に手を触れた瞬間。
俺は、手に触れたものが岩の壁じゃないことに気が付いたっス。
「これは……もしかして、氷っスか?」
「え? こんなところに氷が? そんなワケないじゃないですか」
「じゃあ前に来て触ってみるっスよ」
「……冷たっ」
「ほら」
目の前にあるのは、正真正銘、氷の壁っス。
そんな氷の壁が、左右に延々と続いているみたいで、俺たちはとりあえず右回りに進むことにしたっス。
気づけば、天井や床すらも氷に置き換わっていって。
俺たちは慎重に歩を進めたっス。
足を滑らせて、カルミアを地面に叩きつけるわけにはいかないっスからね。
半透明の氷に囲まれた洞窟は、見ようによっては綺麗にも見えるっスけど。
俺は少しだけ、不気味さを覚え始めてたっス。
だって、よくよく考えたらおかしいじゃないっスか。
プルウェア聖教国の聖都オーデュ・スルス。
その街で最も大きな建物である大聖堂。
さらに、その大聖堂の地下から大渦を通って連れてこられた洞窟の先にあったのが、巨大な氷の壁っスよ?
何か、触れちゃいけないものに触れちゃってる感じがビンビンするのは、俺だけっスかね?
「すごいなぁ……自然に作られたのかな? だとしたら、どんな現象が起きてるんだろう?」
後ろを歩く少年は、不気味さより好奇心が勝ってるって感じっスね。
少しうらやましいっスよ。
ところで、少し前から不思議に思ってたっスけど。
もしかして、氷の洞窟を抜けた先には光があるんスかね?
半透明な氷から、微かだけど光が射してきてるように見えるんスよねぇ。
だとしたらありがたいっスけど。
さすがにもう、さっきの化物は追ってきてないっぽいし。
ここらで休憩しないと、俺も限界っすよ。
そう思いながら、眼前に見える突き当りを左に曲がろうとした俺は、曲がった先に洞窟の出口があることに気が付いたっス。
「お、出口っス!」
「ほんとですか!?」
俺もホリーも、足早で出口に向かう。
出来れば、氷のない場所で体を温めたいなぁ。
なんて考えてた俺なんスけどね。
洞窟の出口から見た光景のせいで、そんな考えは吹き飛んで行ったっスよ。
「なっ……なんスか、これ」
「どうして、こんなところに……」
唖然としてるホリー。
そりゃそうっスよ。
だって、洞窟の外には氷漬けにされてしまった巨大な街があったんすスから。
おまけにもっと驚きなのが、さっき俺たちが通ってきた氷の洞窟の正体っス。
氷漬けになった街全体を覆ってる氷。
それはまるで、街を大事に抱え込んだまま座っている女性のような姿をしてるんスよ。
俺たちが通ってきた洞窟は、太ももの辺りって感じっスね。
見上げれば、眠りに落ちてるようなドデカイ女の顔がある。
そんな姿を見てしまったら、嫌でもあの名前を思い出すっスよね?
「もしかして……彼女がプルウェア?」
「そ、そんな馬鹿な話があるっスか? っていうか、寒っ!!」
我慢しても顎がガチガチと音を立てちまうっスよ。
これなら氷の洞窟に戻った方が……。
そう思った瞬間。
俺は視界の端で動く影を捉えた。
身構えつつ、ホリーを後ろに下がらせる。
そうして影の方を警戒していると、そいつが姿を現した。
違うっスね。
そいつじゃないっスよ。
そいつら。だったっス。
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