第178話 夢みたいな現実
「ハナちゃんは、解放者になりたいとか、思ったりする?」
「私が……解放者に?」
「うん、そしたらね私が頭を撫でてあげられるんだけど」
「ほんと!?」
嬉しそうに小さくその場で飛び跳ねたハナちゃん。
そんな感じの反応が返ってくることは、なんとなく分かってたけどさ、やっぱりちょっと嬉しいよね。
このまま、本当に夢の中のハナちゃんも解放者になってくれたらいいのになぁ。
そんなことを、私が思った瞬間。
ハナちゃんが残念そうな表情を浮かべながら告げたのです。
「でもね、それはできないんだよ。リッタ」
「え?」
「そうですね、それはできない話です、リグレッタ様」
「ベルザークさんまで!?」
ハナちゃんの隣にやって来てそんなことを言うベルザークさんに驚いてると、食事をしてたはずの皆が、次々とハナちゃんの元にやって来て、告げてゆきます。
「出来ない話っスね」
「そうだな、出来ねぇ話だ」
「出来ればいいんだけどね、出来ないものは仕方が無いわ」
「ボクの知ってることを総動員しても、不可能ですね」
「うん、不可能」
「出来ない話をしてもどうしようもないだろ? だったら、早く川に行こうぜ」
「リグレッタ殿、それは諦めた方が良いかと思います」
「そうだな、諦めろ、リグレッタ」
みんなしてそんなに否定する必要ないじゃん!
っていうか、私ならできると思うんだけどなぁ。
だってこれは、私の夢なんだし。
そう思った私は、ふと、ソラリス母さんとイージス父さんに目を向けました。
「あなたでもできないわよ、リグレッタ」
「そうだな、いくら俺達の娘だと言っても、出来ないものはできないぞ」
「二人までそういうの!?」
それはホントに予想外だよ。
イージス父さんならきっと、出来るようになるために頑張ろうっていうでしょ?
ソラリス母さんならきっと、出来るような方法を一緒に考えてくれるでしょ?
これって、ホントに夢なのかな?
ホントに夢なんだって言うのなら、出来ない理由を聞いてみたいよね。
きっと、何か理由があるんだ。
そう思わないと、納得できないし。
「ねぇ、父さん、母さん。どうして私にはできないって思うの?」
そんな私の質問を聞いた二人は、顔を見合わせた後、にこやかに答えてくれました。
「だって、リンちゃんはもういないんだもん」
「それどころか、この森の外の世界は、全部無くなってるからな!」
「えっ!?」
ちょっと待って?
森の外の世界が無くなってる?
どういうこと?
なんで、そんなことになってるの?
これって、夢なんだよね?
それなのになんで。
そもそも、ホントなのかな?
確かめに行かなくちゃ!
すぐに立ち上がった私は、母さんたちの制止を無視して家から飛び出しました。
そして、空高くへと飛び上がります。
東の方を見てれば、遠くの方にブッシュ王国のお城が見えてくるはずだよね!
そうだよ!
だって、ハリエットちゃんやホリー君だって家にいたんだし。
きっと、父さんたちの冗談なんだよ!
そんな私の小さな期待は、あっけなく壊されてしまいました。
お城はあったんだよ。
でも、綺麗な状態じゃなくて、ボロボロに崩れた状態になってた。
それだけじゃないよ。
森の周りを見渡したらね、大きな竜巻とか、巨大なゴーレムとか噴火し続けてる火山が見えるのです。
まるで、世界全体を壊そうとしてるように、暴れ回っているのです。
「どうして……」
私がそう呟いてしまった理由が分かるかな?
