第19話 触れるな危険
アラクネさん達の巣は、思ってたよりも暗くて狭い洞窟でした。
窮屈じゃないのかな?
少なくとも、私は住めないかなぁ。
暗すぎて、すぐに転んじゃいそうだよ。
「暗いね」
「そうだねぇ。あの、アラクネさん。少しだけ灯りを点けてもいいですか? 暗くて、転んじゃいそうだから」
「もちろん、大丈夫です」
許可も取れたから、早速灯りを出そうかな。
こういう時に、燃える魂が使えるんだよねぇ。
「これ、熱くないんだよっ! すごいでしょ!」
ハナちゃんが得意げにアラクネさんに自慢してるよ。
初めて見た時も、興味津々だったから、覚えてたんだね。
「すごいですね。これも、解放者の術の一つなのですか?」
「そうですよ」
アラクネさん、術のことを知ってるんだね。
もしかして、母さんと父さんのことも知ってたりするのかな?
「解放者について、詳しいんですか?」
「いえ、詳しいと言うほどでは。ただ、我々《われわれ》は少し前まで裁縫用の糸を納めていたので、全く知らないというワケではありません」
なるほど。
それで母さんは、趣味の縫物をしてたんだね。
納得だ。
ところで、アラクネさんにも名前はあるのかな?
って言うか、私、自己紹介したっけ?
……してないね。
「あの、遅くなっちゃいましたけど。私、リグレッタって言います。この子はウチで預かってるハナちゃんです」
「っ!? これはご丁寧に、ありがとうございます。私はラクネと申します。以後、お見知りおきを」
「ラクネさんですね。よろしくです」
そうやって自己紹介を終えた頃、私達は洞窟の奥の部屋に通された。
どうでも良いけど、他のアラクネさん達は、みんな隠れちゃってるのかな?
誰も出てこないね。
「こちらの部屋にて、糸を準備しております。どうぞ、お入りください」
「は~い!」
「こら、ハナちゃん。走ったら危ないよ。ラクネさん、ありがとうございます」
促されるままに、私達はその部屋に入った。
部屋、と呼ぶには殺風景な場所だけど。
たしかに、壁際にはしなやかそうな糸が山のように束ねられてる。
「おぉ~綺麗ですね」
そう言いながら、私とハナちゃんが糸の山に手を伸ばそうとしたその時。
背後から、ラクネさんの叫び声が聞こえて来た。
「アクッ!? 何をするつもりだっ!?」
「うるせぇ! いつまでもこんなガキ相手に媚びへつらってんじゃねぇよ!! 俺らはアラクネなんだぞ!!」
「っ?」
乱暴な声に反応して、咄嗟に振り返った私は、妙な違和感を身体に憶えた。
何だろう?
あ、糸だね。
体中に糸が巻き付けられてる。
って!!
ハナちゃん!!
大丈夫……には見えないね!
糸の山に触れようとしてたハナちゃんが、見る見るうちに糸にまみれて行ってるよ!!
早く助けてあげなくちゃ……。
って、そんなに慌てる必要も無いかなぁ。
振り返りながら、そこまで考えた私は、迫り来る若いアラクネの姿を横目で見つつ、指先に意識を集中させた。
迫って来てるのが、アクと呼ばれたアラクネさんかな?
多分、彼は私のことを何も知らないんだろうなぁ。
糸で私を絡めとろうなんて、出来るわけないのにね。
「ハナちゃん。大丈夫だよ。すぐに助けてあげるからねぇ」
「余裕ぶれるのも今の内だぜ! お前らは既に、俺の糸でっ……」
威勢のいい声が、そこで途絶えた。
当然だよね。
だって、私が彼の糸に魂宿りをすれば、糸の主導権はこっちに移るんだから。
捕まったハナちゃんを開放するのだって、簡単にできちゃう。
ちょっとだけ、べたべたしたのは残っちゃうけどね。
「なっ!? 動けない……っ!?」
「この馬鹿垂れがぁ!!」
「ハナちゃん、大丈夫?」
「ふぇぇ……ん、だいじょぶ。この糸、うましじゃないね」
「そりゃあそうだよ。糸だもん」
口の中に糸が入っちゃったのかな?
ハナちゃんが唾を吐き出してるのを横目で見た私は、ベッドシーツと箒に後を任せて、背後に居るラクネさんとアクさんに向き直った。
「くっ! このっ! どうして動けねぇんだよ!!」
「アクッ! お前と言う奴はぁ!! リグレッタ殿、本当に申し訳ありません。この愚か者はまだ若造で、身の程を弁えておらぬのです」
「ふざけるなっ! いい加減にしやがれ!」
「いい加減にするのはお前の方だ! アクッ!」
アクさんは、私に拘束されちゃったのがよっぽど悔しかったんだね。
逃げようと必死にもがいてるよ。
でも、逃げ出せないみたいだ。
私からすれば、これ以上暴れられたら困るから、ありがたいけど。
対するラクネさんは、アクさんに怒りを向けながらも、私の様子をチラチラ見てくる。
よっぽど怖がられてるみたい。
なんか、そこまで怖がられるのは、ちょっと寂しいな。
でもまぁ、この程度で済んで良かったと思うべきだよね。
「ラクネさん、アクさん。大丈夫ですか? 怪我とかしてませんか?」
「……へ?」
「はぁ? なんでテメェが俺達の心配をしてるんだよっ!」
「ははは。まぁ、そうなんですけど。でももし、アクさんが私に触れちゃってたら、一瞬で命を落としてたかもしれないので。今回は糸を使ってもらって良かったです」
「なっ!?」
実際、触られたりしてたら、きっと今の私はその相手を一瞬で殺しちゃうからね。
危ない危ない。
父さんと母さんなら、力をある程度コントロールできるから、数十秒くらいは触れられるって言ってたけど。
私はそんなに力をコントロールできてるワケじゃないからねぇ。
「あ、でも、別に私は、お二人のことを殺したいとか、そんな風には思ってないんですよ! むしろ、仲良くしたいんです。だって、喧嘩なんかしても、意味なんと思いません?」
時間は有限だからね。
喧嘩してる暇があったら、仲良くお茶でも飲んでたほうが、楽しいよね。
「……」
「えっと、ラクネさん? アクさん? どうしたんですか?」
2人とも黙り込んじゃった。
どうしたのかな?
あ、そっか。
2人が黙り込んでた理由が分かったよ。
私がずっと、アクさんを拘束してるからだよね。
「今解放しますからね。飛び掛かってきたりしないでくださいよ? 危ないですから」
そんな私のお願いは、2人に通じたみたいで、よかった。
また拘束したら、指先がもっとベタベタになっちゃうもんね。