第169話 二度目の宣言
聖都オーデュ・スルスに向かう道中、私達は不思議なものを目にしました。
大きな河に岩の橋を架けようとしてたらね、河の中から大きな泡が沢山出て来たんだよ。
初めは、プルウィア聖教からの攻撃かと思ったんだけど、特に害はないわけで。
正直、戸惑ったよね。
ハナちゃんに聞いたら、過去にも同じことがあったらしくて、その時はこの泡が出てすぐにプルウェア聖教の軍隊がイージスさんを捕まえに来たんだって。
「つまり、この泡はプルウェア聖教に敵対する存在を見つけた場合に発される警告みたいな物ってコトかな?」
橋を作るためにネリネから降りてた私達の傍で、ホリー君が顎に手を添えながらそう言いました。
すると、河の中に行ってたカッツさんが、ピチピチと動く魚を片手に戻って来たよ。
「泡の正体が分かったっスよ。フレイが言うには、河のなかに居る魚とか蟹とかが吐き出してるらしいっス」
「それはつまり、自然の生き物に街の警備をさせているということですか……王都アゲルでも、マネできないでしょうか」
「出来るわけないでしょう? 少し落ち着きなさい、カルミア」
「す、すみません」
よっぽど街の警備が大変なのかな?
カルミアさんは河の上にフワフワ浮かんでる泡を、羨ましそうに見てるよ。
「でも、そういうことなら今の私たちにはあまり関係のない話かもしれないね」
「どーして? ここにいるってバレちゃうんだよ?」
「ハナちゃん。私達は今、ネリネで移動してるんだよ? つまり、こんな泡なんて頼る必要なく、プルウェア聖教は既に私達の居場所を把握してるはずだよね?」
「そっか」
歩く家なんて、目を引かないわけがないもんね。
「リグレッタの言う通りだね。この先の河に居る視線とやらが全部同じような感じだったら、あまり気にする必要はなさそうだ」
「一応、他に異変がないかだけは警戒しておいた方が良いでしょう」
「さすがはカルミア隊長ね。城の警備に慣れてるだけあるわ」
「いえ、私はお二人の身の安全を任されていますので」
畏まった様子で告げるカルミアさんを、ハリエットちゃんがちょっとからかってる。
それだけ信頼してるんだろうな。
その関係性を羨ましいと思いつつ、私はハナちゃんと一緒に橋づくりを終わらせました。
ネリネが通れるだけの大きな橋となると、結構大変だね。
特に、このあたりの地面は柔らかいから、固い岩を奥深くから掘り出して来るのに手間取っちゃったよ。
それに河口が近いからかな、河端も広いんだよね。
その分、作る橋も長くなっちゃうのです。
「よし、橋も出来たし次に行こう!」
「いこー!」
そう叫んだハナちゃんが、ネリネに乗ることなく橋の上を駆け出して行っちゃったよ。
よっぽど自分で作った橋を渡りたかったのかな?
でもまぁ、たまには自分の足で歩くのも良いかもだね。
「ホリー君、私達はこのまま歩いて進むから、ネリネの方は任せても良い?」
「うん、分かったよ」
この河を渡っちゃえば、越えるべき河はのこり2本。
その道中も、小さめの丘くらいしかない開けた道だから、警戒はしやすそうだね。
ネリネの上からなら、きっともう海岸線も見えてるはずだよ。
橋を渡って、大きな河に突き当たれば私とハナちゃんが橋を架けて渡る。
やるべきことさえ分かっちゃえば、すんなりと終わっちゃうもんだよね。
気が付けば私達は、波の音に囲まれた壮観な街―――聖都オーデュスルスを見上げていたのです。
「思ってたよりも、大きいや」
ネリネが何個入るんだろう?
少なくとも、島の入り口っぽい所にある大きな門は、ネリネでも簡単に通れそうだよ。
「……」
海風に綺麗な白髪を靡かせるハナちゃんは、オーデュスルスの街並みを見上げながら黙り込んじゃってる。
なにか思いだしてるのかな?
取り敢えず、水面の反射を受けてる彼女の横顔は綺麗だね。
「リッタ? どうかした?」
「ううん。なんでもないよ」
ハナちゃんったら、こんなに大きく育っちゃって。
私は凄く誇らしいよ。
なんて思いを胸にそっとしまった私は、今一度オーデュ・スルスを見上げて呟きました。
「この場所が、きっと全ての始まりなんだよね」
プルウェア聖教の街。
それはつまり、ソラリス母さんが―――解放者が住んでた街。
同時に、母さんと父さんが出会った街でもあって、二人が逃げ出した街でもあるのです。
ハナちゃんにとっては、長い長い眠りのきっかけになった街でもあるはずだよね。
「まさか、森を出てこんな遠いところまで来ることになるなんて、思ってなかったなぁ」
「リッタ、後悔してる?」
「う~ん。そうだねぇ、きっと森から出ずにのんびりダラダラ過ごしてた方が、楽だったかもしれないなぁとは思ってるよ」
「そーだね。川で水遊びして、花火もして、お茶も飲んで。楽しそう」
「でも、きっとそうしてたら、こうしてハナちゃんと肩を並べて立つことなんて、一生できなかったとも思うんだよね」
「……うん」
ダラダラ過ごした私が今の私達を見ることになったら、きっと「ズルい!」って言うに決まってるのです。
それだけのものを、私はこの旅の中で手に入れてきた気がするから。
そんな私の考えを知ってか知らずか、ハナちゃんがそっと私の右手を握って来たよ。
小さくて柔らかな手。
すぐに握り返すと、ハナちゃんが嬉しそうにはにかみます。
あぁ、可愛いなぁ。
ずっとずっと、傍に居たいなぁ。
思うだけで、言葉にはしません。
だって、それは願うコトじゃなくて選択してくことだからね。
「さてと。それじゃあそろそろ、オーデュ・スルスの皆さんに挨拶にでも行ってこようかな」
「挨拶に行くの? ならハナも」
「ハナちゃんは、ネリネを護ってて欲しいんだけど、出来るよね?」
「うん。出来るよ」
「一緒に行きたいんだけどね。これはきっと、私がやらなくちゃいけないことだから。取り敢えず、挨拶出来たらネリネごと街に入れてもらえるように話はしてみるから、それまで少し待っててね」
「わかった!」
宣言したのは私だからね。
皆がそんな私を応援してくれてるのは分かってるけど、いつも頼りっぱなしってわけにはいかないのです。
だから、少し後ろで手伝っててもらうくらいが良いと思うんだよ。
ハナちゃんがネリネに戻ってから数分後、数匹の小鳥が私の元に飛んできました。
それは、万能薬で作られた小鳥たち。
私がゴリ押しで聖都オーデュ・スルスに向かうって決まった時から、カッツさん達が準備してくれた子。
肩に乗った小鳥の嘴を突いた私は、一歩を踏み出します。
一度宣言したことなんだから、何度だって宣言できなくちゃダメだよね?
吐いた息をシルフィードに練り上げ、吹き荒れる風に乗って聖都の上空に向かいます。
シルフィード・ドラゴンを引き連れて、正門の上に降り立った私。
視界のあちこちで、衛兵さんっぽい人たちが慌ててるのを見ながら、私は口を開きました。
二度目の宣言を、響かせるために。
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