第167話 判断材料
猛烈な風と雨がネリネに吹き付ける音。
それだけでも、外の荒れ具合が分かるよね。
こんな中で作業をする羽目にならなくて良かったよ。
外にいたプルウェア聖教軍の兵士達も、今頃は私とハナちゃんが作った小屋の中で、のんびりしてるはずです。
ハリエットちゃんたちもみんなお風呂に行ったみたいだし、私たちものんびりしようか!
なんてことをハナちゃんと言ってたんだけどね。
どうも、そういうワケにもいかなくなっちゃったみたいなのです。
「で、何があったの?」
「まずは私から簡単に説明させてもらいましょう」
そう言ったのは、私の対面に立ってるカルミアさんです。
キッチンの中、そんな彼女の両脇にカッツさんとキルストンさん、そしてシルビアさんが座ってるような状態。
とてものんびりできるような空気じゃないね。
「はい、お茶だよ」
「ありがとう、ハナちゃん」
この空気を少しでも和ませるためには、やっぱりお茶が必要だよね。
それに、ハリエットちゃんのお茶菓子も少し添えれば、言うことなしなのです。
「私が把握している情報としては、カッツが盗み聞きをしていて、それにキルストンが怒ったということくらいでしょうか。ただし、キルストンがカッツを殺してしまいそうな勢いでしたので、止めた次第です」
カッツさん……盗み聞きって。
どうしてそんなことしたんだろ?
それにキルストンさんも、それでカッツさんを殺そうとするなんて、さすがにやりすぎじゃないかな?
それだけ、聞かれたらマズいことでも喋ってたとか?
取り敢えず、カッツさんにどうして盗み聞きをしたのか聞くのが良さそうだね。
「カッツさん。どうしてそんなことをしたのかな?」
「それは……」
「んなこたぁ決まってんだろ? こいつは俺達を信用できなかった。それだけだ。まぁ、俺達もお前達のことを信用してるなんざ言わねぇがな」
「そうですわね。あくまでも利害の一致で行動しているだけ。だからこそ、無用な詮索はするべきではなかったのです」
信用かぁ。
そういう意味では、キルストンさんとシルビアさんは今回の件で完全に私達に対する信用が無くなったみたいだね。
これは私の感覚的な話だけど、嵐が来る前と今じゃ、シルビアさんの態度が違って見えるのです。
キルストンさんに関しては、最初からなかったみたいだけどさ。
信用を無くす。
それはつまり、協力できなくなるってことだよね。
今の所、私は別に困らないけど。
でも、それは今だけの話かもしれないのです。
っていうか、キルストンさんとシルビアさんは困るんじゃないかな?
私がそんなことを考えた時、カッツさんが口を開きました。
「確かに、俺は二人のことを信じてなんかいなかったっス。それはお互い様だってことも理解してたっスよ」
「それならなぜ、あんなことをしたのですか?」
「そうっすね、調べておく必要があると思ったからっス」
そこで言葉を区切ったカッツさんは、シルビアさんに向けてた視線を私に投げてきました。
「懐古の器を見た後、シルビアがソラリス達に反応してたのは覚えてるっスよね?」
「あぁ、うん。覚えてるよ」
「それはつまり、ソラリス達の存在が二人の行動に何かしらの関係があるんじゃないかって思ったっス」
「なるほど」
私はそんな風には思わなかったけど。
確かにそう言われると関係がありそうに思えちゃうね。
なんて、カッツさんの言葉に納得してたら、キルストンさんが勢い良く立ち上がったよ。
「てめぇ、何を言うつもりだ?」
「そうっスね。俺の考えはあながち間違ってなかったってことっスかね」
ん。
もしかしてカッツさん。
盗み聞きした内容を話すつもりなのかな?
