第175話 また会う日を楽しみに
「いいですか? オーデュ・スルスの街並みは慣れた者じゃないと迷ってしまうくらい入り組んだものになっています。遠くに大聖堂が見えたからと言って、まっすぐに進んではいけません。必ず私の指示通りに進んでください!」
オーデュ・スルスの東門が目の前に差し迫った頃、シルビアさんがそう叫びました。
「分かった!」
「万が一迷った場合、大まかに街の中央を目指せばいいんスよね?」
「その通りです!」
シルビアさんとキルストンさんの話だと、街は三日月みたいな形をしているそうです。
そんなお月様のお腹あたりが街の中心になってて、海に面する形で大聖堂が聳えてるみたい。
不思議な街だよね。
できれば、リッタ達と一緒にゆっくりと観て回りたかったけど。
今はそんな時間は無いみたい。
「霧雨? これもティアマトの仕業のようですね」
おいたんの言う通り、オーデュスルスに近づいたとたんに雨が降り始めたよ。
ほんとなら、この霧雨に触れるだけでも眠気に襲われたのかもしれないね。
でも、今の私たちには効かないのです!
なぜなら、万能薬をヘビの姿に練り上げた子を、全員首に巻いてるからね。
この子が肌に触れてる限り、ある程度の眠気はかき消してくれるはずです。
ちなみに、ヘビ君は皆の死角を警戒してくれる役割も担ってるよ。
「この程度なら全然万能薬を消耗しないね」
「とはいえ、油断は禁物っスよ」
私の独り言に割って入って来たカッツさんが、大量の袋をテラスの真ん中に置きました。
「これは予備の万能薬っス! ヘビが小さくなってきたら、コイツを食わせれば回復するはずっスから、一人一袋持っとけっス!」
「ありがとう、カッツさん!」
「足りなくなったら俺かフレイに言ってくれ。作業場から運んで来るっスから」
そう言ったカッツさんは駆け足で階段を降りて行ったよ。
一応、テラスにはフレイ君が伝令役として残ってるみたいだね。
そうこうしてると、私達はついに東門に到着しました。
よしっ!
ここからが私のお仕事だねっ!
「みんな、衝撃が凄いかもだから、何かに掴まっててね!」
そう叫びながらテラスから飛び降りた私は、サラマンダーの頭に着地したよ。
「さぁ、サラマンダー。リッタを起こしに行こう!」
そう言って彼の頭を撫でつけた途端、サラマンダーはその大きな口を開けて目の前に迫る門に狙いを定めました。
直後、放たれた火球が東門に命中します。
「捕まえた!!」
火球がはげしく炸裂した時に生まれた爆風を捕まえ、私は風の盾を張ったよ。
街がどれだけ水没してるか分からないから、念には念をって感じの対策だったけど。
やっぱり、やっててよかったぁ。
爆風に雑じって、大量の水が門から流れ出して来たのです。
さすがはホリー君だね。
風の盾のおかげで、テラスには飛沫も届いてないみたいだし、このまま突き進んじゃおう!
門に穴を空けたってことは、水槽に穴が空いたってことだからね。
ティアマトが何か対策を打ってくる前に、動かないと。
街の中に張ってた水は、膝くらいまでの深さまで溜まってたみたい。
これくらいならネリネで進める。
でも、一歩でもネリネから降りちゃったら全員危ないかもしれません。
振り落とされないように気を付けないと!
「全員! シルフィード・ドラゴンを探せ! 見落とすな!」
上のテラスから、おいたんの声が聞こえて来た。
作戦通り、カルミアさんとキルストンさんそれからホリー君やシルビアさん達とで手分けして、街の中に目を凝らしてるみたいだね。
それに加えて、街の中の逃げ遅れてる人々も探してるはずだよ。
どちらも見つけ次第、私に声がかかるはず。
それまでは、私も私の仕事をちゃんと果たさなくちゃ。
そう思って、サラマンダーの頭から飛び上がった時、おいたんの声が響いたのです!
「上だ!!」
声を耳にしたのと同時に、私は思い切りの力を込めて風の盾をネリネの頭上に展開した。
直後、ボフンッって言う音と共に何かが弾けて、大量の水飛沫が周辺の建物に降り注ぎました。
「危なかった!!」
「ハナちゃん! 頭上に気を付けてください! ティアマトが次から次に水を打ち込んできてます!」
カルミアさんの警告通り、さっきのはティアマトの放った巨大な水弾だったみたいです。
危うくネリネごと頭から水を被るところだったよ。
アリさんにとっての雨って、こんな感じなのかもしれないね。
「サラマンダー! できる限りティアマトの雨を避けて進んでほしいな!」
そんな要望を出しつつ、私は一度テラスに上がりました。
「みんな、大丈夫!?」
「はい! なんとか!」
手すりに掴まりながら返事をしてくれたカルミアさんは、ちょっと気分が悪そうだね。
それ以外の皆は問題なさそう。
一つ気になることがあるとすれば、手すりや床の一部がちょっとだけ濡れてることかな。
「もしかして、飛沫がとんできてた?」
「建物に落ちた水が跳ねて来ただけだ! それくらい、自分らで避けれるだろ」
キルストンさんは自信があるみたいだね。
でも、万が一を考えるなら、私が何とかしなくちゃ。
「ハナちゃん! 南の建物に人影が!」
「そろそろ進路を北に向けるべきですわ!」
「またティアマトの雨が降ってくるよ!!」
色々一気に起きすぎだよ!!
