第164話 大きな収穫
薄れゆく懐古の器。
もう何回目になるか覚えてないこの感覚が、私は少し心地よく思えるようになって来たみたい。
それにしても、母さんは悪人を善人に変える聖女だったんだね。
そんなことをしてたなんて全然教えてくれなかったけどなぁ。
まぁ、仕方ないよね。
だって、自分の失敗を説明するのって結構恥ずかしいし。
あの母さんが、誰かに言われるがままに生きてたなんて想像もできなかったけど。
でもだからこそ、母さんはしっかりと失敗を乗り越えて自分で選択することが出来るようになったのかもしれません。
新鮮なのにちょっぴり気恥ずかしさも感じるこの気持ちは、何だろう?
きっとあれだね、私のなかに居る母さんが恥ずかしがってるのかな?
なんてね。
「……今のは何?」
「あ、シルビアさん達は知らないよね。今のは懐古の器っていう術で、この小屋に込められてた母さんの魂から記憶を見たんだよ」
「何を馬鹿なことを。この聖戦は数十年前などの話ではないのだぞ! それに―――」
「それに、今の話が本当であれば、解放者の力は元々プルウェアの力だった。というコトなのでしょうか?」
怒るデシレさんの言葉を引き継ぐように、ベルザークさんが告げました。
母さんは確かに、魂を浄化するチカラがプルウェアの奇跡の1つだって言ってたもんね。
「興味深いなぁ……これまでに見て来たものとの繋がりも感じられるよね。2人が選択することをすごく重視してた理由が、やっと理解できた気もするし」
そう言ったホリー君は、いつものようにメモし始めてる。
そのまま、いつも通りの会議が始まるのを待ってた私達だったけど、約数名ほど、流れに着いて来れていない人が居たのです。
「待ちなさい!! 整理させて、さっきのは本当に死神なの? 過去に起きた事実だというの?」
「そうだよ。そんなに私のお母さんたちのことが気になるの? シルビアさん」
「そ、そう言うわけでは……でも……」
何か言い難いことでもあるのかな。
言葉を濁した彼女は、遠慮がちな視線をキルストンさんに投げてます。
対する彼は、目を閉じて腕を組んだまま大きなため息を吐きました。
「おい、勘違いだけはするんじゃねぇぞ」
「でも」
「現実を見ろ、シルビア。希望なんざ、持ってても使い物にならねぇってのは身に染みてるはずだ」
「……そうね。そうだったわ」
なんか良く分かんないけど、二人にとっても今の懐古の器は何か意味を感じたみたいだね。
それがちょっとでも希望だと思えたのだとしたら、術を使ってよかったよ。
と、そんなことを考えた私は、視線の端っこでボンヤリしてるハナちゃんに気が付きました。
ボンヤリしてると言うよりは、黄昏てるって感じかな?
時間は全然違うけどね。
「ハナちゃん、もしかして何か思いだしたのかしら?」
私の視線に気づいたのかな?
ハリエットちゃんが小声で聞いて来たよ。
でもね、それくらいの小声だったら、きっとハナちゃんには聞こえてるはずなのです。
「……思いだしたよ」
「思いだしたって、ここであったことをっスか!?」
「うん」
短く返事をするハナちゃんは、ちょっと落ち込んでるようにも見えます。
「あー……まぁ、そうっスよね。思いだしても気持ちのいいことじゃなさそうっスもんねぇ」
そういうことは、思っても言っちゃダメでしょカッツさん。
まぁ、ハナちゃんは気にしないみたいだけど。
っていうか、結構清々しい顔してるような?
「平気だよ。ただちょっと、驚いてただけだもん。あの荒れ地がこんな沼になってるなんて、思ってなかったから」
「そういえばそうよね。さっきの映像だと荒野って感じだったけど、どうして沼になっちゃったのかしら?」
「ハリー。ここはプルウェア聖教国の領地なんだから、理由は明白だよ。きっとこの800年の間に、プルウェアが大雨でも降らせたのさ」
「おいちょっと待て! いまなんと言った!? 800年!? それはふごふご―――」
ホリー君の解説に横やりを入れようとしたデシレさんの口は、ベルザークさんによって封じられてしまいました。
「そういう話はもうとっくの昔に済んでいるので、アナタは少し黙っていてもらいましょうか」
口にハンカチを詰め込まれたデシレさんが、ベルザークさんを睨んでるけど、まぁ、効果は無いよね。
それにしても可哀そうだなぁ、ハンカチ。
そんな使い方をするものじゃないのにね。
きっとあとで怒るんだろうなぁ。
「話が折れちゃったけど、ハナちゃんに1つ聞きたいことがあるんだ。良いかな?」
「うん」
「この時のハナちゃんは、イージスさんと一緒に後からここにやって来たんだよね?」
「そうだよ」
「それじゃあ、ここにやってくるまで、どこで何をしてたのか覚えてる?」
ホリー君の質問を聞いたハナちゃんは、小さく頷いてから南西の方を指さしました。
「あっちにあった沢山の橋を、壊しに行ってたんだよ」
「なるほど、追手を撒くためにってことだね」
「そう。でも、上手く行かなかったんだ」
「それはどうして?」
「川の中から見られてて、バレちゃったの」
「川の中から? それは何だったの?」
「分かんない」
正体不明の何かが、川の中から見張ってるってことだね。
それを事前に知れただけでも大きな収穫だよ。
エメスとか言う大きなゴーレムのことも知れたし、見てよかったね。
よくよく考えたら、この小屋って元々はエメスってゴーレムだったんだよね?
母さんの魂が込められた涙を取り込んでたワケだし。
そう考えると、ちょっと皮肉なのかな?
だって、この地で亡くなった人たちの終の棲家に、死神ソラリスの魂が宿ってたんだから。
安らげてると良いなぁ。
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