第180話 緻密な計画
壊れた大扉を潜ると、大きな広間が私達を迎えてくれたよ。
まぁ、歓迎というよりも『迎え撃つ!!』って感じだけどね。
広間の中を縦横に横切っている沢山の階段や通路から、これでもかって程の矢や石がとんできました。
その殆どをハナちゃんが弾いてくれたけど、ずっと任せておくわけにはいかないよね。
「ハナちゃん! そっちは私が眠らせるから、扉を塞いでくれる?」
「うん!!」
「シルビアさんは、ソレイユさん達のことをお願いねっ!」
「はぁ……仕方ありませんわね!」
気怠そうに立ち上がってた彼女だけど、まぁ、なんとかしてくれるでしょう。
それよりも私は、ネリネを囲むように展開してた水と風の壁を操作することに専念します。
半球型の壁から、水の触手を伸ばすイメージ。
あとはその触手で階段や通路に居る人々に触れていけば良いはずだよね。
それでも届かないような高いところに居る人は、とりあえず後回しかな。
「あんまり手すりから身を乗り出してたら危ないよぉ~。落ちちゃうよぉ~」
注意喚起は大事なのです。
意識を失いながら落下しちゃったら危ないんだから。
そんな私の声掛けのお陰かな?
触手に触れられた人々は落ちてくることも無く大人しくなっていったのです。
あとは、高い所に身を隠してる人たちだね。
広範囲を制圧するために、数を増やしてた触手を一本に束ねましょう。
そうすれば、長い触手を作れるのです。
なんて思ってたんだけど、相手も中々やるみたいだよ。
長い触手を上層階にまで伸ばそうとした時、一本の氷柱が降って来たのです。
とっさに、その氷柱を触手で弾いたら、触手が一気に凍っちゃった。
「これは厄介だなぁ」
きっと、冷気か氷を操るプルウェアの奇跡を持った人が居るんだね。
サラマンダーの傍に居ればなんとかなるかもだけど。
むやみに突っ込むのは危ないかもしれません。
取り敢えず、ネリネが氷柱に狙われないような位置に避難しておこう。
そうこうしてると、扉を塞ぎ終えたハナちゃんが水の壁を潜り抜けてテラスに戻って来ました。
大聖堂の壁は分厚いから、その壁の石材を活用して穴を塞いだみたいだね。
これで外から水が入ってくることは無いでしょう。
「おかえり、ハナちゃん」
「ただいま、リッタ。それで、これからどーする?」
「そうだね、どーしよっか」
「さっきのつらら、私なら避けながら上まで行けると思うよ?」
「そうだね。氷柱だけなら私も行けるかも。でも、まだ他にも隠してる可能性があるよね」
「そっか。それじゃあ、まずはここで守りを固める?」
「それが良いかな。同時に、ホリー君たちも呼んで作戦会議をしよう。大聖堂の中の構造に詳しい人も居るかもしれないしね」
私がそう言うと、ハナちゃんがソレイユさんに視線を投げました。
そんな彼女はというと、ぐっすりと眠りこけた状態でシルビアさんに引きずられてるんだけどね。
シルビアさんったら、兵士さん達まで眠らせてテラスの真ん中に集めようとしてるみたい。
「べつに眠らせなくても良かったんじゃないの?」
「私はそんな甘っちょろい女じゃありませんので」
「そっか。作戦会議が始まったら起こすからね?」
「それまでに縛っておきますわ」
容赦ないね。
そんなに脅威なのかな?
まぁ、私よりも詳しいだろうからそのあたりのことは任せておきましょう。
私が防壁を展開してる間に、ハナちゃんが皆を呼びに降りてくれたよ。
テラスに集まった皆に、作戦が一段落したことと今の状況を説明すると、早速ホリー君が口を開きます。
「状況は分かったよ。概ね作戦通りだね。ちょっとだけ、予想してなかったこともあったみたいだけど」
彼の言う予想してなかったことっていうのは、テラスの真ん中で眠ってるソレイユさん達の事でしょう。
先の宣言通り、シルビアさんがしっかりと縛ってるおかげで、彼女たちは身動きが取れないような状況です。
縛られてるといえばもう一人、この場にはデシレさんも連れて来てもらってるよ。
キルストンさんの隣で膝をつき私を睨み付けて来る彼は、何を考えてるのかな?
