第189話 フレイ君の大手柄
懐古の器を見終えた私たちは、手筈通り階段を上って避難をしました。
意見を交わしあってる間に、海水が流れ込んできたりしたら大変だからね。
みんな礼拝堂の思い思いの場所に腰を下ろして、今しがた見た記憶を思い出してるみたい。
全員がそろったところで、いつも通りホリー君が口を開きました。
「簡単に整理しようと思うけど、いいかな」
「うん。いつもありがとね、ホリー君」
「そんな大したことはしてないよ」
そういいながら、ホリー君は手元にあるメモに視線を落とします。
「まず、今回の記憶は二人の記憶が混ざってるような感じだった。一人がホープという人物。もう一人がソラリスさんだね」
記憶が混ざってたのはきっと、魂が混ざってたからなのかな?
だとしたら、逆に混ざってる記憶の数が少なすぎる気もするけど。
まぁ、それに関しては今考える必要もないかもね。
「ソラリスさんに関しては当然知ってるワケだけど、ホープさんに関しては初めて出てきた人物だ。と、はじめはボクも思ったんだけど、メモを遡ってみると実は終の棲家で見た記憶にも名前だけ出てきてたみたいだ」
「そんなの出てたっスか? 全然覚えがないっスよ」
「出てきていましたよ。確か、ソラリス様にプルウェアの奇跡を与えた司祭だとか」
「よく覚えていましたね、ベルザークさん。その通りです。そして今回の記憶から分かることとして、実際にホープ司祭はソラリスさんに力を与えたらしい」
そう言ったホリー君は、まっすぐな視線を私に投げかけてきました。
「つまり、ホープ司祭こそが解放者を生み出した人物かもしれない。とボクは思ってる」
「うん。私もそう思うよ」
「リグレッタ、落ち着いてるわね」
「そうだね。ビックリはしてるけど、納得もできるからかなぁ」
こうしてここまで旅してくる間に少しずつ分かってた話だからね。
案の定というか、推測が確信に変わったって感じかも。
「ここでもう一つ押さえておかなくちゃいけないことがある。ソラリスさんは、生まれつき解放者だったわけじゃないってことだ」
「あぁ、あれは驚いたっスよ。まさか、あんな感じで人に抱き着くなんて思ってなかったっスからね」
「そうね。あれは私もビックリしちゃったわ」
「驚くのはいいけどさ、もっと気にするべき点があると思うんだ」
そういったホリー君は、皆の視線が集まるのを待ってから続けました。
「ソラリスさんはホープ司祭の記憶の時点でプルウェアの奇跡を手にしてたはず。それなのに、触れても人の命を奪わずに済んでた。これが何を意味しているのか、分かるかい?」
「俺にはチンプンカンプンっスね」
「つまり、解放者が人の命を奪ってしまうのは、プルウェアの奇跡とは別の原因があるってことだ」
別の原因?
それじゃあ、つまり……。
「……その原因を解消すれば、私は皆に触れるようになるかもしれないってこと?」
「かもしれないって話だけどね」
あんまり自信なさげに肩をすくめて見せるホリー君。
でも、それだけでも、今の私には十分な気がするよ。
だってさ、一つ心当たりがあるんだもん。
「ホリー君。実は私ね、ティアマトにつかまってた時に夢を見てたんだ」
「夢?」
「うん。その夢に母さんと父さんが出てきて、あることを言われてさ」
「なんて言われたの?」
興味津々って感じに目を輝かせてるハナちゃん。
同じようなみんなの視線に応えるために、私ははっきりと言うことにしました。
「死への恐怖。これを拭わなくちゃいけないって、言われたんだ」
「はっ。んなこと、できるかよ」
そう吐き捨てるキルストンさんに、誰一人として言い返す人はいませんでした。
あのベルザークさんも。
そして、私も。
死の恐怖を拭うことができる。
そんなことを自信をもって言える人なんて、きっといないんだ。
そうでしょ?
