第170話 悪人の特徴
この街から見える海と空は、とても綺麗なのですよ。
それがなぜだか知っていますか?
水の源。
古の時代からその名で呼ばれ続けているこの聖なる都は、水の主神プルウェア様が住まう家だと言われているのです。
つまり、プルウェア様はこの都から世界を浄化しているといっても差し支えは無いでしょう。
この都を囲う海も、降り注ぐ雨も。
何もかもが、プルウェア様による浄化なのです。
それが例え吹き荒れる嵐であろうとも。
きっと、この世界からより大きな邪悪が消え去ったのですね。
プルウェア様に感謝しなければなりません。
嵐が過ぎ去った後、そのようなことを談笑することが私たちにとっての恒例になっています。
とはいえ、今の私にそれほどの余裕はないのですが。
「ソレイユさま! こちらもお願いいたします!」
「わかりました! この方の治療が終わったらすぐにそちらへ向かいますので、もう少しお待ちください!」
疲労と無数の噛み傷で横になっているこの殿方を治療したら、また次のテントに向かわなければなりませんね。
祈りこそが、私の使命なのですから。
プルウェア様より授かった『祈り』の力のおかげで、私はこの街で多くの方を助けることが出来ています。
これ以上の幸せが、一体どこにあるというのでしょう。
少なくとも、私には見つけることが出来そうにありませんね。
それにしても、散り散りになって逃げ帰って来た方々の様子から察するに、あの噂は本当だったのでしょう。
死神がこの国に攻め込んできている。
考えるだけでも恐ろしい事態です。
世に蔓延っているという悪人の中でも、最も残虐で恐ろしい存在。
そのような者が攻め込んでくるのならば、私はその身を賭して戦わねばなりません。
……そのはずなのですが。
私はまだまだ未熟なのでしょう。
震えているこの手をストレンに見られたら、きっと笑われてしまいますよね。
『プルウェア様に愛されている貴女が、恐れを抱くのはなぜですか?』
きっと、そんな風に叱責されてしまうコトでしょう。
「しっかりしなくては……」
想像の中のストレンの言う通り、私はプルウェア様の愛に答えなくてはいけません。
今いるこのテントの中のけが人は、全員治療を終えましたね。
それでは、次に参りましょう。
はやる気持ちと共にテントから出、次のテントを目指します。
こういう時、司祭のローブは足に纏わりついて邪魔ですね。
今すぐに脱ぎ捨ててしまいたいところですが、そんなことはできないのです。
それは善き行いではありませんから。
私を見て大きく手招きをしている修道女の元へ急ぎます。
そうして招かれたテントの中には、先ほどと同じように大勢の兵士たちが横になっているようでした。
「これは……」
「霧の森の中で、ウルフの群れに襲われたようです」
「早速始めましょう」
ざっと見た限りでも、腕に深手を負っている方が数名いらっしゃるようです。
それでも、深手が腕だけだったからこそ、ここまで逃げ延びることが出来たのでしょう。
もし足や腹などに食らいつかれていれば、逃げおおせることなどできなかったはずですから。
あと何人のけが人を治療すれば、終わるのでしょうか?
もしかしてオーデュ・スルスの外にいる悪人を、全て滅ぼすまで続くのでしょうか。
―――それは、本当に可能なことなのでしょうか?
ふと、そのような考えに至った頭を振って、けが人に意識を戻そうとしたその時。
私は目の前に横たわっているけが人の上に、1匹の小鳥が降り立ったのを目にしたのです。
見た事のない鳥。
なんという種類の鳥なのでしょう?
そんな、どうでも良いことを知るために鳥を観察した私は、大きな違和感を抱くことになりました。
「この鳥……生物じゃない?」
「きゃぁ! 何が起きているの!?」
背後から聞こえてきた悲鳴。
反射的にテントの入口を振り返った私は、無数の小鳥が飛び込んできている様子を目の当たりにしました。
「まさか、敵襲ですか!!」
「分かりません!」
敵なのか、味方なのか。
どちらか分からない以上、対処が必要です。
とにかく最優先は、けが人を守る事ですね。
そう思い、足元のけが人に視線を落とした私は、そのけが人がゆっくりと体を起こしたことに驚き、思わず声を上げてしまいました。
「ちょっと!! まだ起き上がってはダメです! 傷口が……」
「もう治りました、ソレイユ様」
このようなことがあり得るのでしょうか?
彼が言うように、さっきまで痛々しい状態だった腕が、きれいさっぱり治っています。
まるで、私の持っている『祈り』の治療を受けた後のようです。
その代わりと言って良いのでしょうか、さっき彼の上に降り立った小鳥が、きれいさっぱり消え去っています。
間違いありません、他のけが人たちも、小鳥が触れることによって治っているのをこの目で確認できました。
ということは、この小鳥たちはプルウェア様が遣わした使者というコトでしょうか?
きっとそうに違いありません。
あぁ、プルウェア様。
感謝いたします。
やはり、善き行いをする者に、慈悲の心を―――
「やったぞ。死神を連れてこれたんだ」
あまりに感動的な状況に、私が心の中で祈りをささげようとした時。
けが人の一人が予想もしなかったことを告げたのです。
「え? 今なんと」
「間違いない! あの鳥だ! 死神を、ここまで誘導することに成功したんだ!!」
「これで娘をぉ……ぐっ……うぅ」
「待ってろ! マチルダ! 今迎えに行くからな!」
どうやら、困惑しているのは治療をしていた修道女や私だけのようです。
歓喜に満ちた声とともに、次々と立ち上がり始める兵士達。
彼らの目には、私の姿など映っていないようです。
「ソレイユ様! あれを!!」
一人の修道女がテントの入口から外を指さしています。
ゾロゾロとテントから出て行く兵士たちの流れに乗り外に出た私は、東の正門を見上げました。
……見上げざるを得ませんでした。
空を覆い尽くさんばかりに飛び交っている無数の鳥たち。
そして、正門の上に鎮座している巨大な風のドラゴン。
それらを見ると同時に、私の脳裏には先ほどの兵士たちの言葉が過ります。
「あれは、まさかっ!」
嫌な予感ほど良く当たるとは、昔から言いますよね。
私の手が震え始めるとともに、予感が現実へと変わってゆきます。
「こんにちは、私の名前はリグレッタです。死神だよ。オーデュ・スルスに住んでる皆さんに、ちょっとお話があるんだけど、良いかな?」
空ごと街を震わせている割に、砕けた感じの挨拶。
ですが、油断してはなりません。
昔から言うではありませんか。
うまい話には裏がある。
そうやって人々を欺くのも、悪人の特徴なのですよ。
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