「それにしても、デッカイ建物っスね……やみくもに進んでたら、絶対道に迷うっスよ」
「そりゃそうだ。この大聖堂は俺達みたいな下っ端が入れるような場所じゃねぇからなぁ。だからこそ、コイツをここに呼んだんだろ?」
「キルストンさんの言う通りだよ。でも、もっといい方法が見つかったかもしれないんだよね」
ホリー君がそう言うと、ニヤッと笑ったキルストンさんがデシレさんの頭を掴み上げながら言いました。
「お前は用済みだとよ」
「キルストンさん。乱暴しちゃダメだよ」
「……さすが、死神様は誰に対しても平等ってワケか?」
そういうキルストンさんに言い返しても良いんだけど、それは後でも良いよね?
いまはそれよりも、話を進めよう。
「ホリー君。もっといい方法っていうのは、ソレイユさんに道案内をお願いするってコトでいいのかな?」
「うん。もともとは彼に聞くつもりだったけど、彼女の方が正直に教えてくれそうだしさ」
「教えてくれるっスかね? 仮にも俺達は、この街に侵入した賊みたいなもんっスよ?」
「たぶん大丈夫だよ。考えがあるんだ」
そう言ったホリー君は、スタスタとソレイユさんの元に歩み寄りました。
「すみません、ソレイユさん。起きてください」
「ん……」
肩を大きく揺さぶられた彼女は、瞼をゆっくりと開きました。
「ん? えっと、どなたですか?」
「初めまして。ボクの名前はブッシュ・カルドネル・ホルバートン。東のブッシュ王国より使者として馳せ参じました」
「ブッシュ王国……からの使者!? んきゃ!?」
あわてて立ち上がろうとするソレイユさんは、縛られた手足を上手く動かせずに倒れこんじゃった。
そんな彼女を支えたのは、ホリー君の横から現れたハリエットちゃんだね。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。お初にお目にかかります。私はホルバートンの妹で、同じくブッシュ王国からやってきました、ブッシュ・カルドネル・ハリエットと申しますわ」
「ご丁寧にありがとうございます。私はソレイユと申します。ここプルウェア聖教国で司祭をしていて……えっと? あれ? ブッシュ……?」
色んな情報が一気に入ってきたせいかな、ソレイユさんは混乱気味だね。
自分が手足を縛られてることすら、忘れちゃってるみたいだよ。
きっと、それよりも大事な情報に気が付いたんだね。
それは例えば、目の前にいる二人が誰なのか、とか。
「あ、え、えっと」
「ソレイユ様。このような無礼をお許しください。なにしろ、我々は複雑な状況にありますので。今は安全を最優先にするため、あなた方を拘束させて頂いております」
「安全が確保されれば、すぐにでも拘束を解くように言いつけますので」
穏やかなホリー君とハリエットちゃんの言葉に翻弄されたのか、ソレイユさんは小さく「はぁ」とだけ言いました。
「早速ですが、ソレイユ様もご存じの通り、いまこのオーデュ・スルスは危機に陥っています」
そう言ったホリー君は、塞がれた入口を指さしました。
「この大聖堂内は安全ですが、外にいる人々は、いつ溺れてしまうか分からない状況です」
「それはっ! あなた方が大扉を塞いだせいで―――」
「違いますよ、ソレイユ様」
すこしずつ状況を理解し始めたソレイユさんが、反論を始めようとしたその時。
ホリー君が大きく首を横に振って、彼女の言葉を遮ります。
「この大扉は元々、あなた方のためには開くことがなかった。違いますか?」
「っ!?」
なにか思い当たる節でもあったみたいだね。
追い打ちを掛けるように、ホリー君は続ける。
「おそらくこのオーデュ・スルスの街は、何度も水没している。その証拠に、二階以上が通路で繋がってる建物が沢山あったのを確認しています」
「そ、それがなんだというのですか」
「おかしいんですよ。そんな建物で街を作るためには、緻密な計画が必要なハズ。それなのに、この大聖堂だけは、大扉からしか入れないような構造になってるみたいですからね」
それはつまり、計画の段階から大聖堂に避難させるつもりが無かったってことかな?
さすがホリー君。
よく観察してるよね。
ホントにオーデュ・スルスに来たことないのかな?
ちょっと疑いたくなっちゃうや。
「……なにが仰りたいのですか」
「そうですね、はっきりと言いましょう。ティアマトを追い払うのに協力してください。そうしなければ街にいる人々が皆、溺れてしまいます」
そこで言葉を区切った彼は、最後の一押しと言わんばかりに告げました。
1つ、眼鏡をクイッとかけ直す仕草を添えてね。
「慈悲の聖女様。アナタにしかできないのです」
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