第162話 懐古の器:眩しい瞳①
お日様がテッペンまで登ってしまいました。
それは、毎日欠かさずに繰り返されることのはずなのですが。
今日だけは、登らないでほしかったと思ってしまいます。
「あれだけ、信じてくれって言っていたのに……」
待てども待てども、彼は姿を現しません。
こんな荒れ果ててしまった大地のど真ん中でたった一人、待ち続けていた私は、さぞ間抜けに見えるのでしょうね。
それを証明するかのように、私を取り囲んでいるプルウェア聖教の兵隊さん達は、多種多様な笑みを浮かべています。
嘲るようなもの。
安堵するようなもの。
分かち合っているもの。
そのどれもが、私を追いつめていることに喜びを覚えているのでしょう。
まぁ、それも当然の反応なのかもしれませんね。
だって、私はもう聖女ではないのですから。
世の中に存在している悪人は、命を奪わない限り善人には成り得ない。
そんな世界、悲しいでしょ?
だから私は、聖女の力を使って悪人を浄化していたのです。
魂を浄化する力。それこそが、聖女の力。
ホープ司祭より与えられたこの力は、プルウェアの奇跡と呼ばれるものの1つで、聖女の資質のある者に引き継がれてきたのだとか。
初めは戸惑いましたが、皆が望んでくれていると思うだけで、私は浄化を続けることが出来ました。
言われるがままに、いったいどれほどの人々の魂を浄化してきたことか。
そのおかげで、聖都オーデュ・スルスからは悪人が居なくなったと聞いています。
それが、私の誇りだったのです。
誇りだったのです……。
いつだったかな。
何かが少しずつ崩れ始めていったのは。
目の前に運び込まれて来た悪人を浄化していただけなのに。
いつしか、浄化をしている私こそが、どんどん悪に染まっているのだと吹聴する者が増えてきましたね。
初めから今に至るまで、私は全く変わってなどいないのに。
でも、だからこそ、私はすべてを諦めていたのでしょう。
処刑されても仕方が無い。
そんなふうに。
だってそうでしょう?
汚れを洗い流した水は、汚れていてもおかしくないのだから。
彼らの言うことには、私自身も納得できていたのです。
ですが、彼とあの子が、私の納得を引きはがしてしまいました。
「やっぱり、納得できないです」
私は、言われた通りに浄化をしていただけなのにっ!
なぜ、悪人だと罵られなければいけないのですか?
それとっ!!
イージス様もっ!!
一緒に逃げようと言っておいて、どうして戻って来てくれないのですかっ!!
まさか、リンちゃんと二人だけで逃げたってわけでは無いですよね?
それとも、私のあずかり知らぬところで、命を落としたわけじゃないですよね!?
どちらも、納得できません!!
必ず見つけ出して、納得のいく説明をしてもらわないと。
だから、こんな何もない荒地で、処刑されるワケにはいかないのです。
「ここから先は、謝りません。私は今から容赦することなくあなた方の命を奪います。それでも構わないという方だけ、かかってきてください」
広がる動揺。
そんなものに構う必要はないですよね?
私が歩けば、そこに道が出来るはず。
そう思っていたのですが、私が聖都オーデュ・スルスに戻ることをよしとしないのか、兵士たちは道を空けてはくれません。
おまけに、本気で私を処刑するつもりのようです。
守り人エメスまで引き連れて来ているのが、その証拠。
大量の土砂で作り上げられ、その核にプルウェアの奇跡を宿しているゴーレム。
そんなゴーレムなら、私に対抗できると踏んでの事でしょう。
実際、あれに捕まってしまえば私に勝ち目はないでしょう。
どちらにせよ、手を抜くことはできませんね。
そうと決まれば、まずは戦えるだけの空間を造り上げてしまいましょう。
周囲にいる人には申し訳ありませんが……違いますね、謝罪はしないのでした。
彼らも私も、勝たなければ命を落とすだけ。
そこに情けは無用です。
魂を宿した剣が兵士の首をはね飛ばしても。
地面に生やした無数の岩槍が、兵士の腹を貫いても。
巨岩のような重さの空気が兵士達をペチャンコに押しつぶしても。
そこに意味などはありません。
ないのです。
ただ、彼らの流す血液が、この荒れ果てた地を潤すだけ。
それだけなのです。
「この死神め!!」
不意に聞こえてきたそんな声は、鈍い音と共に潰れて消えてしまいました。
死神。
それはまさしく、私にぴったりな名前だと思います。
悪人へと成り果ててしまった者の末路。
煽てられ自らの行動を自らで選択せずに、現実を認めることのできなくなった聖女の末路。
もはや、神を信じることなどできやしません。
信じることが出来るのは、自分だけ。
他はすべて、失ってしまいましたから。
さて、つぎは誰でしょうか?
そういえば、守り人エメスがまだいましたね。
エメスはその大きな身体のせいで動きの鈍いから、十分に時間を稼ぐことが出来ました。
とはいえ、油断は禁物ですね。
このあたりの荒れた大地は、エメスにとって快適な場所でしょうから。
「さっきよりも大きくなってるように見えるのは、気のせいじゃないみたいですね」
よく見れば、エメスは足元から荒れ地の岩や地面を吸収しながらこちらに向かっているようです。
対抗するためには、こちらも物量を準備しなければ。
空気では負けてしまうので、やはり岩を使うべきでしょう。
そう思った次の瞬間。
エメスの頭上を見知った影が過ったのです。
「間に合った!! ソラリス様!」
「イージス様!?」
相棒のグリフォンに乗って来た彼は、私の傍に降り立ちました。
無事だったんだ。
そんな喜びも束の間、私は彼の表情が強張っていることに気が付きます。
「これは……」
彼の視線の先に映っているモノ。
それは、真っ赤に染め上げられた荒れ地です。
「ごめんなさい。私、イージス様が来ないと思って……でも仕方が無いですよね? 私は悪人なので。こうするしかなかったのです」
「……」
本当に、私は悪人になってしまったのでしょう。
だって、こんな言い方じゃまるで、イージス様のせいだって言ってるようじゃないですか。
きっと、嫌われてしまいますよね。
でも、それはそれで良いかもしれません。
私はどうせ―――
「ソラリス! まさか、諦めたんじゃないだろうな!」
「え?」
呆気にとられた私が見たのは、怒りに満ちたイージス様の瞳。
その瞳が、今の私にはとても眩しく見えたのです。
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