第182話 街の大掃除
オーデュ・スルスに召喚されたティアマトを追い返した後、私たちは後片付けに追われました。
やっぱり掃除って大変だよねぇ。
リーフちゃんの唄で家中に枝とか葉っぱをまき散らしたことがあったけど、あの時は本当に大変だったもん。
母さんには怒られたし。
いい思い出はあんまりないのです。
まぁそんな大変なお掃除も、みんなと一緒にすればちょっとは楽しいんだけどさ。
「リグレッタ様。ゴーレムたちが街の各地で眠りに落ちてる人々を見けているようです」
「そうなんだ。万能薬で起こしてあげてるんでしょ?」
「はい。発見した者はその場で治療を行っています。ですが、起きた者に状況を説明する者がいないため、一部で混乱が大きくなっているようで……」
「それは、放置するわけにはいかないね」
掃除するだけでも大変なのに、街となると難易度がグンと上がってるよね。
そろそろ街の中に入り込んでた魔物も無力化し終えてる頃だから、ソレイユさんにお手伝いを頼もうかなぁ。
そういえば、ソレイユさんは大丈夫なのかな?
例の大司教さん達が街の人たちを見殺しにする気だったと知って、ショックを受けてたみたいだけど。
そんな彼女だからこそ、今はお手伝いを頼んだほうがいいかもしれないよね。
「ねぇベルザークさん、ソレイユさんってどこにいるか知ってる?」
「申し訳ありません。ちょっと把握できていません」
「そっか。なら大丈夫だよ。自分で探してみるから」
ベルザークさんには街のお掃除と住人の治療を最優先に対応してもらわなくちゃだしね。
そんな役目を理解してる彼は頭を下げたあと、大聖堂の中に入っていったよ。
それにしても、この大聖堂のテラスはホントに見晴らしがいいなぁ。
さすが、オーデュ・スルスで一番大きな建物ってだけはあるよね。
お、あの屋根の上を駆けてるのはハナちゃんだね。
順調に魔物狩りをこなしてるみたいで安心だよ。
それに、修行のほうも順調みたいです。
ティアマトとの戦いの中で彼女が習得したシルフィードを纏う技術。
それを使いこなすために、ああやって走り回ってるんだよね。
私も真似してみようと思ったんだけど、ちょっとうまくいかなかったんだよねぇ。
シルフィードの中に入ることはできるんだけど、あんなふうに姿かたちを纏うみたいにはならなくて。
ためしに『ひでんのしょ』を確認してみたけど、どこにも書かれてないし。
完全に、ハナちゃんが作り出した術ってことだよね。
そんな術を作れるくらい成長しちゃって。
私はすごく誇らしいよ。
私《》が作ったリーフちゃんの唄と比べると、カッコよさが全然違うよね。
これは6冊目の『ひでんのしょ』を作る時が来たのかもしれません!
とりあえず、街のお掃除が終わったらハナちゃんに術の名前を決めてもらおうかな。
「あ、あの……」
テラスからハナちゃんの様子を見てた私は、背後からかけられたその声で我に返りました。
「あ、ソレイユさん! ちょうどよかった。話がしたかったんだけど」
「はい。さきほど、通りすがりのベルザーク様にそういわれましたので、こちらへ来たのですが」
なるほどね、さすがはベルザークさんだ。
ソレイユさんを呼び出すために、街中に声を届ける必要はなくなったみたいだよ。
「ソレイユさん。よかったらこのテラスから街の住民に状況の説明をしてあげてほしいんだけど」
「はぁ……えっ? 私がですか!?」
「うん。だって、ソレイユさんはこの街に住んでたんでしょ? 混乱してる人たちも、ソレイユさんからの説明のほうが安心して聴けるかなって思って」
「それは……」
「できないかな?」
「いえ、できなくはありませんが、なんというか……」
そういった彼女は少し表情を曇らせました。
きっと、ソレイユさんは悩んでいるのでしょう。
どこまで話せばいいのか、を。
「すみません、私はいま、自分の頭の中ですら整理できていないのです。まさか、このようなことが起きてしまうなんて、想像もしていなかったので」
「そっか」
「申し訳ありません」
「どうして謝るの?」
「……え?」
言ってる意味が分からないって感じの顔で、私を見てくるソレイユさん。
困らせるつもりはなかったんだけどなぁ。
「えっと、ソレイユさんは別に悪いことをしたわけじゃないよね? それなのに謝るからさ、どうしてかなって思って」
「それは、ご希望に添えなかったから、でしょうか」
希望に添えない、かぁ。
そんなの、仕方ないじゃんね。
できないことがあるのは当たり前なんだからさ。
でも、希望に添えるように試行錯誤することを放棄しちゃうのは、違うような気もするのです。
希望に添えるようになるための時間も有限なんだよ。
もし、試行錯誤しても希望に添えなかった場合、謝らなくちゃいけない関係なんだとしたらそれは。
きっと、信じあうことができてない証拠だよね?