少なくとも、私に着いて来た二人は、知ってるはずだよね。
「イージス父さん……ソラリス母さん……どうして、あんなことをしてるの?」
「あんなことって?」
「あれだよっ!! 世界を壊してるじゃん!!」
巨大な竜巻の中心に居るのは、ソラリス母さんの魂が込められたシルフィード。
山を壊しながら練り歩いてるのは、イージス父さんの魂が込められたノーム。
火山を噴火させているのは、イージス父さんの魂が込められたサラマンダー。
つまり、二人が世界を壊しているのです。
私の言いたいことを理解してくれたのかな。
二人はさっきと同じように顔を見合わせます。
「リグレッタ。私も父さんも、この世界を愛することが出来なくなっちゃったの。それは理解してくれるわよね?」
「だとしても! こんなことをしちゃっても良いの!?」
「仕方が無いの。だって、みんなして私達のことを恐れて来るんだもん」
「だな、どれだけ俺達が頑張ったところで、恐怖を拭うことはできなかったんだ」
恐怖を拭う?
「そう。だって皆、死ぬのが怖いでしょ?」
「そりゃそうだけど」
「その恐怖が残ってる時点で、俺達が共存することはできないってワケだよ。リグレッタ」
「そんなの……」
否定したい。
でも、否定できるほどの言葉を、私は持っていないかもしれません。
そんな私の葛藤を見抜くように、ソラリス母さんが告げます。
「リグレッタ。あなたも理解してるでしょう? どうして私たちが生物に触れると、命を奪ってしまうのか」
聞きたくない。
知りたくない。
そんな思いを込めて、首を横に振ってみるけど、ソラリス母さんは容赦することなく口を動かしました。
「みんな、アナタのことを拒絶しているのよ。触れたら死ぬと皆が知っているからね。そしてあなたも拒絶している。殺したくないと。思ってる」
そんなの当たり前じゃん!
死ぬのは、怖いこと。
死なせちゃうのは、怖いこと。
この恐怖すらも、拭わないといけないの!?
そんなこと、どこの誰にもできないじゃん……。
さっき家に集まってた人たちも、きっとこの恐怖を拭えてないよね。
だからこそ、私と一緒に家に住んでるんだ。
森の外の世界が、死に満ち溢れていることを知っているから。
私と一緒に過ごしてた方が、マシだから。
いつか私も、森の外の世界のことを愛せなくなっちゃうのかな?
そしてこんな風に、全部を壊してしまっちゃうのかな。
そんなの、嫌だな。
「……ァ」
「?」
なんか今、声が聞こえたような気が……。
どこからだろう?
空からかな?
そう思って空を見上げた瞬間、ポツリと一粒の雨が私の額に落ちてきました。
同時に強い風が吹き下ろしてきます。
その冷たい風が運んで来たかのように、森に雨が降り始めました。
まるで、世界を浄化するような雨。
その雨のお陰かな、私は頭がゆっくりと鮮明になって行くのを感じます。
「ははは。ダメだなぁ私。肝心なことを忘れちゃってたよ」
「どうしたんだ? リグレッタ」
「落ち着いてイージス、リグレッタは何か私達に伝えたいみたいよ」
さすがはソラリス母さんだね。
もう私が言いたい事を理解してるかもしれないよ。
それでもちゃんと、言葉にしなくちゃ。
二人が託してくれたことを、私も託してるんだよって。
「子は親を越えてくものなんだよね? だから安心してよ。私もあの子も、きっと越えてみせるから」
父さんたちに出来なかったことを、私にできなかったことを。
きっと、ハナちゃんなら。できるから。
そんな私の言葉を聞いて、どこか満足げな表情を浮かべてるソラリスとイージス。
二人の姿が霞んでいく。
その代わり、聞き慣れた声がどんどん大きく聞こえてきたのです。
「リッタ!! 起きてよ!! 早く起きて!!」
母さんに起こされるところから始まった夢が、ハナちゃんに起こされて終わってく。
なんだか、変な気分になっちゃうよね。
でも間違いなく、今度こそ現実だよ。
だってさ、ハナちゃんに抱きかかえられてるんだよ?
こんな夢みたいな現実、そうそうないよね?
面白いと思ったら、いいねとブックマークをよろしくお願いします。
更新の励みになります!!