第187話 勝手にやった
ホリー君の推測が正しいのなら、プルウェアの奇跡は叡智の水盆によって与えられる力ってことだね。
それが正しいのか、それとも間違っているのか。
ホリー君に問い詰められたソレイユさんはいくつかのことを教えてくれたよ。
まず、ソレイユさんはプルウェア聖教の司祭となるにあたって、プルウェアの奇跡を受託する儀式をしたんだって。
内容としては聖杯に注がれた聖水を飲み干し、あくる朝まで祈りを続けらしいよ。
聖水。
怪しいよね。
ホリー君たちとも話したんだけど、叡智の水盆に満たされてた魂を飲むことが、力を得る方法なのかもしれません。
だとしたら、叡智の水盆が隠されてたのも理解できるのです。
そんなお話をしたところで、昨日はお開きになったんだ。
気が付けば外も暗くなってたし、みんな疲れてたからね。
夜が明けてすぐに大聖堂にやってきた私は、他に何か隠されてるものはないかと調べてみたんだけど。
これと言って何もないんだよなぁ。
ホリー君たちが使ってた書庫とか、プルウェア聖教の司祭が使ってたらしい沢山の部屋だとか。
どれもこれも、普通だったんだよね。
もっといろいろあるかと思ってたんだけど。
広くて豪華な大聖堂の中を探検するのは、楽しかったからいいんだけどさ。
そうやって、一緒に回ってたハナちゃんと外の空気を吸いに出たところで、私たちはキルストンさん達に会いました。
「キルストンさん! シルビアさんも! 昨日はどこに行ってたの!?」
実は昨日、お開きになった後も二人はネリネに帰ってこなかったのです。
てっきり、なにかしらの目的を達成したからそのままどこかに行っちゃったのかと思ってたけど。
どうやら、違うみたいです。
「……お前らが気にするようなことじゃねぇよ」
「なんか、ちょっと疲れてる感じ?」
ハナちゃんが言うように、二人の様子はちょっとだけやつれて見えるね。
っていうか、よく見たら全身泥だらけだし。
心配そうに顔をのぞき込むハナちゃんを避けた二人は、そのまま大聖堂に向かい始めました。
「ねぇちょっと、足もふらついてるし、今日はもう休んだほうが……」
「ほっときやがれ!!」
「むぅ! リッタは心配してるんだよ?」
「そのようなものに、意味があるとは思えませんわね」
「もしかして、大聖堂に何かを探しに行くの?」
そんな問いかけも、二人は反応してくれないや。
それならもう、言いたいことを全部ぶつけちゃったほうがいいかもだね。
「私たち、朝から大聖堂を調べてたけど。特に何もなかったよ? あるのは、叡智の水盆くらいだし。それから、昨日背負ってた人、大丈夫だったの? 治療とか必要なかった?」
まぁ、聞いても返事なんか帰ってこないんだろうけど。
なんて思ってた私の期待を裏切るように、二人は勢いよくこちらを振り返りました。
「おい、いまなんて言いやがった?」
「叡智の水盆……ですって!?」
「あれ、知らなかったんだ?」
「そんなことより、それはどこにある!?」
思ったよりくらいついてくるじゃん。
「大聖堂の地下にあったよ。昨日、キルストンさんが『安心しろ、テメェらには関わりのない話だ』って言ってどっかに行った時には、見つけてたけど」
「お、ちょっと似てるね、リッタ」
「似てる? ふふふ。それはよかった」
「バカにしてんのかっ!」
おっと、怒らせちゃった。
これ以上はやめとこうね。
「バカにはしてないよ。ただ、文句は言いたかったかな。今更、関りが無いだなんて言わないでよね」
「……」
「で? 話してくれるの? そしたら私も、叡智の水盆のところまで案内してあげるけど」
ちょっと不服そうな表情のキルストンさん。
なにか考えてはいるみたいだね。
一度、シルビアさんと視線を交わした後、彼はその口を開きました。
「ここで話すようなことじゃねぇ」
「そっか。それじゃあ、一旦ネリネに戻ってお茶でも飲みながら話そうよ!」
「あぁ!? そういうことを言いたいわけじゃ」
「キルストン。ここは彼女の言葉に甘えましょう」
「は? 何を言って―――」
「昨晩、彼女が言っていたことを忘れたの?」
諭すように、キルストンさんの手を取ったシルビアさん。
昨晩、彼女。
意味の分からないその単語はきっと、これから聞く話で分かるかもしれないね。
すぐにネリネに戻った私たちは、キッチンに向かってお茶を準備しました。
お茶の準備をしている間に、二人にはお風呂に入ってもらったよ。
椅子が汚れたら困るもんね。
さっぱりした二人と向き合って座るのは、少し不思議な気分です。
そうして、お茶をズズッとすすったところで。
シルビアさんが話し始めました。
「昨晩、私たちは終の棲家へ赴いていました」
「それで泥だらけだったんだね。で、何しに行ってたの?」
「埋葬だ」
私の質問に鋭く、そして短く答えたのはキルストンさんです。
「埋葬って……」
「あいつは……優しい奴だった。優しすぎて、馬鹿な奴だった」
「それって、昨日おんぶされてた人のこと?」
「はい。彼女は私とキルストンにとって、恩人だったのです」
「恩人? はっ。ちげぇな。あれはあいつが勝手にやったことだろ?」
「それでも、そのおかげで私たちは街の外に出ることができたのよね?」
穏やかながらもブレない何かを秘めたシルビアさんの視線が、キルストンさんを貫いてる。
きっと、二人の間でしか通じない何かがあるんだろうなぁ。
これを二人だけの世界っていうのかも?
