第193話 潮の道
これは、ちょっとマズいかもだよ。
石碑があった場所から急いで海面に浮上を始めた私たちは、すぐに潮の流れが強くなってることに気が付きました。
水を掻いても全然進めないよ。
原因を突き止めるため、周囲を見渡した私は、背後の大穴から渦が伸びてきてるのを見ちゃったんだ。
早めに気づけて良かったんだけどさ。
出来れば、見たくなかったよね。
『ハナちゃん!!』
こうなったら、空気の残りなんて関係ないよね。
全力で、海から脱出しなくちゃ!
ハナちゃんの手を取った私は、激しく波打ち始めた海面めがけて飛び上がりました。
「ぷはっ!! ハナちゃん! 大丈夫?」
「うん! リッタ、何が起きてるのっ!?」
「分からないよ。でも、さっきのを信じるなら、扉が開いたってことだと思う」
「みてっ! 渦がどんどん伸びてきてる!」
「ホントだ。しかも、オーデュスルスの方に伸びてるように見えるのは、私だけ?」
「ううん。私もそう見えるよ」
やっぱりそうだよね。
普通なら、海面に向かって伸びるはずの渦が、真横を向いてオーデュスルスの方に伸びていってるのです。
その姿はまるで、風の道のようで……。
でも、道を作ってるのは風じゃないんだよね。
「これは、もしかして潮の道って感じかな?」
「潮の道?」
「うん。風の道の応用かなって思って。いま名前を付けてみたんだけど。どうかな?」
「いいと思う!」
好評なようでよかったよ。
って、そんなこと言ってる場合じゃないね。
あのまま潮の道が伸びてったら、行きつく先は叡智の間だ。
みんな、ちゃんと避難してるよね?
そんな不安を胸に、私たちは急いで大聖堂に飛びました。
服も髪の毛もビチャビチャだけど、気にしてる場合じゃありません。
渦の伸びる速度は思ってるよりも早いです。
でもきっと、みんな無事だよね?
そうやって、私は私を安心させようとしてたんだけど。
なにもかも、上手くいくわけじゃないんだね。
「兄さぁん! 兄さぁぁん!」
「ハリエット様! 落ち着いてください!!」
「でもっ! 兄さんがぁ!! 早く助けに行かないとっ! 溺れちゃうわ!! カルミアも!! 一緒に流されちゃったのよ!!」
私とハナちゃんが叡智の間に降りる階段前にやってきたときにはすでに。
ハリエットちゃんが泣き叫んでいました。
ずぶ濡れになってる彼女の叫びを聞くだけで、何が起きたのかなんとなく分かる。
階段の下に見える叡智の間は、荒波に満たされてるしね。
っていうか、よくよく見たら叡智の間に降りるための階段がゴッソリ無くなっちゃってるよ。
「ベルザークさん! 流されたのはホリー君とカルミアさんだけ!?」
「いえ、もう一人、カッツがホルバートン様を助けようとして、流されてしまいました」
「カッツ兄……」
慕ってる兄を目の前で流されたからかな、ハリエットちゃんもフレイ君も悔しそうに唇をかみしめてる。
すぐにでも助けに向かわなくちゃ。
そう思って、叡智の間に足を踏み入れようとした私は、直後、階段を駆け下りてくる足音を耳にしました。
「大変です!! 皆さん!! 海から大量の魔物が押し寄せてきています!!」
そう叫びながら駆け下りてきたのは、ソレイユさんだよ。
「魔物!? どうしてこんな時に!?」
「それだけではありません、北からは蜃の群れがこちらに迫っているとの情報が入っています!」
「これは……どうなってやがんだ?」
「リグレッタ様。どうなさいますか?」
ベルザークさんの言葉と同時に、皆の視線が私に集まりました。
すぐにでもホリー君たちを助けに行きたい。
でも、街のことも放っておけないよね。
「リッタ」
「うん。分かってるよ、ハナちゃん。ここは手分けするべきだね」
「ん。私はどっちに行けばいい?」
「それじゃあハナちゃんは、街の方をお願いしてもいいかな」
「ん。でも、海の中なら私の方が動けるよ?」
「そうだね。でも、なんか嫌な予感がしてるんだ。北と南の礼拝堂の地下で見た模様。あれがもし、ティアマトと沈められた街の様子だったなら……またティアマトが現れるかもしれないよね。その時、私じゃ敵わないかもしれない」
その点、ハナちゃんなら風を纏えるから、ティアマトにも対抗できる可能性が高いのです。
それに、多分だけどホリー君たちは無事な気がしてる。
この潮の道はきっと、楽園イゼルって場所につながってるから。
そしてこの道を作った人は、私に囚われの女神を救ってほしいと言ってきたんだよ。
ということは、道の先がいきなり危険な場所だとは考えたくないよね。
もしそうだったら、お願い事を聞きたくなくなっちゃうよ。
そんな願望を込めながら、私はハナちゃんに手を差し出しました。
すかさず握り返してくるハナちゃん。
「絶対に助けてきてよね! リッタ!」
「ハナちゃんこそ、街のことお願いだよ?」
そう何度も失敗するわけにはいかないからね。
かっこいいところを見せてあげなくちゃ!
「ハリエットちゃん、フレイ君。不安だと思うけど私もみんなも全力を尽くすから。まだ諦めちゃだめだよ?」
「……うん」
「分かったわ」
「それじゃあ、行ってくるね」
そう言って私は、荒波に身を投じました。
それにしても、ここに海水が入り込んだままだと危ないよね。
潮の道の実質的な入口は西側の壁みたいだし、部屋の中に入り込んできてる海水は追い出しておこうかな。
だだっ広い海の中と違って、部屋の中の海水だけなら操れるのです。
叡智の間から海水を追い出しつつ、岩壁を拵えて侵入を防ぐ。
そんな作業の中で気づいたんだけど、叡智の水盆は無傷なんだね。
きっと、ホリー君が知ったら驚くんだろうなぁ。
なんてことを考えながらも、仕上げに叡智の間を閉ざします。
さて、それじゃあ行きましょうかねぇ。
急いで助けなくちゃ。
そうして私は、潮の道に飛び込んだのでした。
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