第186話 人生を奪って
「礼拝堂の地下にいた子供たちと、そのさらに下の階にあった叡智の水盆、それから壁のない部屋。他にも気になることが色々と出てきたね」
「で、そんな大聖堂の秘密を一番暴きたがってたあの二人は、どこに行ったんスか?」
礼拝堂に戻った私は、カッツさんの言葉のおかげで、その場にキルストンさんとシルビアさんがいないことに気が付いたよ。
他のみんなも、いったん戻ってきてるのにね。
何してるんだろ?
「彼らなら、まだ地下の部屋にいるはずです」
「カルミアさん、二人と一緒にいたの?」
「いえ、そういうわけではないのですが。子供たちを地上に連れてくるために部屋を回っていた時、とある部屋で作業をしているところを見かけましたので」
「それって、放っておいて大丈夫なんスか?」
訝しむカッツさん。
そんな彼の呟きに応えるように、地下への階段からキルストンさんが姿を現しました。
1人、じゃないね。シルビアさんもついてきてる。
でも、2人ってわけでもないみたいで、キルストンさんは誰かを背中におぶってるみたいだ。
「安心しろ、テメェらには関わりのねぇ話だ」
私たちに見せたくないのかな?
背負われてる人は丁寧にシーツで包まれてて、表情も見えない様子だよ。
「お、おい、それ、もしかして死人じゃないっスよね?」
「違いますわ。それと、これ以上は詮索しないでいただきたいですわね」
そういったシルビアさんは、キルストンさんと一緒に礼拝堂を出て行っちゃったよ。
よくわかんないなぁ。
分かってることといえば、キルストンさんが背負ってた人が、2人の探してた人ってことだよね。
一応魂を見る感じだと、生きてはいるみたいだったけど。
元気いっぱいって感じでもなさそうでした。
あの人のことは二人に任せてもいいのかな?
まぁ、詮索するなって言われたら、任せるしかないんだけどさ。
「それでカルミア隊長。子供たちはなんともなさそうだったの?」
「はい。万能薬を与えたあと、今は食堂で待たせていますが。特に健康状態に異常はなさそうでした」
「そう。ならよかったわ」
地下で見つかったっていう子供たちのことは、カルミアさんやハリエットちゃんに任せておけば大丈夫そうだよね。
私やハナちゃんが近づくのは危ないから、正直助かるよ。
それにしても、あの子たちはどうして地下にいたのかな?
知ってるとしたらプルウェア聖教の人なんだろうけど。
ソレイユさんは驚いてたから知らなさそうだし。
キルストンさんやシルビアさんに聞いてみたいけど、それどころじゃなさそうだもんね。
そんなことを考えてたところで、ハナちゃんが私の袖を握って合図を送ってきたよ。
「どうしたの? ハナちゃん」
「リッタ。私ね、地下のお部屋に居たことあるかもしれない」
「え? それはもしかして、ソラリス母さんと一緒にいた頃の話!?」
「うん」
「リグレッタ。それからハナちゃん。それについてはボクからも報告することがあるんだ」
私たちの話に入ってきたホリー君が、皆に見えるようにメモを礼拝堂の真ん中に置いたよ。
そのメモには、3つの手描きの地図が記されているのです。
1つめが子供達のいた部屋が並んでた南・北・東の通路の地図だね。
図の上に『三叉路』って書かれてるから、ホリー君が名付けたのかな?
2つめが西に伸びる通路の先にあった南北に伸びてる廊下と、さらに下層に降りる階段の地図。
3つめが叡智の水盆があった一番下の階の地図です。
まだまだ情報が少ないその地図のうち、ホリー君は2つ目の地図を指さしました。
「二人が最下層の叡智の水盆を調べてる間に、この西の廊下にある部屋を調べたんだ。そうしたら、あったんだよ。ステンドガラスのある部屋が」
「それって、前にハナちゃんが言ってたキラキラの窓ってことじゃない!?」
「そういうことになるね」
なるほど、それじゃあ私たちが探してた教会は、この大聖堂の地下だったってことだね!
ってことは、ソラリス母さんもここにいたのかぁ。
ん?
ちょっと待ってよ?
地下なのに、窓があったの?
それってどういうことかな?