ほぼ真上から降り注いで来るティアマトの雨。
まずはそれを凌ぐために風の盾を頭上に展開した私は、目にしたのです。
弾けとぶ大粒の雨。
飛び散る飛沫。
それらのさらに向こう側、遠く高く離れた場所にリッタの魂がポツリとあります。
間違いない、ティアマトの身体の中にリッタは居るんだ。
「見つけた!!」
嬉しいはずなのに、素直に喜べない状況。
どうするべきなのか。
じっくりと考える時間が欲しいけど。
押し寄せる色んな情報が、私の頭を圧迫していくのです。
「その先の分岐で進路を北に!!」
「報告! 北側の建物の屋根上を、魔物らしき影が追ってきています!! うぷっ」
「あれはケルピーだ! みんな、テラスから引きずり落とされないように気を付けて!」
屋根から跳び移ろうとしてくる馬型の魔物ケルピーを警戒しながら、ネリネは北に向けて進路を変えました。
同時に飛び掛かって来るケルピー達。
そのほとんどは風の盾で吹き飛ばせたんだけど。
1頭だけ、テラスへの侵入を許しちゃった!
「ごめん! 私がっ!」
そう言いながら、風で対処しようとした私の視界を、一つの影が遮ります。
「テメェはテメェの仕事に集中してろ!」
目にもとまらぬ速さでナイフを振ったキルストンさん。
すると、着地したばかりのケルピーが力なく倒れちゃったよ。
でも、そんな様子をボーっと見てるわけにはいかないよね。
リッタの居場所は分かった。
大聖堂の場所も分かってる。
逃げ遅れた人たちも、魂の動きを見る限りでは各々で安全な場所に集まってるみたい。
あとは、ティアマトをどうにかするだけって感じだね。
状況はどんどん悪化してくばかりだけど。
まだ諦めるには早すぎます。
そうだよね?
リッタ。
降り注ぐティアマトの雨と、襲い来る魔物達。
それらを掻い潜りながら進む私達は、そこでようやく見つけたのです。
「ハナちゃん! 見つけました!! シルフィード・ドラゴンです!!」
「どこっ!?」
前方を見張ってたおいたんが指さす方。
建物の合間から見え隠れする大聖堂前の広間。
そこに確かに、横たわって藻掻いてるシルフィードドラゴンがいたのです。
藻掻いてる理由はすぐに分かったよ。
だって、全身に水が貼りついてるからね。
「広場についたら、私はシルフィード・ドラゴンの救出に向かうね! その間、ティアマトの攻撃をやり過ごせる!?」
「やってみないと分かりませんわ」
「やってもらわないと困るんですが」
「出来もしねぇやつが偉そうに言うんじゃねぇよ」
「喧嘩してる場合じゃないでしょ!! ハナちゃん! ボクもできることを全力でやるから、そっちは任せたよ!」
ホリー君の言葉を皮切りに、ネリネの屋内に退避してく皆。
テラスに残されたのは、私とシルビアさんだけ。
そんな彼女に、風に乗せて掬い上げた水をいくらか渡した私は、不安げな彼女に告げました。
「大丈夫だよ。このネリネは、リッタと一緒に私たちが作ったお家なんだから。雨も風も凌いでくれるはずだよ!」
「……そうですわね」
「それじゃ、また後で!」
大聖堂前の広場に跳び出すネリネ。
ここからが正念場ってやつだね。
まずは、広場の真ん中で藻掻いてるシルフィード・ドラゴンを助けないと。
「それじゃあ、行こっか」
そう言って私は、準備していた箒とシーツを取り出しました。
箒は飛ぶのをサポートしてもらうために、跨ります。
シーツはなるべく濡れるのを防ぐために、羽織ります。
相手は、海のようにおっきなティアマト。
ちょっぴり怖いけど、きっと私ならできるはず。
だって私は、リッタから沢山貰ったんだから。
知識も経験も命もね。
これは私なりの恩返しなんだよ。
リッタには、安心できる場所でぐっすり眠ってもらいたいんだもん。
それはティアマトの中なんかじゃないよ。
『また会う日を楽しみに』
そんな思いを込めて名付けたお家が、私たちにはあるんだから。
その思いのお陰で、私は帰ってくることが出来たんだから。
今度は、私が迎えに行っても良いよね?
っていうか、まだまだ一緒に居たいんだから、このまま帰ってこないとか言わせないんだからね!
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