第191話 新しい一歩
階段を下りた先、叡智の水盆がある部屋のことを私たちは仮に叡智の間と呼ぶことにしました。
安直だから、分かりやすいよね。
この叡智の間には西の壁が無くて、海がむき出しになっているのです。
そんなことを言われても、実際に見てない人は何を言ってるのか分からないだろうなぁ。
ともかく、いつ何がきっかけで海水が叡智の間になだれ込んでくるか分からなかったもんだから、これといった調査はできてなかったんだよね。
「改めて見ると、入口に見えてきたよ」
「ということは、この先の海中に迷路が広がっているということでしょうか?」
「それは行ってみないと分からないね」
「行くって、誰がっスか?」
「こんな場所に入れるのは、解放者か奇跡持ちくらいだろ」
そういうキルストンさんが、私に視線を投げてきたよ。
彼の言うことは正しいと思うけどね。
さすがに、シルビアさんとかソレイユさんを危険な目にあわせるわけにはいきません。
やっぱりここは私が。
そう提案しようとしたとき、ハナちゃんが大きく手を上げました。
「リッタ! 私、行くからねっ!」
「ハナちゃん。すごく危ないと思うよ?」
「うん。だから、私も一緒に行くの!」
それはつまり、私のことを心配してくれてるってことだよね?
嬉しさ半分、情けなさ半分って感じです。
でもまぁ、ティアマトに捕まっちゃったばっかりだからなぁ。
心配されても仕方ない気もするよね。
それに正直に言えば、ハナちゃんも一緒に来てくれたら心強いのは間違いないよ。
「わかった。じゃあ、一緒に行こうかハナちゃん」
「うん!」
「そういうことでしたら、私も同行していいですか? リグレッタ様」
「いやいや、ベルザークさんは海の中で移動する手段持ってないでしょ?」
「それはそうですが、5分程度なら呼吸を止めれる自信はありますよ」
そんなの大して意味ないじゃん。
今回私たちは、シルフィードの力を借りて空気を持っていくつもりなのです。
ハナちゃんに関しては、シルフィードを纏えるし。
最悪の場合、私はハナちゃんから空気を分けてもらうこともできるはずなんだよ。
触れることができないってことを考えると、ベルザークさん相手には難しくなっちゃうからね。
そう考えると、やっぱり今回は私たち二人で行くのが最適なのかもしれません。
「正直、ついていきたい気持ちは同じだけど。今回はリグレッタたちに任せて、ボクたちはボクたちでできることをやりましょう」
「仕方がありませんね」
ホリー君のおかげで、ベルザークさんは同行を諦めてくれたみたいだよ。
関係ないけど、ホリー君が付いていきたい理由はきっと、西の道の先にあるものが何か気になるってのが大きな理由だよね。
そんな気持ちがあふれ出てきたのかな?
ホリー君は手にしてたメモを、みんなが見える場所に置いて話し始めたよ。
「これは推測だけど、北と南の礼拝堂と同じ感じで西に何かがあるとしたら、多分この辺りにあると思うんだ」
そういった彼は、メモに書かれてる地図を指さしました。
三日月形のオーデュ・スルスの街。
そんな街の形が、もし満月形だった時の西の端あたりに、ホリー君の示すバツ印が書かれてるみたいだね。
「つまり、遠洋にまで潜る必要はないってこと。これは頭に入れてたほうがいいかもしれないよ。あまり遠くまで行っちゃうと、迷子になっちゃうかもだから」
「わかった。覚えとく」
「それと、海中がどこまで深くなってるか分からないから、一応防寒着を持って行ったほうがいいかもしれないね」
「海の中って寒いの?」
「浅いうちは大丈夫だと思うけど、深くなってくると寒いと思う。まぁ、ボクもそこまで潜ったことはないけどさ」
そうなんだね。
じゃあしっかりと準備をしていかなくちゃだ。
寒さ対策だけじゃなく、灯りの確保とかも対策が必要かもです。
万能薬に箒にシーツ、ニット帽に手袋と当然コートも羽織った私たちは、叡智の間に集合しました。
ガラスのビンに入れた燃える魂も、しっかりと光を届けてくれてるね。
あとは、海の中に入るだけです。
「ふぅ……さすがに緊張してきたよ」
「大丈夫だよ。私とリッタが一緒なら、怖いものなんてないもん!」
「それもそうだね。ありがと、ハナちゃん」
私の左手をぎゅっと握りしめてくるハナちゃん。
ホントに心強いなぁ。
「二人とも分かってるとは思うけど、この先は海の中だ。つまり、水の主神プルウェアの影響を強く受ける可能性が高いと思ったほうがいい。油断はしないようにね」
「うん。ありがとう、ホリー君」
「それじゃあ、行ってきます!」
元気よく宣言したハナちゃんと私をみんなが送り出してくれる。
皆の心配と期待に応えなくちゃだよね。
そう思い、恐る恐る手を海水の壁に突き出します。
手袋の指先から、ジワーッとしみ込んでくる海水を感じながら、私は一気に海水の壁に身を投じました。
目元と鼻、そして口元はシルフィードの生み出した気泡で覆います。
そこまで整備して背後を振り返ってみると、叡智の間にいるみんながユラユラと確認できたよ。
とりあえず、私たちが海に入った瞬間に、海水が流れ込むようなことはなかったみたいで、一安心だよ。
よし。
ここからは時間を無駄にできません。
使える空気の量は限られてるから。
正直、10メートルも浮上すれば海面があるんだけどさ。
そんなズルいことを許してもらえる保証はないからね。
もちろん、危なくなったらすぐに離脱はするけど、なるべく海面には出ずに行きたいところです。
少し進んだハナちゃんが、前方を指さしながら振り返ってきました。
当然だけど、声も出せないから身振りで意思疎通をするしかないのです。
視界も常に揺れてるし。
ハナちゃんの耳と鼻も利かない。
まさに、未知の世界ってやつだね。
ここが未知の世界なんだってことを現わすかのように、頭上からキラキラと光が差し込んできてるよ。
綺麗。
だけど、冷たい世界だね。
そんな世界に、私とハナちゃんは足を踏み入れたのでした。
あれ?
そういえばネリネで初めて森を出た時も、同じようなことを思った気がするよ。
もしかしたら、こうやって世界は広がってくのかもしれないね。
この一歩が、新しい一歩になるのかな。
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