第181話 先はまだまだ
ホリー君の説得を受けたソレイユさんは、葛藤しながらも案内してくれることになりました。
実際のところ、案内は無くても私とハナちゃんがいるからなんとかなるんだろうけどね。
でもそれが、最善の選択かと言われたら違う可能性があるのです
道に迷ったりしたら、時間がかかっちゃうもんね。
目的地は大聖堂の最上階。
そこに、ティアマトを召喚するための儀式場があるんだって。
「それじゃあみんな! 準備は良い?」
「大丈夫です!」
自信満々に頷くベルザークさんの返事を聞いて、私は風の道を展開しました。
ネリネのテラスからだとかなり長い道だけど、やるしかないかな。
一応、大聖堂の内部構造はソレイユさんに聞いたし。
私やハナちゃんの目で、衛兵さん達の動きも見たし。
最終的には、シルフィードに最適な道順を作ってもらったから、きっと大丈夫だよね。
取り敢えず、私とハナちゃん、それからベルザークさんとキルストンさんとシルビアさんで儀式場に乗り込むことにしましょう。
他の皆には、定期的に万能薬の小鳥を送ってもらう手筈になってます。
んー。完璧なんじゃないかな?
ここまで準備すれば大丈夫でしょ。
まぁ、油断には要注意だけどね。
「それじゃあ、ベルザークさん達は10秒後に入って来てね! それと、ソレイユさん。本当に行くの?」
「はい」
シルビアさんの隣で頷くソレイユさんは、深々と頷いてます。
危ないと思うんだけどなぁ。
まぁ、本人が強く望むなら仕方ないよね。
キルストンさん達は連れて行きたくなさそうです。
「奴らを説得するつもりだって言うなら、止めておけ。そんな甘っちょろい考えが通じる奴らじゃねぇ」
「それでも、行きます」
ついさっき交わされてたそんな会話。
頑なな彼女に、あのキルストンさんがそれ以上は問い詰めなかったんだよね。
なにか思う所でもある感じかな?
まぁ、いいけど。
あまり考えゴトしてる場合じゃないし、そろそろ出発しましょう。
ハナちゃんに目配せをした私は、勢いよく風の道に飛び込みました。
風で乱れる髪の毛を気にする暇も無く、右に左に揺られた私達は大きな扉の前に吐き出されます。
ゴロゴロと床を転がり、着地する。
それと同時に、私とハナちゃんは逆方向に駆け出しました。
ハナちゃんは大きな扉目掛けて。
私は扉を背にした正面に伸びる廊下目掛けて。
廊下を巡回してる衛兵さんが私達を指さしてるけど、もう遅いね。
石造りの大聖堂の廊下くらい、私にかかれば簡単に塞ぐことが出来るのですよ。
天井付近を走ってる風の道の通り道だけ残しておかなくちゃだね。
「ふぅ。これで衛兵さんはこちらに来れないね。ハナちゃん、そっちはどんな感じかな?」
そう言って振り返ったところで、大きな音と共に扉が開け放たれました。
「こっちも大丈夫だよっ!」
「何者だっ!!」
分かってはいたけど、儀式場の中にも衛兵が居るみたいだね。
扉を開けたハナちゃんと私に気付いた彼らは、槍や盾を構えながら隊列を組み始めたよ。
そんな彼らの後ろに、円形の陣を組んでる人たちと、ちょっと皆より豪華な服を着たおじさんがいるね。
なんて考えてたら、背後から風の音と皆の着地音が聞こえて来たよ。
「ほう。これがプルウェア聖教の儀式場ですか。想像通り、無駄に豪華な造りですね」
「癪だが、今回ばかりはテメェと同意見だぜ」
「そうですわね。っと! ちょっと、何をするつもりですか!?」
風の道でやって来た皆が扉の元まで歩いてる途中で、シルビアさんにつれられてたソレイユさんが突然駆け出しました。
捕まえようとするシルビアさんを無視して、儀式場に駆けこむ彼女。
もしかして、衛兵さん達に助けを求めるつもりなのかな?
と思った矢先、彼女が儀式場の中で跪いて叫んだのです。
「大司教様!! すぐにティアマトの召喚をお止めになってください! もしくは、大聖堂の外で避難している人々を中に入れることをお許しください!」
つまり、キルストンさんが予想してた通りソレイユさんは『奴ら』って呼ばれてたこのおじさん達を説得しようと思ってたんだね。
たしかに、話だけで済めばいいと私も思うんだけど。
多分、ダメなんだろうなぁ。
この儀式場に入る前までは、私も確信はしてなかったんだけどね。
部屋の中を見渡してすぐに、話し合いはできないなぁって分かったよ。
教えてあげた方が良いのかな?
