第184話 1つの謎
大聖堂の地下にある秘密を垣間見た私たちは、翌日の朝、さっそくその秘密を暴こうとしたんだけどね。
そう簡単には暴かせてくれなかったんだよ。
「大聖堂に穴をあけるなど、絶対に許すことはできません!!」
「てめぇの都合なんざ知ったことじゃねぇよ! いいか、こんな奴らのいうことなんか聞く必要ねぇからな、死神!」
「まぁまぁ、ソレイユさんもキルストンさんも落ち着こうよ」
興奮気味の二人をなだめつつ、私は足元に視線を落としました。
私が今立っているのは、大聖堂の1階奥にある礼拝堂のど真ん中です。
この真下に、母さんの魂が見えてるんだけどね。
残念なことに、地下に降りるための入口が全然見つからないんだよ。
キルストンさんだけじゃなく、ベルザークさんやカッツさん、それからホリー君にも入口探しを手伝って貰ってるんだけどなぁ。
これだけ探しても見つからないってことは、隠されてるってことだよね。
大司教やデシレさんなら知ってるんだろうけど、すでにキルストンさんが聞き出そうとして失敗してるようです。
こうなったら地下につながる穴を掘ればいいじゃねぇか!
そんな短絡的な結論に至った私たち(主にキルストンさん)の様子に気が付いたソレイユさんが、待ったをかけてきて今に至っています。
これだけ立派な建物の床に穴を開けちゃうのは、私も気が引けるよ。
一応私なら、ノームの迷宮と地上を繋いだ時みたいに、それなりに綺麗な見た目に仕上げることはできるんだけどね。
この大聖堂の中ってなると、ちょっと話が変わってくるんだよ。
正直、ホリー君に言われるまで気づかなかったんだけど、大聖堂の床に使われてる石材のほとんどに、精巧な模様が刻まれてるんだよ?
それも、隣り合った石材の模様が違和感なく繋がるようになってるし。
そんなところまで再現するのは、考えるだけでもほんとに大変だよね。
「かといって、どうしたらいいかもわかんないんだけどなぁ」
「ねぇリッタ、この大聖堂の外から穴を掘ってっちゃダメなの?」
「どうかな、ソレイユさん?」
「そ、それは……できればやめていただきたいですね」
「チッ。話にならねぇじゃねぇか」
憤るキルストンさんの気持ちもわからなくはないけど、穴を開けてほしくないっていうソレイユさんの気持ちも理解できるんだよね。
ネリネの壁に穴を開けられたら、私だっていやだもん。
それにさ、誰かが何かの目的で隠してる場所なんだよ?
ってことはつまり、その何者かだけが使える道みたいなものが、あってもおかしくないんだよね。
そう考えると、ちょっとワクワクしない?
どこかに仕掛けがあって、その仕掛けを解くと道が開かれるかもしれないのです!
そして、そんなワクワクに目がない人物が、私たちの身近にいるんだよね。
「すみません、ソレイユさん。少し教えてもらってもいいですか?」
「え? は、はい」
「さきほど書庫で見つけたこの文献には、この大聖堂で伝統的に行われている儀式が存在すると書かれているのですが、その儀式って何なのでしょうか?」
「えっと、それは私も存じ上げておりません。おそらく、リドル大司教であれば何か知っているかもですが」
まぁ、あの大司教が私たちに何かを教えてくれるなんて考えられないよね。
それにしてもホリー君。
いま手にしてるその太い本はどこから持ってきたのかな?
書庫とか言ってたけど。
そんな部屋あったっけ?
