第166話 付け入る隙
はぁ!?
子供が欲しい?
ま、まさかこいつら、こんな状況でそういうことをするつもりじゃないっスよね!?
そんな叫びを胸の内でグッと噛み殺しつつ、俺は耳に意識を集中した。
い、いや、全然期待なんかしてないっスよ!?
大体、俺のイメージしてるキルストンって男は、こんな場所でそんなことをする奴じゃないと思うっスからねぇ。
「ふざけてんのか?」
幸い、俺の推測は間違ってなかったみたいで、キルストンが明確に否定してくれたっスよ。
良かったっス。
「ふざけてなどはいませんけど……でも……」
「やっぱりお前、あいつらに影響され始めてるんじゃねぇだろうなぁ?」
「そのようなことはっ! ありえません」
「じゃあ何がそんなに気になってんだ?」
「それは」
そう言ったシルビアは、静かに黙り込んだみたいっス。
この短い話を聞くだけでも、キルストンの警戒心は想像以上に強いことが分かるっスね。
なぜそれほどの警戒心を持つようになったのか。
気になるところではあるっスが……。
それよりも先に注目するべきは、シルビアの方かもしれないっスね。
キルストンの言う通り、シルビアはリグレッタ達と過ごすことで警戒心が弱まっている可能性がある。
それはつまり、付け入る隙が生まれてるって証拠っス。
そんなことを考えてると、部屋の中で何かが軋んだ音が聞こえてきた。
恐らく、ベッドの音っすね。
少なくとも、ベッドの上でくんずほぐれつしてるような音じゃなくて、安心っス。
「……やはり、私は少し影響を受けているのかもしれませんね」
「んなこたぁ、傍から見てりゃ分かってんだよ。で、何がそんなに気になってるのか聞いてんだ」
「ふふふ。そんなに見てくれているのですね、嬉しい」
「おい、ふざけるな」
「本気なのだけれど?」
「話を逸らしてるだけだろうが。話す気がねぇなら、この話は終わりだ。俺は寝る」
「分かりました。きっとキルストンも思ったでしょう? あの懐古の器とやらを見たときに」
シルビアの言葉の後、しばらく沈黙が続く。
「……それが、なんだって言うんだ?」
「死神の親は奴らから逃げ出したあと、子供を作っているのよ? ズルいと思わない? いいえ、ズルいわ。どうして死神だけがそんな事を許されているのかしら?」
「それは単純に、死神の力が俺達を凌駕しているという、ただそれだけだろう」
淡々と応えたキルストン。
そんな彼に対して、すこし荒れた声音が帰って来る。
「でもっ! 死神も私たちも、同じだったっ! 同じだったのにっ!! どうして、私たちだけが、したくも無いことばかりしなくちゃいけないのっ!?」
「おい、落ち着け。声がデケェんだよ」
「ごめんなさい。でも、だったらこの気持ちをどうしたらいいの?」
「分かってんだろ? その気持ちは絶対に表に出すな。少なくとも、俺以外が居る場所ではな」
キルストンがこんなことを言うのは意外っスね。
それに、怒りに任せたシルビアの口調が変わってたのは、素が出たってコトっすか?
だとしたら、普段の畏まった感じの口調は、そういう女性を装っている?
服装もドレスだったりするから、てっきり良いご身分の令嬢かと思ってたっスけど。
案外、全然違うのかもしれないっスね。
「いいか。願いだとか希望だとか、そういうモノはいっさい表に出すんじゃねぇぞ。そういうのは全て、弱みにしかならねぇんだからな」
「分かってる。分かってるけど。あの子なら、今度こそ助けてくれるんじゃないかって……」
あの子ってのは恐らく、リグレッタの事っスね。
確かに、リグレッタは事情を話せばある程度のことをしてくれるはずっス。
それに、二人の話を聞いた感じだと、割と乗り気で助けてくれそうっスよね。
一部、ソラリス達とシルビア達が同じっていう所が気になるっスけど。
詳細は分かりそうにないっスね。
取り敢えず、いまはこれくらいにしておくっスか。
こういうのは引き時が重要っスから。
そう思って、扉から耳を離し立ち上がろうとした瞬間。
俺は視界の端に何かが入ったのを見て取った。
部屋の前の廊下の入り口、階段の目の前辺りにカルミアが立っている。
手に大きめの箱を持っていることから、なにやら作業の手伝いをしてるみたいっスね。
だったら、そのまま階段を登るか降りるかしてくれればいいんスけどね。
なんでこっちを凝視してるんスか?
呆れたようなため息を吐はいて、こちらに歩き始めるカルミア。
来るなっス!!
そんな鎧を着たまま足音を立てたら、キルストンたちが気づくっスから!
そんな気持ちを込めて、身振り手振りでどっかに行けと伝えてみるけど、さすがは騎士様、俺なんかの指示に従うワケが無いっスよね?
あぁ、こりゃダメっスね。
なんで俺がそう思ったかって?
カルミアが口を開いたからっス。
「姿が見えないと思ったら、カッツ、こんな場所で何をしている?」
そんな言葉を聞くが否や、俺は逃走を図るしかないっス!!
だって、部屋の中から扉に近づいてくるような足音が聞こえたんすよ!?
突然走り出した俺に、一瞬怯んだカルミアの隙を突いて、階段に向けて駆ける。
後ろから、バンッと扉の開く音が聞こえたっスね。
でも、もう少しで階段に―――。
そう思った直後、いつの間にか腹から前のめりに押し倒されてしまった。
顎が痛い。
床で打ったっス。
両手も背中で拘束されてるせいで、身動きができないっスね。
「っく、降参っス!! 謝るっスから! これ以上は……」
止めてくれ。
そう言おうと、首を回して背中側を見ようとした俺の鼻先に、一本のナイフが落ちてきた。
自由落下で床に刺さってしまうってことは、凄い切れ味ってコトっすねぇ。
手入れとかも、しっかりされてたってコトっスよ。
……って、そうじゃないっス!!
嘘だろ!?
俺、殺されるんスか!?
ただ、盗み聞きしてただけで!?
そんな事だったら、情報取集とかどうでもよかったから、二人の子供づくりの方を聞きたかったっスよ!!
抑えつけられる両手。
その痛みに耐えながら、恐る恐る背中に跨ってるであろうキルストンを見上げた俺は、もう一人の姿を目にした。
「さすがにそれは、やりすぎですよ」
「離しやがれ」
キルストンが振り上げた腕をがっしりと掴んでるのは、紛れも無く、カルミアだった。
あぁ、騎士様カルミア様。
本当にありがとうっス!
そんな感謝を口に出そうとしたところで、俺は気づいたっス。
そもそもカルミアが俺に声を掛けなければ、こんなことにはならなかったっスよ。
抗議の意を込めて、カルミアを睨み上げた俺。
直後、キルストンと睨み合っていたカルミアが口を開いた。
「盗み聞きをしていたこの男も最低だが、さすがにそれで殺しを行うのは、リグレッタも許しはしませんよ」
はい。
俺が全部悪いっス。
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