第192話 満たされし道の先に
それにしても、海の中を歩くのって結構疲れるね。
試しに触れることができる海水に魂宿りの術を使って追い風ならぬ追い水を作ろうとしたんだけどさ。
いまいちうまくいかなかったのです。
きっと、海の中っていう環境が影響してるんだよね?
これがいわゆる、水の抵抗ってやつかな?
もちろん、2つの意味でね。
結局、歩くよりも泳いだほうが速く動けると結論付けた私たち。
両手で大きく水をかき分けながら進むことにしたんだよ。
そうやって泳いでるうちに、私たちは水底の模様に気が付きました。
先に進むほどに、深くなっていく溝みたいな模様。
これは、礼拝堂の床と同じものかもしれないよね。
ハナちゃんが、模様を指さしながら頷いてきてる。
きっと、これを辿っていこうって言っているのでしょう。
自慢じゃないけど、ハナちゃんが何を言おうとしてるのか手に取るように分かるのです。
賛成するために頷き返した私は、そのまま溝に沿って進みました。
気が付けば、私たちの身長よりも高い壁になっていく模様。
これは、完全に迷路に入ったってことみたいです。
念のため、周囲に魂がないか確認してみると、壁の向こうを徘徊してる魂が沢山あるみたいです。
動きから察するに、きっと魔物だね。
ハナちゃんにも、目で周囲を見るように身振りで指示を出したところ、彼女もしっかりと魔物の存在を把握したみたい。
慎重に進みましょう。
それにしても、三日月の欠けた場所にあたるこの海の底が、迷路になってるなんて気づかなかったなぁ。
オーデュ・スルスの街よりは小さいけど、大聖堂がいくつか建つくらい広いよね。
まるで、小さくなって礼拝堂の床の模様の中に迷い込んじゃった気分だよ。
迷路がどんどん深くなっていくにつれて、壁が高くなっていきます。
そのせいかな、少しずつ辺りが暗くなってきたよ。
呼吸もしづらくなってきたから、周囲の水だけでも操って、簡単な膜でも張っておこうかな。
ハナちゃんはシルフィードを纏ってるから、大丈夫そうだね。
良いなぁ。
こんど、ちゃんと練習してみようかな。
なんてことを考えてると、ハナちゃんが前方を指さしました。
何かと思ったら、カニさんじゃん。
迷路の壁に入った亀裂を家にしてるみたいだね。
そんなカニを興味深そうに見てニコッと笑みを浮かべるハナちゃん。
はぁ~。
可愛いっ。
燃える魂の青白い灯りの中、こうして二人で歩いてると、去年のことを思い出すなぁ。
ハナちゃんの着物姿は、最高だったよね。
この旅が終わったら、また着てもらいましょう。
って、物思いに耽ってる場合じゃないよ。
魔物を避けながら、黙々と迷路を進む私たち。
ずっと同じような道ばかりで退屈してきてた頃。
ようやく、出口っぽい門にたどり着いたんだよ。
まだ空気が残ってる間でよかった。
そう思ったのも束の間。
閉ざされてた門がゆっくりと開きだして、中から大きなゴーレムが姿を現したのです。
これは、南の礼拝堂の地下にあったのと同じエメスってやつみたいだね。
門の近くに倒れてた太い柱を手に取ったエメスが、明確な敵意を私たちに向けてきます。
でも正直に言えば、私とハナちゃんにとって脅威にはならないんだよね。
海水をかき分けて、勢いよく振り下ろされる石柱。
そんな一撃は、ハナちゃんの生み出した水流に弾き返されちゃうのです。
よろけるエメスに、今度は私が水流を飛ばして追撃を加えます。
そうして地面に倒れこんじゃったエメスを、私たちは二人がかりで地面に縫い付けます。
全身を岩の槍で貫かれたエメスは、もう立ち上がれないでしょう。
よし、今のうちに先に進んじゃおうか!
あまりに手ごたえがなかったせいかな、ハナちゃんがちょっと物足りなさそうにしてるよ。
でもハナちゃん、私たち二人を相手にしたら仕方がないと思うんだ。
そうでしょ?
なにはともあれ、無事に門を潜り抜けた私たちは、そこで一度足を止めました。
だって、この門はまだ入口にすぎないんだなって、思わされちゃったからね。
『すごぉ~!』
思わず漏れ出た言葉が、ボコボコと泡になって視界を上っていきます。
危ない危ない。
あんまり喋っちゃうと、空気がなくなっちゃうからね。
でも仕方ないじゃん?
迷路の先にあったのは、先が見えないくらいに深くて暗い海底の大穴だったんだから。
そんな穴にせり出すように、門から少しだけ道が伸びているのです。
そんな道の先には、なにやら石碑のようなものがあるね。
顔を見合わせた私たちは、そのまま石碑に向かいました。
せり出してる道からはみ出しちゃうと、深淵に引きずり込まれちゃいそうだ。
そんな、得体の知れない緊張感を抱きながら、石碑の前に降り立った私たち。
石碑の周りには、例のごとく模様の床が広がってる。
そんな模様をザッと見渡した後、私は石碑に目を通すことにしました。
『満たされし道の先に 鍵穴を作るべし』
えっと。
それだけ?
ぜんぜん意味が分かんないんだけど。
こういう時、ホリー君がいてくれたらなぁ。
でも、今はいないから、私たちだけで謎を解くしかないみたいだね。
私が困惑してたからかな?
ハナちゃんも石碑を覗き込んだけど、やっぱり意味は理解できないみたい。
仕方がないから、先に足元の模様の謎を解こうかな。
でもどうしよう。
ここは海の中なワケで、模様にはすでに海水が満たされてるんだよね。
あ、もしかして、満たされし道って今までに見てきた床の模様のことを言ってるのかな?
じゃあ、この場所こそが満たされし道の先?
ってことは、この床の模様で鍵穴を描けってことだったり!?
早速やってみたけど、そもそも一筆じゃ描けないね。
こうなったら、大聖堂でやったみたいに風の道で正解を導き出すかなぁ。
そのためには、ハナちゃんに協力してもらわなくちゃだね。
口元の空気を少しだけ使って、ハナちゃんに風の道を見せたら、すぐに意図を理解してくれたよ。
すぐに纏ってた風の一部を使って、模様の迷路を解き始めてるみたいです。
そう思った私は、直後、ハナちゃんに袖を引っ張られました。
何事かな?
と、彼女の指さすほうを見て、私はすぐに理解します。
風の道の経路が、文字になってるんだ。
連続した線で繋がってるから、部分的に読みにくいけど。
でも、確かに文章になってるよ。
着実に紡がれてく文章。
そこには、こんなことが書かれていたのです。
『この碑文に辿り着きし者よ。汝ここに、滅亡せし楽園イゼルの扉を解放す。深淵に沈みし楽園は、囚われの女神とともに、汝を冥府で待つであろう。この碑文に辿りつき、閉ざされし扉を開け放たんとする者よ。我は汝の叡智と術に、全てを託そう。かの邪神に打ち勝てるものと、信じるが故に』
足元の碑文を読み終えた途端。
碑石が煌々と輝きだしたよっ!!
何が起きてるのかは分からない。
分かんないんだけどっ!
何かが起き始めたんだってことは、分かるのです。
足元から響いてくる振動が、海も大地も、きっと空でさえも揺らしてるんだから!
振動のせいで、口元に蓄えてた空気が気泡になって海面に上昇していっちゃう。
このままここにいるのは危険だ!
そう考えた私とハナちゃんは、急いで海面に向かって上昇を始めたのでした。
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