第179話 慈悲の聖女
「リッタ! 起きた?」
「……ハナちゃん。その格好は?」
「えへへ~。カッコいいでしょ」
私を抱きかかえるようにしてるハナちゃんの姿は、今までに見たことのないものでした。
ドラゴンっぽい尻尾と翼に、綺麗な鱗まで纏っちゃってるよ。
でもそのどれもが半透明で、たぶん風で作ったんだろうなぁって分かるようなものです。
翼の中に透けて見えるシーツとハナちゃんが載ってる箒は、ご愛嬌かな?
「ティアマトの中に突入するために作ったんだ? 考えたねぇ」
「うん! みんなで考えた! でね、リッタ。このおっきなティアマトを全部吹き飛ばすことってできると思う?」
「難しいと思うよ。それってつまり、海の水を全部吹き飛ばすのと同じことだし。出来たとしても、街とか周りの人達とかの被害がたくさん出ちゃうかな」
「そうだよね」
そう言ったハナちゃんは私を抱えたまま頷き、急降下を始めました。
「じゃあやっぱり、作戦通りにした方が良いってことだよね!」
「作戦? それってどんなもの?」
「大聖堂の中に入って、ティアマトを召喚した人たちを捕まえちゃうの!」
なるほど。
召喚した人たちを捕まえて、追い返してもらうのかぁ。
そんなことが出来るのかはさておき、ティアマトを召喚した人たちに対処法を聞きに行くのは良い考えかもだね。
この水に触れると眠っちゃうのは、なにも私だけじゃないだろうから。
召喚者もそれなりに対策を考えてるはずだと踏んでの作戦ってワケです。
ハナちゃんが言ってたように、ホリー君やカルミアさんも立案に絡んでそうだ。
実際、ハナちゃんの向かってる大聖堂の中には、少なくない人数が立て籠もってるみたいだし。
ん?
よく見たら、真下の広場でネリネが戦ってるね。
ティアマトから放たれてる水弾を弾いてるのは、シルビアさんかな?
確かに、この水は彼女の使う術と似てるから、適任なのかも?
それにしても、あれだけ動き回ってるネリネの中は、酷い状況かもだね。
カルミアさん、無事かな?
「あれ?」
「どうしたの? ハナちゃん」
ティアマトの中を真っ逆さまに降下してる最中、ハナちゃんが何かに気が付いたみたいです。
「広場の近くに、誰かいるよ?」
「ほんとだ」
彼女の言う通り、広場に面した建物の中に数人の魂が確認できるね。
あの様子だと、街の人かな?
逃げ遅れてるのかもしれないね。
「ハナちゃん、ティアマトから出たら私があの人たちを救出に行くよ。だから、皆で立てたっていう作戦は任せるね」
「うん! でもねリッタ。私が大聖堂に向かったら、皆を守れる人が居なくなっちゃうの」
「分かった。それじゃあ私はあの人たちを拾ってネリネに連れてくよ。そうすれば、皆のことも守れるしね」
私の言葉に、ニカッと笑みを浮かべて見せたハナちゃん。
その笑顔を合図にするように、彼女は勢いよくティアマトの身体から飛び出しました。
細かい飛沫を風で吹き飛ばし、広場へと降りていきます。
名残惜しいけど、ハナちゃんに抱えられるのはここまでだね。
私は私の為すべきことを達成するために、眼下で戦うネリネに身を投じました。
「ハナちゃん! またあとで! ネリネで迎えに行くから!」
「っ!! うんっ!! 大聖堂の中で待ってる!!」
風を掴むために身体を捩じりながら叫んだ私の耳に、ハナちゃんの声が届きます。
ふふふ。
また1つ楽しみが増えちゃったね。
さてと、今回ばかりは失敗できないぞぉ。
お姉さんとして、しっかりやり遂げなくちゃなのです!
