第176話 3つの条件
『ソレイユ様!! 何者かが東門を破壊し、街の中に侵入してきました!!』
そんな伝令が私の元にやって来たのは、死神リグレッタを取り逃がしてから数十分後のことです。
この数十分は、本当に慌ただしいものでした。
突然のティアマト様の顕現に始まり、街全体が水没し始めたかと思えば、ケルピーという魔物まで現れる始末。
それらの異変を目の当たりにした私は、急ぎ兵を引き連れて住人の避難を指示して回ったのですが……。
なにやら、胸騒ぎを覚えてしまうのです。
街の水没自体は、問題ありません。
オーデュ・スルスの街は、潮の満ち引きによって大量の海水に囲まれる都市ですから。
街中が水没してしまうことは、度々経験しています。
それを見越して、屋内の通路だけで街中を往来できるようになっているくらいですからね。
ですがそれは、普通の海水であればの話。
まさか、触れると眠りに落ちてしまうような毒の混ざった水を見ることになるとは。
案外、この水の存在を知らなかったのは私だけだったのかもしれません。
なぜなら、大聖堂に向かっていた元ケガ人たちは知っていたのですから。
曰く、以前死神リグレッタが使っていたとのこと。
それはつまり、悪人が使っていた術をティアマト様が使っているというコトなのでしょうか?
更に私の胸をザワつかせることがあります。
それは、大聖堂の門が固く閉ざされて開かなかったというコト。
これもまた、元ケガ人たちから聞いた話にはなりますが、大聖堂に入ろうとした彼らはビクともしない門の前で立ち往生していたようです。
そんな折、ティアマト様が現れて、広場に死神の操っていたドラゴンが降って来たと。
彼らの行動に色々と思う所はあるのですが……。
正直、私は混乱してしまっています。
『ソレイユ様には悪いが、俺達はもう大司教を信じちゃいないんですよ!』
『そうだそうだ! 今回だって、街がこうなることを知っておきながら、自分達だけ助かろうと大聖堂を閉ざしたに違いない!』
彼らはきっと、長い戦いに疲れ果てているだけなのです。
そう思い、改めてプルウェア様の慈悲深さを説こうとした私に、彼らはこのようなことを言いました。
『みんな落ち着けよ。ソレイユ様も奴らに騙されてた側のお方だぞ! だってそうだろ? こうして大聖堂の外に取り残されてる司教が他にいるか?』
……私が、騙されている?
たしかに、住民の皆さんを避難誘導する中で、他の司教には会いませんでした。
司教であれば、皆さんを助けるために動くことは当然の行動なのに。
それなのに。
それなのになぜ……。
私はそんな、憐れむような目で見られなければならないのでしょう?
まさか本当に、私は取り残されて?
「ソレイユ様!」
「あ、す、すみません……すこし考え事をしていました。それで、状況は?」
「はい。今まさに、侵入者が大聖堂前の広場へと突入しました。狙いは恐らく、例のドラゴンかと」
「わかりました」
先に様子を見に行ってくれた兵士さんの報告が正しければ、動く家で街に侵入してきた彼らは、死神リグレッタの仲間のようです。
元ケガ人たちが喜んでいたことからも、本当の事なのでしょう。
だとしたら、彼らの目的は恐らく死神リグレッタの援護。
いつの間にか姿を消している死神を、なんらかの方法で助けるつもりなのでしょう。
「私たちも、大聖堂前広場に向かいましょう」
住民達には待機をしてもらい、いくらかの兵を引き連れた私は、屋内の通路を走りました。
そうして、目的の広場に面する建物に辿り着いた私は、目にしたのです。
大聖堂を取り囲むように伸びるティアマト様の触手と、それらを躱してまわる動く家。
そんな傍らで、横たわるドラゴンに貼りついた水を次々に吹き飛ばして行く白髪の少女の姿。
程なくして、飛沫の飛び散る攻防を制したのは、侵入者たちの方でした。
というより、白髪の少女がドラゴンを操り始めたことで状況が一変したと言って良いでしょう。
「まさか……あの少女も死神なのですか?」
動き出したドラゴンと共に、動く家の援護を始めた少女。
そんな彼女の白髪はまさに、死神のそれに酷似しています。
遠巻きに見ているだけでも、尻尾を持っているように見えるので獣人のようですが。
少なくとも、さっき話をしたリグレッタとは別人であることは間違いないでしょう。
もしかして、これもまた私だけが知らなかったことなのでしょうか?
私がそんなことを考えた時。
白髪の少女が声高に叫んだのです。
「リッタ!! いま起こしに行くからね!!」
空高くを見据えて叫んだ直後、彼女が取った行動に私は言葉を失ったのです。
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シルフィード・ドラゴンを取り返すことができたから、そろそろ作戦を次に進めないとだね!
「リッタ!! いま起こしに行くからね!!」
聞こえてるかは分かんないけど取り敢えず叫んだ私は、傍にいたシルフィードドラゴンの背中に飛び乗りました。
フワフワしてる乗り心地です。
このフワフワの上でお昼寝したら気持ちよさそうだけど、今はそんな場合じゃないんだよ。
リッタが作ったこの子の力を借りて、リッタを助けに行かなくちゃ。
ティアマトの中に取り囲まれちゃってるリッタ。
彼女を助けるためには3つの条件をクリアしなくちゃいけません。
1つ目は、水に触れないこと。
2つ目は、水の中で呼吸できること。
3つ目は、リッタにも空気を与えられること。
これらを解決できる方法を、私は考えついたんだよ。
やったことないから、出来るか分かんないけど。
ううん。
できないとダメなんだよね。
「力を貸して、シルフィード」
両手をシルフィード・ドラゴンに添えた私は、イメージします。
やりたいこと、それは、風を纏うコト。
もっというなら、シルフィード・ドラゴンを私の身体に纏うんだ。
まるで、今のリッタがティアマトに覆われてるみたいにね。
できる。
できるはず!
だって、ライラックさんだってドラゴンになってたんだから。
私はそんなに大きなドラゴンになる必要は無いけどね。
シルフィード・ドラゴンの身体を構成してる風を、私の身体に移し替えて……。
身体が終わったら、爪とか尻尾とか翼とかも作らなくちゃだね。
うん。
上手くいきそうです。
そしたらあとは、背中に新しく生えた翼で飛ぶ練習をしなくちゃ。
なんて、そんな暇はないからこそ、箒さんの出番なのです!
シーツさんも、背中の翼を補助してくれてます。
これでやっと、リッタを迎えに行く準備が出来たよ。
さっきの合図で、ネリネの皆は私が動くって分かってるはずだよね。
よぉーし!
それじゃあ久しぶりの水遊びに行こうかなっ!
リッタと初めて川で遊んだときのことを思い出しちゃうよね。
リッタも楽しいって思ってくれてたかな?
思ってくれてたら嬉しいなぁ。
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