第163話 懐古の器:眩しい瞳②
「あなたはまた、空気に流されようとしている! そんなすぐに、自分のことを諦めちゃダメだ!」
輝く瞳のイージス様が、躊躇することなく一歩を踏み出しました。
きっと今、彼は死ぬことを恐れていないのでしょう。
だって、腕を伸ばせば触れられるような距離にまで、私に近づいているのですから。
これほど死が充満した場所は、世界中を探しても中々ないというのに。
本当にこの人ったら……。
決意と覚悟で塗り固めていたはずの私の心が、ボロボロと崩れ落ちていくのが分かります。
なんだか、カッコ悪いですよね?
だから私は、ちょっとだけ悪あがきをすることにしたのです。
「イージス様。その言葉は、本心から言っているのですか?」
「当たり前だ」
「こんなに汚れてしまってる、私を見ても?」
「そうだ」
「そんなの、嘘ですよ。イージス様は分かっていないのです。私は……私はもう、この世界のことを愛することなんてできないのですから」
もう一度塗り固めた決意を、視線に込めてぶつける。
けれど、彼はそんな私の視線を真正面から受け止めつつ、投げ返して来たのです。
「そんなの当たり前だろ! 世界がアナタのことを。ソラリスのことを愛さなかったんだから」
彼曰く、私は世界に愛されていなかったようです。
そうなのでしょうか?
私は私なりに、今までの日々を一生懸命に楽しんで生きて来たと思うのですが。
その中で、教会にいたからこそ得られた喜びや幸せの中には、きっと紛れもない愛が含まれて―――。
「納得いかないって顔してる。だから、はっきり言うぞ。ソラリス。愛されていたかどうか明確になるのはな、最期の時だけなんだよ!」
最期の時?
つまり、死ぬときのこと?
そうなんですね。
それは知りませんでした。
そっか、確かに私は最期の最期に悪人になってしまいましたから、当然、愛されるわけがありません。
やっぱり、仕方が無いことです。
なんて、私が落ち込もうとしたその時、イージス様は続けたのです。
「だ、だからさ、もうちょっと待ってくれよ。さすがにまだ、俺も気持ちの整理をつけたいし。できれば、もう少し穏やかな感じで迎えたいだろ?」
「……ん? えっと、イージス様? それはどういう意味ですか?」
「そ、そんなこと、面と向かって聞くものじゃねぇだろ!!」
どうして取り乱すのでしょうか?
気持ちの整理をつけたいとか、もう少し穏やかな感じとか。
よく、意味が分かりませんね。
取り敢えず、守り人エメスが近づいていますので、先にそちらを片づけることにしましょうか。
こんなモヤモヤを抱えたままでは、死ぬに死に切れませんので。
迫り来る巨大なエメスの拳を岩石の拳で弾き飛ばし、風で奴の足元をすくい上げます。
ふぅ。
これをあと、5回は繰り返さないとダメなのですね。
と思いきや、いつの間にかグリフォンに乗って飛び立っていたイージス様が、1体のエメスを爆薬で吹き飛ばしてしまいました。
助かりますね。
ですが、あんまり無茶をしていると死んでしまいますよ?
ほらっ!!
もうっ!
私が風で援護しなかったら、グリフィンと一緒に地面に叩き落とされていたところです。
「ソラリス! ありがとう! 助かったぜ!!」
「もう少し気を付けて下さい!」
「すまん! ソラリスが見ててくれるから、つい油断しちまったぜ!」
「っ!? わ、私が見てるからって……」
私、そんなに見てました!?
いえいえ、違います。
私はただ、彼が危なっかしいから見てただけで……。
って、見てるじゃないですか!!
っていうか、そういうイージス様だって私のことを見てたってことですよねっ!?
それならお相子なのでは?
ダメです。
集中できません。
このままじゃ、私とイージス様二人が気を抜いた瞬間に、簡単に死んでしまうかもしれない。
そんなバカみたいな死に方は嫌ですよね。
死ぬならもっと穏やかに。
それに、気持ちの整理だって……。
あれ?
これって、どっかで。
気が付いた瞬間、私は理解しました。
彼が見せてくれた覚悟を。
あぁ。顔が、熱いです。
涙が止まりません。
足に、力が入らなくなってきました。
「ソラリス!! どうした!?」
慌てた様子の声が、頭上から降り注いできます。
あぁ、良かった。
今の叫び声のおかげで、彼の居場所が分かったから。
空を飛んでいるグリフィンとイージス様には当たらぬよう、調整が必要ですからね。
思えば、私は本当に愛されてなどいなかったのでしょう。
ですが、それは当然なのかもしれません。
だって、今までの私は何かを選択したことなどなかったのですから。
だから、決めました。
決意で塗り固める必要なんてなかったのです。
世界のためになんて、生きなくていい。
私は、私と一緒に死んでもいいと思ってくれてるような、そんな人と共に生きていきたい。
そのためなら、悪人でも死神でも、なんにでもなって見せましょう。
全方位に向けて生み出した岩石の槍が、エメスの身体を貫きます。
そんな槍さえも取り込もうとするエメスですが、もう遅いですよ。
作った槍の先端には、私が零した涙が含まれているのです。
私の決意が籠った涙。
そんな子たちならきっと、プルウェアの奇跡にも抗ってくれるでしょう。
そんな私の思惑通り、迫ってきていたエメス達はボロボロと崩れていくのでした。
「な、なにがどうなってるんだ?」
そう言いながら降りて来たイージス様は、ふと私を見て呟くのです。
「なんか、やけに嬉しそうだな」
「ふふふ。そう見えますか?」
「あぁ。どうしたんだよ? さっきはいきなり泣きはじめたり……」
「あれはイージス様のせいですよ?」
「え!? お、俺、何かしたっけか?」
「はい。乙女を泣かすなんて、悪い人ですよね」
「ぅぐ……」
「でも、そんな悪いイージス様も、嫌いじゃないですよ」
「そうなのか? 良く分かんないけど。まぁ、俺達は悪人同士ってわけか」
「そうですね」
「でも、気落ちする必要なんて無いんだぜ! だって俺達は、世界に愛されなかった悪人なんだ。つまり、愛してくれない世界なんて、捨てちまえば良いってワケだよ」
そうカラッと笑うイージス様を、私はただ見つめる。
そうしたいと思ったから。
すると、ちょっと気まずそうに笑った彼が、告げたのでした。
「なんか、ソラリスの瞳が眩しくなった気がするよ」
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