第161話 終の棲家
死神が殺戮を繰り広げた?
それはつまり、母さんと父さんが大勢を殺したってこと?
いいや、父さんは慟哭の岬で解放者になったんだから、デシレさんが言ってるのはソラリス母さんのことだよね。
あの母さんが?
ううん。
違うよね。
あんまり想像はできないけど、完全に否定することもできません。
これまでに見て来た懐古の器で、私は見たことない母さんの一面を知って来たんだから。
でも、デシレさんの言うことを鵜呑みにするつもりもないんだよね。
「それがホントだっていう証拠はあるの?」
そんな私の問いかけに彼は短く「ある」と応えたのです。
嘘を言ってるようには見えないくらいきっぱりと言われちゃったら、確かめるしかないよね。
シルビアさんとキルストンさんも心当たりがあるみたいだから、ホントなんだろうなぁ。
そんな3人の案内の下、私はサラマンダーを南西に進めました。
ぬかるんでるせいで遅い足取りは、私に考える時間を与えてくれてるみたいだね。
それとも、サラマンダーも気が進まないってコトなのかな?
しばらく進んだ頃、私は前方の沼に2つのモノを見つけました。
1つは、明らかな人工物です。
小さな石造りの小屋と、その周りを囲むように並べられた大量の石板たち。
これがデシレさん達の言う証拠ってコトらしい。
それはお墓。
この地で亡くなった大勢の人々が眠ってる、お墓です。
お墓って言えば、死神の森に帰ったらハナちゃんのお父さんとお母さんのお墓を作ってあげなくちゃいけないんだったね。
そう考えた私は、少し不思議に思っちゃいました。
この沼地には、見渡すだけで沢山の生き物が住んでるみたいなんだよね。
鳥とか魚とか蟹とか。
ホントに、探し始めたらキリが無さそうだよ。
そんな、命に囲まれてる場所にお墓があるのは、ちょっと不思議じゃない?
そう思うのは、私だけかな?
考えすぎかもね。
それはさておき、もう1つ私が見つけたモノは、このお墓の中にあるのです。
お墓の様子を見るためにネリネから降りた私は、それが見間違えじゃなかったことを確認しました。
「リッタ。これって……」
「そうだね、母さんの魂だよ」
小屋の傍に立ち、隣にいるハナちゃんに返事をする。
黙っちゃったハナちゃんは、何か考え事をしながらソレを―――石造りの小屋を凝視しています。
もしかして、ここで起きた事を何か覚えてたりするのかな?
それとも、思いだそうとしてるのかな?
何も言わないハナちゃんを横目で見た私は、その壁に目を移しました。
それは思いを馳せる為なんかじゃないよ。
私が壁を見た理由。
それはね、壁に沢山の文字が刻まれているからなんです。
この地で起きた争いの事を説明してる内容で、その文章の後には亡くなった人の名前が延々と彫られてるみたいだね。
死神を追いつめた英雄たちの雄姿。
そんな雄姿を称えるために、そして英雄たちが安らげる場所を確保するために、この地に小屋を建てたらしい。
終の棲家。
そう銘打たれたこの小屋には、大きくこんな言葉が彫られていました。
「これは、なんて読むんだろう?」
灯殄
見た事のないその文字を、私もハナちゃんも読むことが出来ませんでした。
ベルザークさんや、あのホリー君でさえ、読めないみたいだね。
でも、たった一人だけ、読める人がいたんだよ。
ううん。
違うかな。
正確に言えば、読み方自体は私も既に知っていたんだよね。
「それは灯殄。プルウェア様の教えの一つだ」
「……え?」
ひでん?
デシレさんの口からその単語が出て来るなんて、思っても居ませんでした。
「世界に蔓延っている灯を殄く絶やすこと。つまり、悪人を根絶やしにすることを意味しているのだ!」
それによって、世界から争いは無くなり、全ての人間は浄化される。
得意げに告げる彼を、私は凝視することしかできないよ。
「言ってることがメチャクチャじゃない! 浄化するのに、戦争を起こすのは良いワケ!?」
「何を言っている? 善なる目的の争いなくして、浄化は成し得ることが出来ないではないか!」
理解できないという表情を浮かべるハリエットちゃん。
でも、デシレさんの言ってることは、すごく単純なことなのかもしれないよね。
つまり、浄化は争いの果てに勝利して、手に入れるもの。
そんな考え方。
きっと、私はその考え方を理解してる。
だってそうでしょ?
『ひでんのしょ』の術を使って、便利な生活を満喫する。
それもある意味、勝ち取ってると言える気がするのです。
私にしかできないことを、満喫してるんだからね。
ただ、誰も私から奪い取ろうとしてこなかっただけなのです。
出来なかっただけなんだろうけど。
納得いかない様子のハリエットちゃん。
そんな彼女とは対照的に、ホリー君が呟きました。
「歴史は勝者によって作られる。なんてことはずっと昔から言われてきたことだよ、ハリー」
「兄さん?」
小屋の壁を手で撫でつけたホリー君は、デシレさんに視線を向けました。
「そして、勝者が入れ替わることも、歴史上で何度も起きてることだ」
「っ……」
ホリー君の言葉に反論できなかったのか、デシレさんが口を噛み締めてます。
でもそっか、ホリー君も良いこと言うよね。
争いの勝者が歴史を作って来たからこそ、『勝ち』こそが価値あるものだって考え方になったんだよね?
それじゃあ、争いそのものの意味を失くしちゃったら?
全然、全く、これっぽっちも。
こんなことを考えてたワケじゃないんだけど。
私はそのやり方を1つ、持っているのです。
っていうか、宣言までしちゃったんだよね。
イージス父さんが言ってた、成長の証を見せつけてやれって。
あの言葉は、このことを言ってたのかな?
知らなくちゃ。
母さんたちが、私に『ひでんのしょ』を作らせた理由を。
考えなくちゃ。
これから先、何を目的に生きていくべきなのか。選択していくべきなのかを。
そのために、観なくてはいけません。
目を背けずに、過去にあったことをね。
「みんな、懐古の器を使うけど、いいかな?」
そんな私の言葉に、誰も反対する人は居ませんでした。
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