でも、だからといって諦めるつもりはないんだよ。
私は一人じゃないんだから。
今だってこうして、ハナちゃんとかみんなと一緒に悩んでるのです。
ね、ハナちゃん。
そんなことを考えながら、すぐ隣にいる彼女に視線を向けた私は、こっちを見て穏やかに笑ってるハナちゃんと目が合ったんだよ。
「ハナちゃん?」
「あのね、リッタ。私、分かるかも」
「え?」
「ずっと考えてたから。たしかにね、はじめは死ぬのが怖かったんだよ。でもね、気づいた時にはそんなこと考えてなかったの。リッタ達と一緒に居たいなぁ。また会いたいなぁって。ずっとずっとそんなことを考えてたらね、ホントに戻ってこれたんだよ」
そういったハナちゃんは、満面の笑みを浮かべて告げたのです。
「だからね、また会いたいって考えてたら、怖いとか寂しいとか、全部忘れることができるんだよ!」
「ハナちゃぁん」
あー!!
もう、かわいいなぁ。
さすがはハナちゃんだね。
そっか、怖いこととか寂しいこととか全部忘れちゃうくらい、楽しいことを考えてればいいんだね。
ホリー君とかキルストンさんは納得できてないみたいだけど。
私は理解できたよ。
「ハナちゃんは特殊すぎる気がするっスね」
「そーかな?」
「当然です。私たちのような凡夫とハナちゃんでは、格が違うのですからね」
「てめぇは何様なんだよ、クソ坊主が」
理解されないことにちょっと不服そうなハナちゃんを、みんなが微笑ましく見守ってる。
そんな和やかな空気が礼拝堂に漂い始めたその時、床に座り込んでたフレイ君が、不意に叫び声をあげたのです。
「できたっ!!」
「なっ!? なにを急に大声出してるっスか!?」
「あ……やべっ」
「さては、話聞いて無かったっスね?」
「だって、難しい話でワケわかんないし。つまんないし……あいたたたっ! ちょ、カッツ兄っ! 痛いって!!」
カッツさんに頭をグリグリとされて悲鳴を上げてるフレイ君。
彼はまだまだお子様みたいだね。
ハナちゃんも呆れ顔だよ。
でもまぁ、そんな彼をこれ以上いじめるのもかわいそうかな。
そう思って、私は助け舟を出すことにしました。
「で、フレイ君。できたって、何ができたの?」
「いっっ……えっと、怒らない?」
「怒らないよ。だから教えてくれる?」
「ん。床の模様で迷路をしてたんだよ。で、部屋の北から祭壇に向かって続く道を見つけたから、思わず叫んじゃったんだ。ちょ、カッツ兄っ!? 怒らないって約束だろぉっ!?」
フレイ君の言葉を聞いて、部屋の中には2種類の風が駆け抜けました。
1つは、フレイ君とカッツさんを中心にした騒がしい風。
もう1つは、私が起こしたシルフィードの風。
どうして私がシルフィードを発動したのか。
ホリー君やベルザークさんを筆頭に、勘の良い人は理解してくれたみたいだね。
「ホリー君! すぐに水の準備をお願い! ベルザークさんは、皆をいったん礼拝堂の外に出してくれる?」
「わかったよ! ハリー、手伝ってくれ!」
「わかったわ!」
「ほら、リグレッタ様の命令です! 今すぐ皆さんこの部屋から出てください! それからカッツ、それ以上手柄を上げたその子をいじめるのはやめたまえ」
「「は?」」
ベルザークさんの言うとおり、フレイ君の大手柄だね。
それにしても、まさかもう一本の道があるとは……。
実はまだ気づいてないだけで、他にもある可能性があるよね。
祭壇から部屋の端まで伸びる文様の道。
前にやった時と同じように水を満たしてみると、何かが起きるかもしれません。
もしくは、オーデュ・スルスの街に見立てた文様ってことを考えると、場所を現わしてる可能性もあるワケです。
そんなことを考えてると、ハナちゃんが部屋の南のほうから声をかけてきました。
「リッタ! こっちにもあるかも!」
そういった彼女も、床の文様に沿うように風の道を展開してるみたい。
少しずつ使いこなし始めてるみたいだね。
ふふふ。
なんだか楽しいなぁ。
これから先が楽しみだよねぇ。
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