だとしたら、ちょっと待って欲しいね。
「カッツさん。その話は少し待っててくれるかな?」
「それは構わないっスが、ただ、聞かずに無視するのはおススメしないっスよ?」
「そういうコトじゃないんだよねぇ」
腑に落ちないって感じの顔をしてるカッツさん。
訝しむように私を睨むキルストンさんとシルビアさん。
そして、双方の間に割って入ってるカルミアさん。
皆の視線を受けながら、私は1つの術を展開しました。
想いの灯火。
久しぶりに使うよね。
青白い光を放つ小さな灯に、キルストンさんとシルビアさんが困惑してる。
「大丈夫だよ。これはね想いの灯火っていって、私の記憶を映像にして映すことが出来るものだから」
「記憶を映像に?」
「そう。二人はソラリス母さんとイージス父さんのことを知りたいんでしょ? せっかくだし、話すよりも見てもらった方が伝わるかなって思ってさ」
そして私は、二人の返事を待たずに記憶を再生し始めました。
今までに見て来た懐古の器が次々に映し出されていきます。
全てを見終えた時、難しい顔をしたキルストンさんと、顔を赤らめてるシルビアさんが顔を見合わせています。
「どうだったかな? いま見てもらったのが、私の父さんと母さんなんだけど」
「ステキ……ですわね」
「おい、何を言ってやがる」
「キルストン。やっぱりソラリスとイージスは私達と同じだと思いますわ」
「どこがだよ」
「互いに愛し合っているにも関わらず、追われる身になっているのです。同じではありませんか!」
「ふざけんな。誰が愛し合ってるってんだ?」
「ふふふ。素直ではありませんね。それもまた、可愛らしいのですが」
ちょっとシルビアさん。
それ以上キルストンさんを刺激するのはやめて欲しいなぁ。
ここで暴れられたら、キッチンがメチャクチャになっちゃうからね。
「で、これからどうする?」
そんな私の問いかけに、キルストンさんが噛み付くように口を開きました。
「勘違いするんじゃねぇ。こんなことでお前らを信じるなんてことは―――」
「そんなことを聞いてるわけじゃないよ? 私はただ、判断材料を渡しただけだからね?」
二人が興味を示してた父さんと母さんの情報。
そこから何を得たのか、何を思ったのかは分かりません。
でも、得た情報を元に今後を選択するのがキルストンさんとシルビアさん自身だってことは、明確だよね。
ちなみに私なら、お茶のおかわりを求めるかな。
他の皆は何を求めるんだろ?
私がそう考えた時、今までずっと黙ってたハナちゃんが、お菓子を飲み込んだ後、告げました。
「ねぇ、そろそろお風呂に行こ?」
「お、良いねぇ。それじゃあシルビアさんとキルストンさん。私達はお風呂に行くから。あれだったら一緒に行く? あ、キルストンさんは男湯だからね! カルミアさんも、行こうよ」
「え、ですが……彼らだけにしてしまうのは」
「良いんだよ。もしこの後、私達のお風呂を邪魔するつもりなら、その時はネリネから降りてもらうから。まぁ、そんな選択はしないで欲しいけどね」
嵐の中、雨風を凌げない沼地に放り出されるなんて、きっと嫌だよね。
さすがにそんな判断ミスをすることも無く、キッチンに居た全員でお風呂に向かうことになったのです。
ゆっくりとお湯に浸かれば、怒りもきっと溶け出して行っちゃうよね。
「あの……そんなにマジマジと見ないで頂きたいのですが」
「シルビアさんって、すっごく肌がきれいだよね。あぁ……触ってみたいなぁ」
「こ、殺す気ですか!?」
「冗談だよ、冗談」
「リグレッタ殿、それは冗談にはなっていないような」
「リッタ! 代わりにナデナデしてぇ!」
「うぉ~。よぉ~しよしよし! ハナちゃんったら、可愛いんだからぁ」
「えへへぇ」
警戒するように離れたところに腰を下ろして湯に浸かってるシルビアさん。
それだけ離れててくれたら、私の方も気を張らなくて済むからありがたいよね。
ふぅ。
それにしても、隣の男湯にはカッツさんとキルストンさんしかいないみたいだね。
離れた位置で微動だにしない2つの魂から察するに、喧嘩みたいなことはしてないみたいで安心したよ。
なんて思ったんだけどねぇ。
お風呂から上がって休憩室でのんびりしてたら、事件が起きたのです。
初めに気が付いたのは、フレイ君でした。
「カッツ兄ちゃんが居ないんだよ!」
慌てた様子でそういうフレイ君に、まだお風呂から出てきてないことを告げます。
随分と長風呂をしてるとは思ったんだけど。
まさか、どっちが先に風呂から上がるか勝負をして、お互いにのぼせ上ってるなんて思わないじゃん?
「くそっ、じゃまをぉ……するなぁ」
「そうっスよぉ……おれのほーがぁ……」
「何をしているんだ、こいつらは」
風呂の中から担ぎ出してくれたベルザークさんが、呆れたようにため息を吐いてます。
まぁ、良いんじゃないかな。
案外、この二人は仲良くなり始めてるってことだよね?
「もう……可愛らしいですわね」
キルストンさんに膝枕をしてあげてるシルビアさんは、どこか嬉しそうだし。
これで良かったということにしておきましょう。
そんなこんなで、私達は嵐が過ぎ去るのを待つのでした。
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