「そのステンドガラスの窓って、外が見えるの? 海の中じゃなくて?」
「一応、海面よりは上にあるみたいだったよ。ギリギリだけどね。そういうわけだから、水盆がある部屋はやっぱり、海面より下だと考えたほうがよさそうだね」
「やっぱりそうだったんだぁ」
そう考えると、やっぱり私やハナちゃん抜きで水盆のある部屋に行くのは危険だよね。
詳しく調べてみたいけど、少し後回しになっちゃうかもなぁ。
「その叡智の水盆についてなんだけど。ボクから1つ確認をしてもいいかな?」
そういうホリー君の視線は私とソレイユさんを行き来しています。
「大丈夫だよ」
「……えぇ。私も、問題ありません」
「ありがとう。それじゃあまずはリグレッタから。水盆の中に入ってたのは、魂で間違いなかったのかな?」
「うん。でも、ソラリス母さんの魂だけじゃなくて、たくさんの人の魂が混ざってる感じだったよ」
「じゃあ、あとで懐古の器を試してみるつもりかい?」
「そのつもり」
私の答えに頷いて見せた彼は、そのままソレイユさんに視線を移しました。
「ソレイユ様。あなたが知っている限りで構いませんので、叡智の水盆について教えてください」
「……」
長い沈黙が、その場の全員の視線をソレイユさんに集めちゃったよ。
でも仕方ないよね?
とても言いにくそうな表情を浮かべながら、ホリー君を見つめてるんだもん。
「ソレイユ様?」
「……ごめんなさい。私も、混乱しておりまして。なぜあれが、この大聖堂の地下にあるのか。理解できていないのです」
その言い方はまるで、そこにあってはいけないものが存在してたって感じだね。
私だけじゃなく、その場にいるみんなが同じことを考えたのかな、皆が顔を見合わせてるよ。
そんな中でも冷静なホリー君が、口を開きます。
「それはつまり、叡智の水盆はプルウェア聖教の所有物ではないと、そういうことですか?」
「っ! ……そのはずです。そうでなければ、そうでないとするなら……私は」
「はっきりしないっスねぇ。結局、その叡智の水盆は何なんスか?」
「カッツ。彼女も状況を呑み込めていないのですから、少し時間を―――」
「―――いえ」
フォローしようとするカルミアさんの言葉を、ソレイユさん自身が遮りました。
そうして彼女は、大きく息を吐きだしながら告げたのです。
「大丈夫です。私は決めたのです。今ここで正さなければ、きっとずっと、私は見ないふりをしてしまうでしょうから」
若干落とし気味だった視線をキッと上げた彼女は、まっすぐに私を見ました。
「叡智の水盆とは、かつて死神が使っていた道具だと聞いています」
「死神が!?」
「はい。人々から抜き取った魂を蓄え、その中から知識や経験を奪い自らのものにしてしまう。それはまさに、人の人生を軽んじている最低な行為なのだと、教わりました」
魂から知識や経験を奪う?
そんなこと、できるのかな?
って一瞬思ったけど、よくよく考えれば記憶を見ることがそれに該当するのかも?
人生を軽んじてる、かぁ。
確かに、使い方によってはそう取られてもおかしくないかもだね。
命を奪われたうえに、その人の知識や経験を使うことまでできるんだとしたら。
優秀な人の『人生』を奪って、自分のために使う。
なんてことも出来るわけだからね。
「なんという嘆かわしいことを……リグレッタ様。このような偽りにまみれた考え方など」
「大丈夫だよベルザークさん。傷ついたりしてないから。ハナちゃんはどう?」
「うん。私も大丈夫」
「……そうですか。それでしたらいいのですが」
ソレイユさんも悪意があるわけじゃないだろうからね。
きっと彼女は、本気でその教えを信じてたんだ。
だからこそ、それが大聖堂の地下にあることに狼狽えてたんだもん。
だからそんなに睨んであげないでよね、ベルザークさん。
「なるほど。色々とわかりました。ありがとうございます、ソレイユさん」
「いえ……」
「これで一つ、ボクの中にあった大きな疑問を解決するための手がかりが得られたかもしれません」
「それはどういうこと? ホリー兄さん」
すかさず問いかけたハリエットちゃんに、ホリー君が嬉しそうな表情を浮かべます。
「気になるかい?」
「うっ……変なやる気を出す必要はないのよ? 兄さん」
「失礼だなぁ。でもまぁいいや。きっとそういうハリーも疑問に思ってたはずだからね」
そこで言葉を切った彼は、メモを拾い上げながら言いました。
「プルウェアの奇跡って何だろう? って疑問をね」
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