第185話 海に向かって
興奮冷めやらぬ様子のホリー君をなだめて一度夕飯をとった私たちは、改めて礼拝堂に集まりました。
ホントならお風呂に入ってゆったりしてる頃なんだけど、どうしても今日のうちに確認したいってホリー君が言うからさ。
まぁ、私も気になってるから全然良いんだけど。
「それで、全員を集めるほどの大発見をしたっスか?」
「いいえ、まだ見つけてません。でも、これから大発見をすることになるとボクは考えてます」
「やけに自信満々ね、兄さん」
「まぁね、確信とまでは言わないけどかなり自信はあるよ」
そういったホリー君は、全員の注目を集めた指先を、足元の模様に向けました。
「まず、この模様について。この模様はおそらくオーデュ・スルスの街を模して造られているとボクは思ってる」
「ほう? ですがホルバートン殿下、この部屋は三日月型ではありませんが?」
ベルザークさんがまるで意地悪を言うように、口をはさんだよ。
でも、今のホリー君には通用しないみたいだね。
「ボクもそれが引っかかってたんだけど、模様の形に注目すれば解決するんだ。こことそこ、そしてそっちの模様は波のようになってる。つまり、海を現わしてるように見えないかな?」
そういわれてみたら確かに、オーデュ・スルスに面してる海岸線と同じ形に見えなくもないね。
他のみんなも納得してるのかな、頷きながら足元を観察してるよ。
「つまり、この床は街の地図になってるってことっスか?」
「そういうことだね」
「で? それが何の大発見になるってんだ?」
「いいや、ここまでは大発見でも何でもない、ただの気づきだよ」
「なら早く続きを言え」
妙にピリついてる様子のキルストンさん。
焦ってるのかな?
隣に立つシルビアさんに宥められてるけど、ぜんぜん落ち着いてる感じじゃないね。
「そうだね、あんまりもったいぶってもあれだし。さっそく始めようかな。リグレッタ、お願いしてもいいかな?」
「うん、わかった」
呼ばれた私は、礼拝堂の中でシルフィードを作り上げます。
そして、夕食中にあらかじめお願いされてた通り、風の道を展開したよ。
って言っても、礼拝堂の中を移動するためじゃないけどね。
あくまでも、模様の迷路を攻略するためなのです。
風の道を展開するとき、シルフィードに最適な道順を導き出してもらってるんだけど。
その特性を利用して、床の模様の中から正しい道順を探そうって魂胆だね。
礼拝堂の入り口から、部屋の奥にある祭壇までの道順。
それはつまり、街の正門からこの大聖堂までの道順になるワケです。
結構長いみたいだけど、シルフィードは難なくその道順を見つけてくれたよ。
「できたよ、ホリー君」
「うん、ありがとう」
足元に細長く伸びてる風の道。
それを見下ろしてたホリー君は、ゆっくりと口を開きました。
「ハリー。持ってきた水を流し込んでみてくれるかな?」
「うん」
言われるまま、礼拝堂の入口に向かったハリエットちゃんは、私が展開してる風の道に、持ってたコップの水を注ぎこんだよ。
すると、風に乗った水が溝の中を一気に流れていきます。
そうして、祭壇にまで水がたどり着いた時!
……あれ?
何も起こらないね?