大聖堂が広すぎて、私はまだ全部の部屋を見て回ることができてないんだよね。
特に今日は、地下に行くための道を探すために1階ばっかり回ってたからなぁ。
書庫があるってことなら、私もあとで行ってみよう。
もしかしたら、ソラリス母さんのことが書かれてる本とかあるかもだし。
そんなことを考えてると、礼拝堂の扉を開けてカッツさんとベルザークさん、それからシルビアさんが入ってきたよ。
三人とも、両手に本を抱えてるね。
「持ってきたっスよ。大聖堂関係の本っス」
「こちらは街の歴史と浸水に関する本ですわ」
「ありがとう! そのあたりにまとめて置いててください」
「おい、そんなチマチマやってくつもりじゃねぇだろうなぁ?」
ホリー君たちの様子にイライラしちゃったのか、キルストンさんが文句を言い始めたね。
でもさすがはホリー君。
彼の威圧なんて気にする暇がないとばかりに、本のもとに駆けてったよ。
「おい、聞いてんのか?」
「うるさいですねぇ。ボクはいま調べものに集中してるので、後にしてください」
「てめぇ」
「そんなに暇なら、手伝ってくれてもいいんですよ? 目を通すべきものは、まだまだ沢山あるんですから」
「そんな本に目を通してどうなるってんだよ?」
「そんな本?」
キルストンさんの言い分に呆れを感じたのかな、小さく呟いた彼はすっくと立ちあがりました。
そうして、ふいに近くの壁を指さして口を開いたのです。
「そこの壁に1つ、そっちの壁にも1つ、石材の模様が取っ手のようになってて取り外せるものがある。それが何の目的で作られているものなのか、わかりますか?」
そんな彼の言葉に釣られるように、私たちの視線が壁に注がれます。
真っ先に反応したハナちゃんが壁に駆け寄り、模様を調べ始めて数秒後、ホリー君のいうように足元の石材を1枚取り外してみせました。
「穴があるよ!」
「マジっスか!?」
「確かに穴はありますが、人が通れるような穴ではないですね」
ベルザークさんが言うように、壁の穴は拳くらいの大きさしかなく、人は絶対に通れないね。
「その穴は、大聖堂が水没してしまった場合、水はけをよくするために設計されたものだと書かれていました」
へぇ~。そうなんだ。
すごく考えられた建物なんだね。
「それが何だってんだ」
「わかりませんか? この街はやはり緻密に計算されて作られた街だということです。そんな街の中で最も重要な大聖堂の秘め事を暴こうというわけです。そのためには、大聖堂や街の歴史について知る必要があると、ボクは考えてるんですが」
瞳を輝かせてそう告げるホリー君を止められる人は、誰もいないね。
それに、私もなんだかワクワクしてきちゃったよ。
「そういうことなら、私は手伝おうかな。こっちのほうから目を通していけばいい?」
「はい、お願いします」
「私もお手伝いさせていただきます」
そんなこんなで私たちはホリー君の指揮のもと調べものを開始したのです。
まぁ、実際に本に目を通してたのは、ホリー君と私とソレイユさんの三人だけどね。
他のみんなは、性に合わないからとかいって、街の掃除のほうに戻って行っちゃったよ。
そうして夕方。
調べものを続けていた私たちは1つの謎に直面していました。
「やっぱり、この礼拝堂の床の模様だけ、ほかの場所より溝が深いよね」
「私にはここの溝が深いというより、他の場所の溝は摩耗して溝が薄くなっているように見えました」
「それってつまり、この礼拝堂の床だけ、手入れされてるってこと? どうして?」
「さぁ」
そんな言葉を交わしながら、床にはいつくばって模様を観察してた私たち三人に、突然声がかけられます。
「リッタ達、何をしてるの?」
「お、ハナちゃん! 一緒に調べものしてくれる気になった?」
「ん~。本を読んでたら眠たくなっちゃうから、いい」
そういったハナちゃんは、私のそばに歩み寄って床をのぞき込んできました。
「溝を見てるの?」
「うん。この溝がね、なんだか怪しいなーって話してたんだよ」
「そっか。それより、もう夕ご飯の時間だよ?」
「あ~、そっか。もうそんな時間かぁ。それじゃあいったんここで休憩いれようよ、ホリー君、ソレイユさん」
「そうですわね」
「もう少しで分かりそうなんだけどなぁ~」
悔しそうにしてるホリー君たちと一緒に、礼拝堂を出た私たち。
このやり方で本当に入口を見つけることができるのかなぁ。
なんて考えながら歩いてると、ふいにハナちゃんが私を見上げながら言ったのです。
「あの模様って、迷路みたいだよねっ」
「迷路? どうしてそう思うの?」
「だってね、扉の所から部屋の奥までたどっていこうとしても、絶対行き止まりになっちゃうんだもん」
「……待てよ」
背後でそう呟いたホリー君が、足を止めました。
どうしたんだろうね。
すごく目を輝かせてる彼は、少し考えた後告げたのです。
「そうか!! そういうことか! ありがとうハナちゃん! おかげで分かったかもしれないよ!」
お礼を言われたハナちゃんは、ちっとも理解できてないみたいなのが、また可愛いよね。
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