第165話 趣味が悪い
昨日、終の棲家を後にした私達は、ハナちゃんの言っていた南西に向けて進みました。
相変わらず、沼地に足を取られてるせいで速度は遅いけどね。
この沼に慣れてるからかな?
霧の森で助け出した兵士達の方が、少しだけ足取りが早い気がするよ。
中には森から出てすぐに私達の元から去って行った人もいるみたいです。
とはいえ、ほとんどの人たちが私達と一緒に進むことを選んだみたいだね。
聞いた話だと、プルウェア聖教に不信感を持ってる人が多いって話だよ。
だったら、このまま逃げちゃえば良いのにね。
そんなことを言ったら、カッツさんにこう言われました。
「逃げ出したあと自力で生きてけるような奴は、かなり少数派っスよ」
彼の言葉を誰も否定しなかったんだから、きっと本当なんだね。
かといって、プルウェア聖教の聖都オーデュ・スルスに向かったところで、安全を保障してくれる人なんていないと思うんだけど。
私だって、いざプルウェアって神様と話を出来たとしても、平穏に帰ってこれるかなんて分かって無いんだもん。
だから、しっかりと準備をしなくちゃんなんだよね。
そんな感じで先行きが見えない中。
テラスに出て、前方に希望の光を探してた私達は、逆に不穏なものを目にするのでした。
「真っ黒な雲だね」
「あれはきっと、春の嵐でしょう。じきに降り出しそうですね」
そう言うベルザークさんの言葉通り、西の空に広がってる黒い雲が、私達の頭上にも腕を伸ばして来てるみたい。
強い雨が降るなら、早めに進んだ方が良いかな。
と思ったんだけどね。
「大雨が降ったらこの沼地の水位が腰のあたりまで上がるだって!?」
「場所によっては、足が着かないほど深くなる場所もあるわよ」
「そんな……それじゃあ、下を歩いてる人たちは寝ることもできないじゃない!」
驚くホリー君とハリエットちゃん。
水位が腰まで上がるのかぁ。
それに加えて、ぬかるむ足元でしょ?
そんなの、寝れないどころじゃなくて、下手したら死人が出るよね。
これは、なにか対策を考えないとだ。
「出来ることと言えば、地面を盛り上げて無理やり陸地を作るとかかなぁ」
「雨宿りができる場所も必要だよ」
「そうだね。人数的に、ネリネに全員入れてあげることは難しいからなぁ」
ハナちゃんが言うように、全員が雨宿りをして夜を凌げる場所が必要になりそうです。
「やるなら急いでやらなくちゃ。雨が降り出したら嫌だし」
「それじゃあ私は、ベルザーク様と一緒に下の人たちに協力を申し入れて来るわね」
「ならボクは作業の準備をしてくるよ。泥まみれになるのは避けたいからさ」
そう言って動き始める二人に釣られるように、他の皆も準備を始めたみたいです。
ただ、気に喰わないことでもあったような顔のキルストンさんが、テラスから階段を降りて行ったよ。
きっと、そんな彼の様子に気が付いてるのは、シルビアさんと私とハナちゃん、そしてカッツさんだけみたい。
ベルザークさんもこの場に居たら気づいてたんだろうけど、既にハリエットちゃんを抱えてテラスから飛び降りちゃったからね。
気のせいかもしれないけど、知らない間にあの二人は前よりも仲良くなってる気がします。
彼女の猛アプローチが効いたのかな?
なんて考えてる間に、シルビアさんがキルストンさんの後を追って階段を降りてったよ。
「まぁ、あんまり深入りしない方がいいよね」
「リッタ。それよりも、私達が行かないと作業が進まないよ?」
「たしかに! それじゃあ行こうか、ハナちゃん!」
ハナちゃんと一緒にする作業は、何度やっても楽しいのです。
自然と、やる気が出てきちゃうよ!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
雨対策のために、リグレッタを含めた全員がテラスを後にしたっス。
そんな様子を最後まで眺めてた俺は、よっぽど影が薄いってことっスかね?
本来であれば、俺は盗賊団の皆の所に行って作業の手伝いを指揮するべきっス。
でもまぁ、そっちにはホリーが行ったみたいっスから、任せてもいいだろう。
それよりも、いまはもっと重要なことがあるっスからね。
キルストンとシルビア。
まるで押しかけるようにネリネに乗り込んで来たこの二人を、俺はまだ信じることが出来てないっス。
このネリネの持ち主が、甘い考えの持ち主だってことは知ってたっスけど。
まさか戦争をしてた相手まで乗せるとは思ってなかったっスよ。
逆に言えば、戦争をしてた相手の家に押しかけて来る奴らも、おかしいと思うっスけどね。
霧の森でのことや懐古の器を見たときの反応。
あまりにも少ない情報から察することが出来るのは、奴らが何らかの目的を持ってここに居るということくらい。
もう少し、情報を集める必要があるっス。
そのために、俺は今シルビアとキルストンの後を追ってテラスからの階段を降りているところだ。
降りた先には誰も居ない。
だけど、奴らが向かった先に心当たりはあるっス。
っていうか、恐らくそこにしか行く場所は無いっスからね。
その部屋は、リグレッタが二人に当てがった1室。
シルビアがゴネた結果、2部屋ではなく1部屋になってたのを覚えてるっス。
あの野郎。
羨ま……って、違うっスね。
そんなことを考えてる暇があるなら、今は音を立てないことに集中するべきっス。
部屋は2階にあるワケっスから、この4階から2つ階段を降りないといけない。
幸い、今のネリネの中は慌ただしいっスから、多少なら音を立ててもバレないはず。
慎重に、そして迅速に階段を降りた俺は、まっすぐに目的の場所に向かう。
その扉の奥からは、聞いたことのある女性の声が聞こえてくるっス。
間違いない、シルビア達はやっぱり部屋に戻ってたっスね。
少々趣味が悪いっスが、情報収集のために仕方ないっス。
扉にそっと手を当てて、部屋の中に聞き耳を立てる。
そうして聞こえて来た初めの言葉は、予想外の単語だったっス。
「キルストン、私、子供が欲しくなってしまったの」
面白いと思ったら、いいねとブックマークをよろしくお願いします。
更新の励みになります!!