第172話 カッコ悪い所
「死ぬことを恐れない?」
「うん」
「それはつまり、永遠に生き続けるということでしょうか?」
「そうじゃないかなぁ。どっちかっていうと、必死に生きるって感じだと思うよ? いつか死んじゃうことなんて忘れるくらいにね」
文字通り、必死だからね。
「……よく分かりません」
「まぁ、突然こんなこと言われても困るよね。今すぐに答えを出す必要なんてないから。その間に私は、プルウェアさんとお話でもしてこようかな」
「プルウェア様と!? な、何を仰っているのですか!?」
「そんなに驚くこと?」
全然自覚は無かったけど、ソレイユさんだけじゃなくて他の兵隊さん達も驚いてるから、よっぽど変なことを言っちゃったみたいだね。
「プルウェアさんって、この街に住んでるんじゃないの?」
「確かに、そう言われてはいますが……私達のような者が簡単にお会いすることなど、出来るわけがありません」
「そうなんだ。お話しすることもできないの?」
「当然です! そもそも、かのお方のお姿を見る事も恐れ多いことなのですから!」
え?
それじゃあプルウェア聖教の人たちって見たことも無いプルウェア様のことを信じてるの?
ますます訳が分かんなくなってきちゃった。
ソレイユさんはそれで良いのかな?
まぁ、それも含めてこれから分かって行くのかもしれないね。
「ふぅ。それじゃあ先にハナちゃんの言ってた教会を探しちゃおうかなぁ。同時にプルウェアさんに会う方法も考えれば良いよねぇ」
というワケで、そろそろネリネを街に引き入れようかな。
なんてことを考えた瞬間、私は小さな音を耳にしました。
コポッ
まるで、小さな水の泡が割れちゃったような、そんな音。
この音、どこかで聞いたことがあったよね?
たしか、懐古の器の……。
記憶を頼りに足元に視線を落とした私は、城壁の隙間に水泡を見つけたよ。
城壁だけじゃないね、街の中の道とか建物からも、次から次に水が湧き出し始めてるよ。
「これは……プルウェア様がお怒りになられているのです!」
城壁から身を乗り出して街を見下ろしながら叫ぶソレイユさん。
「え? これってティアマトっていう魔物じゃないの?」
「魔物などと一緒にしないでください! ティアマト様は、プルウェア様の御遣いなのですよ!?」
「へぇ~。ってことは、プルウェアさんの居場所を知ってるかもしれないんだね」
「な、何をするつもりですか……?」
「ちょっと居場所を聞いて来ようかなって。行こうか、シルフィード」
ソレイユさんと会話している間もずっと、彼女達を睨んで威嚇し続けてたシルフィード・ドラゴンに飛び乗って、私は街の中心を目指します。
懐古の器と同じ感じなら、どこかに水が集まり始めてるはず。
だったら、街の上空から探すのが良いでしょ。
「って思ったけど、そもそも探す必要なんて無かったかな?」
だって、オーデュ・スルスには大量の水が集まってる場所があるんだもん。
三日月形の街にある、大きな窪み。
海と一体になってるそんな場所の水位が、みるみるうちに上昇を始めたのです。
水位が上がるって言うのは、ちょっと違うかもだね。
こんもりと、大きく盛り上がり始めた水の塊が、ゆっくりと輪郭を現し始めたんだよ。
……ちょっと待ってね。
ティアマトって、こんなに大きかったっけ?
オーデュ・スルスの街を丸呑みに出来ちゃうくらい大きな水の龍が、私達を見降ろしてます。
懐古の器で見た、水の大蛇みたいなのとは全然違うのです。
一応、シルフィード・ドラゴンも結構大きいはずなんだけどなぁ。
「これはちょっと、戦うのは大変かもだね」
とはいえ、こんなところで逃げ帰る訳には行かないよね?
きっとネリネにいる皆にも見えてるはずだから、カッコ悪い所は見せられないし。
覚悟を決めましょう。
「いくよ! シルフィード!」
ソラリス母さんが見せてくれたティアマトの対処方法は雷砂だったけど。
今回は使えないかもです。
だって、風の台地と違ってオーデュ・スルスは、水が豊富にあるからね。
「とりあえず、吹き飛ばしてみようかなっ!」
強い風で遠くまでふっ飛ばしちゃえば、なんとかなるかも。
なんて思ったけど、そんな簡単にはいかないのです。
シルフィードの猛烈な風でも、ビクともしないや。
そうなってくると、ちょっと作戦会議が必要なんだけど。
とうぜん、ティアマトがそんな余裕を与えてくれるわけないのです。
シルフィード・ドラゴンに向けて、ティアマトの身体から幾筋もの水流が放たれる。
それらを素早い動きで避け続ける私達。
でも、やっぱり限界ってものはあるんだよね。
「くっ!」
水の筋がシルフィード・ドラゴンの翼を貫き、私は反動で中空に弾き飛ばされちゃった。
なんとかして体勢を整えなきゃ!
両手で風を掴み、回転する身体を止めようとした私は。
直後、冷たい衝撃を全身に受けたのです。
気が付けば、私は大量の水の中に閉じ込められちゃったみたい。
肩や脚や背中を押されるたびに、視界がグワングワンって回り続けてるよ。
きっと、落ち付いて状況を見極める暇を与えてくれるつもりが無いんだね。
うぷっ……。
気分、悪くなってきちゃった。
どうしよう。
このままじゃ……。
諦めるつもりは無いんだよ?
でも、なんだか、ちょっとずつ意識が……。
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