なんて私が迷ってる間に、キルストンさんが動きました。
「哀れな女だ。あの偉そうなガキに言われて納得できなかったんだろうが、アレを見てもまだ分かんねぇってのか?」
「いっ! な、なにをっ!」
頭を垂れようとしてるソレイユさんに背後から近づき、彼女の頭をグイッと持ち上げさせた彼は、そのまま彼女の顔を部屋の隅へと向けさせました。
無理矢理頭をひねられたせいで、痛みに悶えるソレイユさん。
だけど、そんな彼女の悶える声は一気に萎んでいってしまいます。
その様子を見て手を離したキルストンさんは、腰からナイフを抜き取って、その切っ先を衛兵さんの奥にいるおじさん達に向けました。
「1ヶ月分……いいや、肥え太ったテメェら換算なら1週間分ってところか?」
「そうですわね、それだけの食料をここに集めて、立て籠もるつもりだった。それで間違いないと思いますわ」
儀式場の隅に積み上げられてる大量の木箱。
その箱の中身は、二人の言う通り食べ物みたいだね。
そんな木箱の隅で震えてる女性や子供たちは、誰かの家族なのかな?
それだけ見れば、どういう状況なのか嫌でも分かっちゃうよね。
「……これは、どういうことですか?」
ポツリと呟くソレイユさん。
儀式場に彼女の声が響いた後、キルストンさんを鋭く睨み返してたおじさんが口を開いたのです。
「狼狽えるな! 敵は眼前に現れた死神共!! いまこそプルウェア様のため、命を賭してその者共を粛清するのだっ!!」
さっきソレイユさんが叫んでたのがこのおじさんなら、この人が大司教なんだよね?
彼の号令を聞いて動き出そうとする衛兵達と、迎え撃とうと構えるベルザークさんやキルストンさん。
でもね、ここで戦わせるわけにはいかないのです。
だって、この街でも私は既に、宣言をしちゃってるからね。
「ハナちゃん」
「任せて!」
槍を構えて突進しようとしてる衛兵さん達は、ハナちゃんに任せましょう。
その間に私は、逃げ出そうとしてる大司教の足を拘束します。
「っく!? な、なんだ!?」
「ごめんね、両足を床に縫い付けさせてもらったよ」
床は石づくりだからね、砕けない限り歩くことはできないはずです。
「こ、この死神めぇ!! 貴様など、プルウェア様にかかればっ」
「そんなに言うなら、そのプルウェア様を呼んでくれないかな?」
「な、なにを」
「わたし、一度話がしたいんだよねぇ。色々と聞いてみたいこともあるから。ダメかな?」
言いながら大司教に歩み寄ってくと、彼は腰を抜かしてその場にへたり込んじゃった。
「どうしたの? ちゃんと立ちなよ」
「ち、近寄るな!! だ、だれか、コイツを儂から遠ざけろぉ!!」
「狼狽えなくても大丈夫だよ。確かに死神の私はアナタの命を奪う術を持ってるけど。私は別に、アナタの命を奪うつもりは無いんだから」
でもね。
そう言って言葉を切った私は、怯えて縮こまってる彼の耳元に口を近づけて、囁きかけたのです。
「アナタには、誰かの命を奪う権利なんてないんだってこと、忘れないで欲しいなぁ」
「かはっ……」
あ、大司教さん、気絶しちゃった。
脅かしすぎちゃったかな?
ダメだね、こんなことばっかりしてると、恐怖を拭うなんてできないや。
でもさぁ。
私が怒ってるってことも理解して欲しいよね。
「リッタ! 見て!」
気絶してる大司教に触れないよう、注意しながら離れた私にハナちゃんが声を掛けて来たよ。
そういう彼女が指し示す窓の外を見ると、街の上空に広がってたはずの分厚い雲が薄れていくのが見て取れます。
そんな雲に釣られるように大聖堂のすぐ傍に聳えていたはずのティアマトが、大量の飛沫を上げながら空へと昇って行きました。
と思いきや、突然強烈な大雨が街に降り注ぎます。
まるで、大きなティアマトの断末魔みたいです。
これでなんとかなったのかな?
色々あったせいで、疲れがたまってる気がするよ。
抱えてる問題は沢山あるけど、いまはただ、この大雨が止むことを願うばかりです。
そうしたらやっと、この街にやって来た目的に着手できるんだからね。
先はまだまだ長いのです。
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