第168話 見えないのが当然
晴れ渡る空の下、私達はようやく沼地を抜け出すことが出来ました。
長かったね。
やっぱり硬い地面が一番なのです。
サラマンダーも沼地を抜け出せて嬉しかったのかな?
ちょっと足並みが軽くなってる気がするよ。
小高い丘をグングンと進んでくネリネ。
そんな丘のてっぺんに到着したところで、私達はやっと目的地を視界に収めることが出来たのです。
聖都オーデュ・スルス。
その姿は、水の主神プルウェアが住む街と言われて納得せざるを得ないものだったよ。
「海の中にお城が建ってる……」
「あれはタイダル・アイランドと呼ばれる地形で、潮の満ち引きで島への道が現れたり沈んだりするんだよ。ボクも実物を見るのは初めてだけど、凄いなぁ。今は潮が満ちてるみたいだね」
テラスから身を乗り出すようにして聖都を見ようとしてるホリー君は、分かり易く興奮してるね。
気持ちは凄く分かるけど。
四方を海に囲まれた島とそこに聳えてる大きなお城は、見てるだけで圧倒されてしまいそうです。
島の大きさはブッシュ王国の王都アゲルよりも大きいみたい。
「夜に篝火とかを焚いたら、きっと綺麗に見えるわよね」
ハリエットちゃんったら、ステキなことを言うよね。
ぜひ、その光景を見てみたくなっちゃったよ。
ホリー君と同じように、手すりに身を寄せてるハリエットちゃん。
彼女の言葉に私が頷いて同意を示していると、ホリー君が大きく息を吐きだしました。
「ふぅ。感心ばかりしてられないよね。リグレッタ。これからあそこに行くにあたって、今一度確認したいことがあるんだ」
「ん。何かな?」
「まずは河かな。ここから見えるだけでも、オーデュ・スルスまでに大きな河を3つは越えないといけない。ネリネで渡れるかな?」
「それはまぁ、私とハナちゃんで大きな橋を作れば大丈夫でしょ」
「それって大丈夫なの? ハナちゃんが言ってたこともあるでしょ?」
私たちの会話を聞いてたらしいハリエットちゃんが、指摘してきました。
ハナちゃんが言ってたこと。
って言うのはきっと、川の中から見られてたってことだよね?
もしそれが魔物とかだったら、対処は難しくないはず。
だけど、プルウェアに関係する何かだったら、警戒しておいたほうが良いよね。
「橋に関しては、リグレッタに任せることにしようか。もう一つ問題があるとしたら、海かな。さすがに潮が満ちてる状態でオーデュ・スルスに入るのは難しいだろうし」
「それも橋を作れないかな?」
「プルウェア聖教がそれを黙って見てるとは思えないけどね。ボクらが橋を渡ってる最中に橋を壊されたら危ないだろ?」
たしかに、街から離れた河にかける橋と、街の入り口にかける橋じゃ意味が違うもんね。
やろうと思えばできるけど、大勢を危険な目に合わせてまでやる事じゃないかな。
「というワケで、オーデュ・スルスに入るには引潮を待つしかないと思ってる」
「うん。私も賛成かな。ちなみに、潮が引くのはいつ頃になるんだろ?」
「それはボクも分からないよ。もしかしたら、シルビアとキルストンなら知ってるかもだけど」
そのシルビアさん達は、昨日の騒動の後からずっと、部屋にこもってるんだよね。
きっと、これからについて何かしらの判断をしてるところだと思います。
まぁ、キルストンさんがのぼせちゃったのも関係あるかもだけどね。
「ベルザーク様は知らないのかしら?」
「確かに、聞いてみるのはありかもしれないね」
そんな話の流れで、私達は4階の鍛練場に向かいました。
予想通り、ベルザークさんとハナちゃんが朝の鍛錬をしてるみたいだね。
ハナちゃんもだいぶ解放者としての生活に慣れて来たみたいです。
「あ、リッタだ! おはよー!」
「おはよー。頑張ってるねぇ」
「リグレッタ様。なにかあったのですか?」
汗を拭きながら私達の元に駆けて来るハナちゃん。
ベルザークさんに関しては、相変わらずの上裸でこっちに歩いて来てるよ。
そんなことしちゃったらハリエットちゃんが……あ、もう遅かったかも。
「べ、ベルザーク様ぁ!! 服を着てください!!」
「これは失礼しました」
「大げさだなぁ、ハリーは」
「そ、そんなことっ!」
「どうせ内心は喜んでるくせにさ」
「ホリー兄さま!?」
「ははは」
もうこんな感じのくだりは日常茶飯事になっちゃったね。
それでも慣れない様子のハリエットちゃんは可愛いな。
っていうか、ベルザークさんってワザとハリエットちゃんを困らせてるんじゃない?