素敵だとは思うけど。
私たちがいることを忘れられたら困るんだよね。
「えっと。ごめん、どういう意味? もうちょっと説明が欲しいかな」
ちょっと、そんなに睨まないでよシルビアさん。
邪魔しちゃったのは悪いと思ってるけど、私は悪くないでしょ?
「二人はあの子たちと一緒にいたってこと?」
ハナちゃんが言ってるあの子たちっていうのは、大聖堂の地下にいた子たちのことだね。
確かに、その恩人の女性も地下にいたってことは、そういうことになるのかな?
「その通り。私たちは物心つく頃には、あの部屋で暮らしていました」
「そうなんだ? あれ? じゃあどうして地下があることを知らなかったの?」
「どこの地下なのか、そもそも地下なのか。何一つ外の情報を与えられることがなかったので、知らなかったのです」
なるほど。
それじゃあもしかして、昨日保護した子たちも同じなのかな?
「1つ質問していい? そんな場所で育った二人は、どうして外に出ることができてたの?」
これがたぶん、その恩人って人のおかげって話につながるんだよね?
案の定、苦虫を嚙み潰したような表情のキルストンさんが、口を開いたのです。
「あいつは、俺の身代わりになったってわけだ」
「身代わり?」
「えっと、順を追って説明すると、本当はプルウェアの奇跡を宿すことのできた私だけが、戦争の兵士として外に出ることを許されていたのです」
え?
キルストンさんって、プルウェアの奇跡を持ってないんだっけ?
言われてみれば、術を使ってるところは見たことないかも?
「じゃあなんで、キルストンさんも外に出れたの?」
「それは……わ、私が懇願したのです」
「チッ」
シルビアさんが照れたように頬を染めてるよ。
あれ?
もしかしてまた二人の世界に入っちゃわないよね?
先を促したほうがいいかもしれません。
「それで?」
「そ、それで」
「ねぇ、わかんないんだけど。どうしてみんな、あの狭くて暗い部屋に住んでたの?」
続きを話そうとしていたシルビアさんが、ハナちゃんの問いかけを聞いて顔を曇らせました。
そんな彼女の代わりに、目をギラつかせたキルストンさんが言ったのです。
「あそこはなぁ、罪人の子供が集められてんだ。要するに、悪人の候補者ってわけだ」
「集めて、どうするつもりだったの?」
「そりゃ、更生という建前のもと、使える奴隷に仕立て上げるんだよ。一番多いのが、戦争の兵隊だ。そう思ってたんだがなぁ。今日、別の道もあったんだと確信したぜ」
そこで言葉を切ったキルストンさんは、叡智の水盆の名前を出しました。
「聞き分けのねぇガキが知らぬ間に消えてたこともあったからなぁ。そういうやつらは、早々に使えないと判断されてクスリにされちまったんだろうよ」
「クスリ? それはどういう意味?」
「てめぇらも知ってるだろ? バーサーカーってやつを」
バーサーカー。
たしか、プルウェアの奇跡で身体能力をあげるとかそういうものだったよね?
え、嘘、それってまさか。
「昨晩、彼女が教えてくれたのです。あの薬には子供たちの命が使われていると。だから、あの子たちをお願いと……」
「あのバカ野郎は、他のガキまでかばって自分一人だけが材料になってやがったんだっ!」
どこまでも優しい人だったんだね。
ホントに、キルストンさんの言う通り、優しすぎるよ。
顔も名前も知らない人だけど、そんな人が悪人だとは思えないな。
だって、そんな恩人のことを思ってくれてる人が、目の前に二人もいるんだからね。
キルストンさんは、素直には認めないんだろうけど。
前にシルビアさんも、キルストンさんは素直じゃないって言ってた気がするし。
これを彼なりの表現でいうのなら、『勝手にやった』ってことになるのかな?
恩人さんがキルストンさん達を『勝手に』助けてくれたのと同じように。
彼もまた、恩人さんの思いに応えるために、『勝手に』行動しようとしてる。
なるほどね。
今日話を聞けて良かったかな。
キルストンさんがなにかと周りを威圧してたのも、きっとそういう世界で生きていくために必要なことだったからなんだ。
そんな納得をお茶と一緒に飲み干した私は、立ち上がりました。
「話してくれてありがと。それじゃあ早速、叡智の水盆のところに案内するよ」
「あぁ」
「ちなみに、水盆を見てどうするつもりなの?」
「ぶっ壊すに決まってんだろ」
そ、それは困るかなぁ~。
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