第171話 全ての人へ
東門の上から見えるオーデュ・スルスの街は、想像してたのとちょっと違ったよ。
てっきり、円を描くような城壁に囲まれた街だと思ってたんだけどね。
実際は円じゃなくて、三日月ような形をしてるみたいです。
窪んでるところは海に面してて、キラキラ光る水面の様子が東門からも垣間見えてるよ。
建ち並んでる石造りの建物も、全部お洒落だし。
きっと、陽が沈む時間になったら、窪みの所の水面のキラキラと相まって、すごく綺麗なんだろうなぁ。
って、街の綺麗さに感動してる場合じゃないよね。
城壁の上にも兵士さん達が集まり始めてるし、そろそろお話の続きをしないと。
「もうみんな気付いてると思うけど、この小鳥たちは皆の怪我とか病気を治してくれてるからね」
空を飛び交う小鳥たちは、すでに街中至る所に行き渡ったみたいだね。
それはつまり、宣言する準備が整ったってこと。
「だから、私は改めてここに宣言しようと思うんだ。この街、オーデュスルスに住んでる全員、敵とか味方とか関係なく、全員が、命を落とすことを禁止します!」
これは不死の宣言。
死神としての私が一方的に突き付ける要求です。
「命を落とすことを禁止してるワケだから、当然、誰かの命を奪うことも禁止だよ? 当たり前だよね?」
戦争だろうと、なんだろうと、今この時だけは私が許さないから。
返事なんて、どこからも聞こえてきません。
まぁ、私が突然始めちゃったから仕方ないかもだけど。
騒めく街の中から聞こえてくるのは、大きく分けて2つの音。
1つは、兵隊さんたちが慌てて動き回ってる音だね。
そしてもう1つは、街中を走ってる人々の声みたい。
「大聖堂へ向かえ!」
「今しかないぞ!!」
「待ってろよ!!」
雄叫びにも近い声を上げながら走って行く彼らの姿は、この街の中で異質に感じられるね。
多分、彼らは選択したんだ。
今だからこそ出来る選択を。
ずっと、押し殺してきていた選択を。
そんな様子を眺めていると、私を取り囲むように沢山の兵隊さんがやって来たよ。
手に武器を持って、こんなところまでご苦労様だよね。
でもさ、意味なんかないって気づけないのかな?
「私言ったよね? 誰も命を落としちゃダメだって。誰の命も奪っちゃダメだって。私に触れることもできないのに、アナタたちは何をしに来たのかな?」
そんな私の言葉を無視して、槍を突き付けて来る兵士達。
彼らは何を考えて、こんなことをしてるんだろう?
もしかしたら、何も考えていないのかもしれないよね。
私がそう思った時、兵士達をかき分けるようにして白いローブを身に纏った女性が1人、姿を現しました。
「私達は悪人には屈しません!」
「あなたは?」
「わ、私はソレイユ。プルウェア聖教の司祭です」
そういう彼女は胸の前で祈るように手を組んでるよ。
怖がってるのかな?
手がちょっとだけ震えてるみたいだね。
「私のことが怖い?」
「そ、そのようなことは……いいえ、そうですね、認めましょう。私は恐れています。死神の貴女がこの街で残虐な行為に及ぶことを」
「そっか。でもさっき言ったように、私はこの街で誰かが命を落とすことを許さないんだよ?」
「そのようなこと、口ではいくらでも言えるではありませんか!」
「そうだね。じゃあ、彼らの行動の事は、どう説明するつもり?」
そう言って私は、街の中心に向けて駆けて行ってる人々を指さしました。
途端、ソレイユさんは考え込むように口を噤んじゃったよ。
なにか思う所でもあるのかな?
だとしたら、彼女とお話をしてみたいところだね。
「か、彼らは……」
「彼らは、どうしたの?」
「……」
「答えにくいのかな? まぁ良いけどね」
実際、私も彼らが具体的に何をしようとしてるのかは知らないし。
重要なのは、そこじゃないしね。
「ソレイユさん。私がこの街に何をしに来たのか分かるかな?」
「プルウェア様への反逆を―――」
「違うよ。プルウェアさんとお話したいってのはあるけど、そうじゃない。私はね、解放しに来たんだよ」
「解放?」
「うん」
怪訝そうに眉を顰めるソレイユさん。
そんな彼女から視線を外した私は、街に目を向けます。
「過去に囚われて、現在を移ろって、未来を繰り返す。そうやって苦しんでる皆を、解放しに来たんだよ」
「何を言って……」
「ふふっ。難しいかな? でも、みんな知ってるはずなんだ。だって、どれにも当てはまることが1つだけあるんだもん」
「当てはまること?」
「うん。それも、平等にね」
どうして、過去の失敗に囚われちゃうのか。
どうして、現在を必死に生きようと移ろうのか。
どうして、未来への不安を何度も繰り返すのか。
「全部、死が怖いからだよね」
人によって、見てるものは違うかもしれないけど、最終的に行きつくのはこれだと思うのです。
だから私は、不死の宣言をすることにしたんだよ。
これできっと、多くの人に選択肢を与えることが出来ると思ったから。
死の恐怖を利用して選択肢を奪うようなことも、出来なくなるでしょ?
「ソレイユさん。―――ううん、違うね。これを聞いてる皆に、私は聞きたいんだ」
改めて言い直しながら、私は私の声を風に乗せて街中に響かせます。
「もし、死ぬことを恐れる必要が無くなったら、皆は何をしたいと思うかな? 何ができるようになりたいと思うのかな?」
これはソレイユさんだけに対する質問じゃありません。
死ぬことを一度でも恐れた人、全ての人への問いかけです。
この問いかけに対して、皆がどんな答えを選択をするのか知りたいんだよね。
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