「まずはっ!? っと!! 危ないなぁ。また眠っちゃうとこだったよ」
降り注ぐ激流を風でいなしつつ、私は眼下の建物に向かって降下しました。
「ちょっとちょっと! こんなところに隠れてたら危ないでしょ!」
そんな声を掛けながら窓から中に飛び込むと、そこには見た事のある人物が居たのです。
「っ!? あなたはっ! 死神リグレッタ!?」
「そういうお姉さんは、ソレイユさんだっけ? こんなところで何をしてるの?」
彼女の他にも兵隊さんたちが数人いるけど。
たぶん水に触れちゃったんだね。
すっかり眠りこけちゃってるよ。
それだけなら特に変なところは無いんだけど、1つだけ不思議なことが起きています。
「ソレイユさん、それって」
「……」
眠りこけてる兵隊さんに向けて添えられてる彼女の両手が、煌々と光を発しているのです。
「もしかして、プルウェアの奇跡ってやつ?」
「プルウェア様ですっ!」
「あぁ、ごめん」
手を震わせながら言うってことは、それだけ怒ってるってことだよね?
様を付けるだけで怒られないなら、付けておきましょう。
そんなことを考えている間にも、光を受けていた兵隊さんがゆっくりと意識を取り戻して行きました。
気が付いてすぐに私を見て驚いた様子の兵隊さんが、ソレイユさんを守るように立ち塞がります。
まぁ、そんなの意味ないんだけどね。
意気込みは認めましょう。
「ごめんね、ゆっくり話してる時間は無いから、とりあえずここに入ってもらおうかな」
言いながら私は、ウインド・ロードを展開しました。
行き先はもちろん、ネリネのテラスだね。
風に乗せて運んでも良いけど、それじゃあ格好の的になっちゃうから。
って言っても、ソレイユさん達が大人しく飛び込んでくれるわけもないので、風で強引に放り込みます。
ちょっと雑になっちゃうけど、そこは許してもらいましょう。
「いやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ」
広場にソレイユさんの悲鳴が響き渡っちゃった。
ごめんね。
って、そんな悠長にしてられないんだよ。
急いでウインド・ロードに飛び込んだ私は、テラスに放り出されると同時に風の盾を頭上に展開。
ついでに降り注いで来る水を風に乗せることで、二重の壁を作る事に成功しました。
「ふぅ、これで大丈夫だね」
ティアマト自身がネリネに覆いかぶさってでも来ない限り、破られることは無いでしょう。
……そんなことをすればオーデュ・スルスの街ごと消し飛ぶと思うから、やらないよね?
「ど、どうなっているのですか……」
混乱してる様子のソレイユさんと兵士さん達。
すぐに説明をしようとした時、背後からドサッって音が聞こえてきました。
何事かと振り返ると、シルビアさんがテラスに横たわってたよ。
ずぶ濡れになってる彼女の傍には万能薬を携えたゴーレムが沢山群がってます。
「お、遅いですわよ」
「ごめんごめん。ちょっとお客さんを連れて来たから」
「……いまさら文句を言っても遅いようですわね。それよりも、ネリネを大聖堂に近づけてくださいまし」
「え? どうして?」
私がそう尋ねたと同時に、オーデュ・スルスの街にドォンって音が響き渡りました。
何事かと音のする方を見ると、ハナちゃんが大聖堂の大扉に突撃をかましてるみたい。
……作戦って、思ったよりも力任せなんだね。
「な、何をしているのですかぁっ!!」
慌てた様子で手すりに駆け寄り叫ぶソレイユさん。
そんな彼女を見て、シルビアさんは呟くのです。
「慈悲の聖女ソレイユですか。何も知らない愚かな女ですわね」
そんなシルビアさんの呟きなど耳に入っていない様子のソレイユさんは、再び大聖堂の大扉に突撃をするハナちゃんを凝視しています。
それにしても、慈悲の聖女ソレイユさん、かぁ。
聖女ってことは、ソラリス母さんと同じ境遇ってコトなのかな?
俄然、興味が湧いて来たよね。
でもまぁ、そんな話はまたあとですることにしましょう。
今は、ハナちゃんが切り開いてくれる道を進むべきなのだから。
「サラマンダー!! 大聖堂に向けて突撃だぁ~」
勢いよく駆け出したサラマンダーは、大量の飛沫をまき散らしながら大聖堂に向かいます。
直後、ハナちゃんの突撃に耐え切れなかった大扉が開き、私達はネリネごと中に突入したのでした。
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