「ねぇソレイユさん」
「はい」
「ソレイユさんは今、頭の中の整理ができてないんだよね?」
「情けのない話ですが、その通りです」
「それって、街の住民たちも同じだと思わない?」
「っ! それは……」
「きっとそうだよ。だって、目が覚めたら街中が水没してて、恐れられてる死神が大聖堂を占拠しちゃってんだよ? 絶対怖いよね」
「そうですね」
恐れられてる死神なんて、自分で言ってて悲しくなっちゃうけど。
まぁ、事実だし受け入れるしかないでしょう。
「そんな状況の時、プルウェア様だったらどうするのかな?」
「プルウェア様だったら?」
「ソレイユさんはプルウェア様を信じてるんでしょ? だったら、こんな時にプルウェア様がどうするのかわかるんじゃないのかな?」
「それは……死神を排除するように言うと思います」
こんな状況でも、そんなことをいうの!?
ホントだったとしたら、ちょっと怖いかもだねプルウェア様。
「それもいうかもだけどさ。それって大司教と同じことを言ってると思わない?」
「たしかに……」
「たしかにって……まぁいいや。プルウェア様は自分のことを信じてくれる人たちのことを、ぞんざいに扱うってことなのかな」
「それは違います!! プルウェア様は、いつも見守っておられるのです!! 私たちが澄む時も淀む時も、どんな時でも見守ってくださり、淀んだ時には浄化してくださる! そんなお方なのです! だから私たちは、かのお方に恥じぬように、日々の生活の中で淀むことがないように……」
勢いよく語り始めたソレイユさんの言葉が、どんどん弱まっていきます。
どうしたんだろ?
なんだか、自信を失っていってるように見えるけど。
その理由を探すべく彼女の視線を追った私は、すっかり荒れてしまった街の様子に目が行きました。
「淀んでしまったのですね……それも、私が知らないほど昔から」
そうつぶやいたソレイユさんが、その場にへたり込んじゃったよ。
そりゃそうだよね。
ずっと綺麗に保ち続けようとしてた街が、水や泥や魔物、そして混乱で淀んじゃってるんだから。
きっと、ソレイユさんにとって今の街の姿は、とても薄汚れてみるのでしょう。
いつもいつもきれいな姿ばっかり見てたわけだからね。
「ソレイユさん。私もお手伝いするからさ。一緒にこの街をきれいに掃除しようよ」
「掃除?」
「うん。みんなで掃除したら、きっと楽しいんだから。それに、プルウェア様だってそれを望んでるんじゃないかな?」
「プルウェア様が?」
「そうだよ、だって、できもしないことを望んだりしないでしょ? きっとソレイユさん達のことを信じてるからこそ、プルウェア様は淀まないようにって望みを託してるワケじゃん」
もし、できもしないだろうと思いながらそんなことを言ってるんだとしたら、ものすごく意地悪だよね。
でもきっと、そうじゃないと思うんだ。
「できない様子を見てほくそ笑むことを見守るっていうのなら、話は別だけどね」
「……」
そんな私の挑発に乗ったのかな?
ソレイユさんはムッとした表情を浮かべて立ち上がりました。
「わかりました。説明はしたいと思います。ですが、ここからというのはさすがに」
「あぁ、大丈夫だよ。風に乗せて声を街中に届けるから。ここで普通にしゃべってくれたら、全部届くはず」
「わかりました」
そういって決心したように目を閉じたソレイユさん。
彼女が目を開けて話を始めるまでに、私は急いで風を展開します。
これで、街に淀んでた混乱はある程度掃除できたかもしれないね。
でも、街の大掃除はまだまだ始まったばかりなのです。
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