第18話 アラクネの巣
ラービさんの言う通り、私達は西にまっすぐ進みました。
それにしても、随分と遠くまで出かけるようになったなぁ、私。
これだけ遠くまで来るんだったら、ハナちゃん号で来ても良かったかもね。
でも、土地勘のない場所で飛ぶのは危ないかな?
私だったらともかく、操縦はハナちゃんだしね。
父さんの話だと、この森は西に行くほど危険な魔物が多いって言ってたし。
「危ないんだからね、気を付けてよ? ハナちゃん」
「うん!」
軽快な返事と裏腹に、ハナちゃんは高い木の枝の上をピョンピョンと飛び回ってる。
獣人ってすごいんだねぇ。
普段のハナちゃんからは想像できないくらい、俊敏な動きだよ。
傍から見てる私は、枝から落ちちゃったらどうしようってハラハラしてるんだけどさ。
シーツと箒も気が気じゃないみたいで、機敏な動きでハナちゃんについて行こうとしてる。
と、そんなハナちゃんが急に動きを止めて、前の方を見つめ始めた。
「リッタ! おっきな穴があるよ!」
「お! 着いたのかな?」
ラービさんは確か、大きな深穴にアラクネが住んでるって言ってたよね。
取り敢えず、アラクネたちの家を探して、お話できれば良いな。
「ハナちゃん。一応、私が先に行くから、シーツたちと一緒に後ろからついて来てね」
「ん。わかった」
素直でよろしい。
アラクネさん達とは話したことが無いから、ちょっとは警戒しなくちゃだよね。
きっと、可愛いハナちゃんを見たら、アラクネさん達は捕まえようとしちゃうだろうから。
気持ちは分かるけど、連れて行かれちゃうと困るよね。
「あのぉ~! こんにちは~。アラクネさん、聞こえますか~?」
穴に近づきながら声を掛けてみたけど、返事はないね。
って言うか、この穴、かなり深いなぁ。
もしかして、穴の中に降りなくちゃダメなヤツ?
「降りるのは……危ないかなぁ。結構暗そうだしね」
「あそこ、クモの巣があるよ」
「おぉ! 良く見つけたね、ハナちゃん。偉いぞ」
「しししっ」
ハナちゃんが見つけたクモの巣は、深穴にある横穴の入り口みたいだね。
そこがアラクネたちの巣なのかな?
「さて、どうしようかなぁ。やっぱり、お願い事をしに行くわけだから、私が直接行った方が良いよね」
そうと決まれば、さっそくハナちゃん号を作ろう。
お玉のタマルンが居ないケド、今回はハナちゃんに操縦させるわけじゃないからいいかな。
「それじゃあ、ハナちゃん。ハナちゃん号の上から落ちないように、しっかりと掴まっててね。シーツも、よろしく頼んだよ」
箒に腰かけ、ハナちゃんがシーツにしがみ付いてるのを見た私は、ゆっくりと浮上した。
どうでも良いけど、必死な顔でシーツにしがみ付いてるハナちゃん、可愛いなぁ。
深穴のど真ん中を、箒に乗ってゆっくりと降下していく。
そうして、アラクネさんの巣と同じ高さまで来たら、そのまま巣に向かって前進した。
「静か……」
「そうだね、怖いくらいに静かだ」
だけど、アラクネの巣の奥からは、何かが動いてるような気配がするんだよねぇ。
多分、私達に気がついてるんでしょう。
だったら、どうして返事をくれないのかな?
やっぱり、警戒してる?
「こんにちは~。アラクネさん! 誰か出て来てくれませんか? お話がしたいんですけど~」
なんだったら、手土産に持ってきたお茶でも飲みながら。
そんな言葉を付けたそうとしたその時、アラクネの巣から、1筋の糸が飛び出して来た。
「っ!? 避けてっ!!」
思わず叫んだけど、そんな警告なんて必要なかったかのように、ハナちゃん号は飛んで来た糸を避けてみせる。
案外やるじゃん。
奇襲が失敗に終わったのを見て、観念したのかな。
1人のアラクネが巣穴から出て来る。
巣穴の方に何か合図を送ったそのアラクネは、深穴の壁にしがみ付きながら、私の方に視線を向けてきた。
上半身が人間の男だから、多分、オスのアラクネだね。
黒髪が良く似合う好青年って感じ。
これでやっとお話が……。
「今しがたの無礼、お詫び申し上げます。若い者が恐れるあまりに、先走ったのです」
「え、あぁ、うん。大丈夫だよ。そんなことより……」
「ですが、解放者殿! なぜこのような場所に来られたのか。我らはただ、静かに暮らしているだけ、決してあなた様の邪魔だてをするつもりなどありません!」
「うん。分かってるよ。分かってるから、ちょっと落ち着いてくれないかな?」
キラービーの巣を訪れた時にも、ちょっと違和感があったけど。
解放者って、そんなに怖がられるの?
さすがに怖がりすぎじゃない?
そう考えたら、ラービさんは本当によく私と交流してくれてるよね。
言われてみれば、ラービさん以外のキラービーと話したことないし。
まぁ、仕方が無いのかな?
どっちにしても、そんなことは今、どうでも良いからね。
「えっと、アラクネさん。今日は1つだけお願いがあってここに来たんです。良かったらお話しできませんか?」
「……お願い?」
困惑してるアラクネさんに、私は事の重大さを説くことにしたんだよ。
「実はですね。ズボンのお尻の部分が破れちゃって……それで、縫い合わせるために糸が欲しいんです」
「……は?」
「あのねあのね、お尻が破れて、おパンツが見えちゃってるんだよ!」
「ハナちゃん、余計なことは言わなくていいからっ! 恥ずかしいからっ!」
悪戯っぽく笑うハナちゃん。
うぅ。
怒りたいけど怒れないよぉ。
「と、とにかく! 私は、アラクネさんの作る糸が欲しくて、ここに来たんです。少しで良いので、分けてもらえませんか? その代わりに、何か困りごととか解決するので!」
「そ、そういうコトでしたら、私が糸を作りましょう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
ふぅ。
これでなんとか、この危機から抜け出せそうだね。
良かった良かった。
11月4日に下記話数に挿絵を追加しています。
13話「死神の姿」
17話「事態は深刻です」