なんかそんな気がしてきたよ。
まぁ、今日に関しては、私たちの方から会いに来たから違うんだろうけど。
いそいそと上着を羽織ってるベルザークさん。
そんな彼に向けて、ホリー君が声を掛けました。
「実は、テラスから聖都オーデュ・スルスが見えたんだけど、今は満潮みたいで。潮が引く時期とか知ってたら教えて欲しいんだ」
「潮ですか。残念ながら、詳しくは知らないですね。ですが、半日ほど経てば引くものではないですか?」
「そっか」
彼の返事はある程度予想してたのか、ホリー君は小さく頷きながら考え込み始めたよ。
代わりにって言うと変だけど、ハナちゃんが私を見上げて言いました。
「街が見えたの?」
「うん。海の中にお城があったよ」
「教会も見えた?」
「あー、それはわかんなかったかなぁ」
そもそも私は、教会の見た目を知らないしね。
「見に行く!」
そう言ったハナちゃんは一人で階段を駆け上がって行っちゃったよ。
焦らなくてもいいのにね。
ベルザークさんを含めて、みんなでテラスに戻ることにします。
先にテラスに到着してたハナちゃんは、さっきのホリー君みたいに手すりから身を乗り出して一生懸命にオーデュ・スルスを観察してる。
と、そんな彼女の元に向かう途中で、ベルザークさんが質問を投げかけてきました。
「ところでリグレッタ様。オーデュ・スルスに着いたらどうなされるつもりなのですか?」
「え? 取り敢えずはハナちゃんが居たっていう教会を探して、あと、母さんたちの痕跡も探して、それから、プルウェアさんも探さなくちゃだよね」
「えぇっと、リグレッタ。それってかなり難しいことだと思うんだけど」
呆れたように告げるハリエットちゃん。
彼女の言葉を引き継ぐように、ベルザークさんが言います。
「そうですね。そもそも街に入ることを奴らが許すとは思えませんし」
奴らって言うのは、プルウェア聖教の偉い人達ってことだよね?
確かに、私は嫌われてるからなぁ。
「邪魔されちゃったら、それはもう無理やり入るしかないかなぁ」
「つまり、ゴリ押しでいくと?」
「私だけなら、偉い人をここに連れて来るくらいは出来ると思うんだよねぇ」
「まぁ、その通りだとは思いますが」
「もしその時に、プルウェアさんが出て来たら、話もできるでしょ?」
「なるほど」
プルウェア聖教の人たちを説得するためには、きっとプルウェアさんと話をしないと始まらないと思うのです。
そのためには、私が前面に出るのが一番分かり易いよね。
「プルウェアがすんなりと表に出て来ればいいのですが」
「それはやってみないと分からないよね」
珍しく不安げに告げるベルザークさん。
でも、不安がる必要なんて無いんだよ。
どっちに転んでも、私がやることは決まってるんだから。
「ハナちゃん! 教会は見えた?」
「ん~。ここからじゃわかんない!」
丘を降りるネリネのテラスで、ハナちゃんが首を横に振りながら告げる。
見えないなら仕方ないよね。
それで不安がる必要は無いのです。
そもそも未来のことなんて、見えないのが当然なんだから。
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