「えっと、ホリー兄さん?」
「おかしいな……これで何かしらの仕掛けが動くと思ったんだけど」
考え込み始めるホリー君。
そんな様子にいら立ちを見せ始めたキルストンさんが、何かを言おうと口を開きかけたその時。
ハッと何かに気が付いた様子のベルザークさんが、私に向かって言いました。
「リグレッタ様。風の道を使わずに同じ経路だけを水で満たすことはできますか?」
「え? まぁ、できないくはないと思うけど」
「なるほど、それは盲点でした。でしたら次は風の道を使わずにやってみましょう。さらに言えば、ただの水ではなく、シルビアさんの使う術のほうがいいかもしれませんね」
「なぜそこで私の名前が出てくるのですか?」
「この仕掛けは、プルウェア聖教の人間が使うことを想定されているから、ですかね」
なるほどね。
シルビアさんの使うプルウェアの奇跡が、カギになる可能性もあるのかぁ。
水を操る人にしか開けることができない地下への入口。
確かに、オーデュ・スルスっぽい仕掛けです。
すぐに水を準備した私たちは、シルビアさんと協力して溝を水で満たしました。
するとどうでしょう。
ガコンッという音とともに、部屋の奥にある祭壇が奥へと動いたのです。
「お~! リッタ! 下に階段があるよ!」
警戒しつつ、祭壇を動かしてくれたハナちゃんが報告してくれます。
「こんなところに隠してやがったのか」
「どおりで見つからないわけですわね」
「行くぞ」
そういって我先にと階段を下りはじめたキルストンさんとシルビアさん。
そんな二人についてくように、私たちも地下へと向かいます。
階段の先にあったのは、礼拝堂と同じくらいの広さの部屋と、4方向に伸びてる通路。
街の正門がある東側に1本と、北と南の2本については、通路を挟むように小さな部屋が並んでました。
それらの部屋には複数人の子供達が住んでたんだから、びっくりだよね。
まぁ、そんな子供たちに関しては、キルストンさんとシルビアさんに任せておきましょう。
だって、妙に熱心に部屋を見て回ってるんだからね。
きっと、探してる人っていうのが、どこかにいるんだろうから。
それよりも私たちが気にするべきなのは、もう1つのほうでしょう。
「リッタ、あれって」
「うん。母さんの魂だね」
広間から西に伸びてる最後の通路。
その先には南北に伸びる廊下と、東に折り返してさらに地下に降りる階段があったのです。
この階段の先に、母さんの魂が見えてるんだ。
薄暗い階段を降りるたびに、すこしずつ魂に近づいていく。
そうして階段を降り切った私とハナちゃんは、妙に開けた場所にある、大きな水盆を目にしたのです。
「すっごい大きいね」
「うん。あの中に、母さんの魂が入ってるみたいだけど……」
「ソラリスさんだけ、じゃなさそう?」
「だね、他の人のも入ってるかも」
今までに見てきたものと違う。
私がそう感じたのは、これが原因かもしれません。
風に乗って水盆の上まで飛んだ私は、中身を見て納得しました。
無数の魂が、水盆の中を漂っていたんだからね。
もしかして、これだけの魂をプルウェア聖教は集めてたってこと?
どうして?
どうやって?
「それは……まさか!!」
私とハナちゃんが水盆の中を凝視してると、ソレイユさんが階段を下りてきたみたいだね。
驚いた様子の彼女は、水盆のもとに駆け寄り、その表面を優しく撫でつけました。
「これは叡智の水盆ですか!? まさか、このような場所にあったなんて!!」
驚きとも喜びとも取れる表情のソレイユさん。
この水盆は叡智の水盆っていうんだね。
他にも何か知ってるなら、教えてよ。
そんな質問が頭をよぎったんだけどさ。
一瞬で吹っ飛んで行っちゃったよ。
だって、ソレイユさんのほうを振り返ったときに、階段の奥に広がってる光景を見ちゃったんだもん。
「リッタ、あれ」
「うん、ビックリだね」
「? どうかされたのですか?」
驚きで固まってる私たちを見上げたソレイユさんも、階段のほうを振り返ります。
一瞬、その光景を見て固まった彼女は、腰を抜かしたようにその場に座り込みました。
「か、か、壁が……ないっ!?」
彼女の言うとおり、この開けた部屋の西側にあるはずの壁が、一面全部ないんだよ。
じゃあ、部屋の西側がどうなってるかっていうとね、天井まで海になってるんだ。
意味わかんないよね?
でも、その通りなんだもん。
壁の代わりに大量の海水が部屋の壁代わりになってて、表面は波打っているのです。
正直、いつ海水がなだれ込んできてもおかしくない状況。
そんなことになったら、マズイよね。
私とハナちゃんはなんとか逃げ切れるかもだけど。
普通の人は、まず助からないでしょう。
「こんなのを見たら、やっぱり水の主神プルウェア様はいるんだなぁって思うよね」
「そーだね。どこにいるんだろ?」
この部屋にもいないみたいだし。
オーデュ・スルスにはいないのかな?
そんなことを話してると、ソレイユさんが海に向かって祈りを捧げ始めたよ。
そんな彼女の祈りが終わるまで待った私たちは、いったん地上に戻ることにしたのでした。
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