第160話 笑えない冗談
デシレさんを捕まえることに成功した私達は、そのまま霧の森を抜け出しました。
気絶してる彼の懐から、プルウェアの涙が入った小瓶を見つけ出せたのが良かったみたい。
おかげで、蜃に警戒する必要もなく進めたんだからね。
道中、池に迷い込んでた人たちも助けることが出来たんだよ。
まぁ、助けるっていうより道案内をしてあげたって感じだけどね。
気絶してるデシレさんを見せてあげたら、ほとんどが素直に着いて来てくれたのです。
「まるで人質を取ってるみたいっスね」
「いいえ、彼らにとってこの男は恐怖の対象でしたので、むしろ死神の手に落ちた様子を見て安心しているのでしょう」
シルビアさんもカッツさんも、そういう話は本人の前でしないで欲しいんだけどなぁ。
まぁ、きっとホントのことだから気にしても仕方ないのかな。
ホントのことだからこそ、私はプルウェアって神様に文句を言いたいんだけどね。
自分の命を失ってしまうかもしれないっていう恐怖。
大切な人を失ってしまうかもしれないっていう恐怖。
そんな恐怖で人の選択肢を操ってしまったら、納得できる選択なんてできっこないのです。
「霧が薄くなってきたよ!」
「やっと森の外に出れるっスか」
「油断は禁物だ。カッツ、周囲の様子をしっかりと見張るように」
「分かってるっスよ」
見張りを務めてるハナちゃんとベルザークさんとカッツさんは、気合が入ってるみたいだね。
まぁ、やっと薄暗い環境から抜け出せるからね。
正直、私も待ち望んでたよ。
取り敢えず、濡れちゃってる服を着替えて洗濯したいかな。
「お日様だぁ!」
沈みかけの太陽を指さして叫ぶハナちゃん。
どうやら、一日かけて森を抜け出すことが出来たみたいです。
短いようで長かったよ。
水の補給はしっかりと出来てるから、早く温かいお風呂に入りたいね。
みんな同じことを考えてたのかな。
森を抜けた私達は、誰一人反対することなく森のすぐ傍で一晩過ごすことにしたのです。
しっかりと身体を休めて、翌日。
私達はいくつかの新しい問題に直面していました。
「泥んこだらけだね」
「そうだねぇ」
「泥合戦してきていい?」
「汚れるから、また今度にしておこうねぇ」
「えぇ~」
「ハナちゃん。ここはもうプルウェア聖教国の領土内に深く入り込んでいるのです。油断は禁物ですよ」
「はぁ~い」
霧の森を抜けた先に広がってたのは、だだっ広い沼地でした。
霧の森の中も足元はぬかるんでたけど、ここはもう、そんな易しい表現じゃ足りません。
サラマンダーですら足を取られるくらい、深い沼なんだよね。
プルウェア聖教軍の人たちって、戦争がある度にこんな道を進んでるんだね。
すごいや。
と思ってシルビアさんに聞いてみたら、沼が浅くない道があるんだって。
とはいえ、そんな細い道をサラマンダーが通れる訳も無く、こうして私達は大幅な足止めを喰らっているのです。
地面を歩いてるプルウェア聖教の人たちの方が、歩みが速いよ。
なにか対策を考えないとだね。
それとは別に、まだ問題があるのです。
「理解できんな。なぜ私を生かしている?」
「そんなに生きてるのが不服なの? 私が反対しなかったら、結構危なかったんだからね?」
手足を拘束された状態でテラスの椅子に腰を下ろしてるデシレさん。
昨日、ベルザークさんに盾で思いっきり顔面を殴られた彼は、今朝ようやく目を醒ましたのです。
あれは痛そうだったなぁ。
そんなことはおいといて、今は彼との貴重な対話に集中しなくちゃだね。
まぁ、対話が成り立つかは分かんないけど。
「とりあえず、サラマンダーとネリネに穴を空けたことはちゃんと謝ってよね」
「ふんっ。謝らせたいのであれば、まずはこの拘束を解いてもらおうか」
「そんなことできないよ。だって拘束を解いちゃったら、暴れるでしょ?」
「当たり前だ」
素直だよね。
だからこそ、解放できないんだけどさ。
「謝罪はもういいや。代わりに教えて欲しいんだけど、霧の森の中で何があったの? どうしてみんなバラバラになっちゃってたの?」
「……教えると思っているのか?」
「少しくらい良いじゃん」
軽く駄々をこねてみたけど、無視されちゃったよ。
当然かな。
すると、少し離れた場所で私達の会話を聞いてたらしいキルストンさんが、小さく失笑を漏らしたよ。
「やっぱり、そいつは殺しとくべきだぜ」
「結論が早いよねぇ」
「こういうのは、早い方が良いに決まってるだろ。じゃねぇと、テメェの寝首を掻っ切られるぞ」
それは分かってるんだけどさぁ。
そんな早く諦めたくは無いんだよね。
不眠の山で会った時からずっと、私はデシレさんに言い表せないようなモヤモヤを抱えちゃってるのです。
なんとなく、原因は分かってるんだけどね。
彼は恐怖で人の選択肢を操っていたから。
それが許せなくて、止めたくて。
なんとか説得したいんだけど、出来ないんだよ。
どうしてなんだろ?
ここで対話を止めちゃったら、きっとキルストンさんの言う通り、命を奪うことでしか止められない気がするんだ。
きっと、根本的な何かが、私とデシレさんの間にあるんだ。
それが深い溝なのか、大きな壁なのかは分かんないけど。
……根本的。
そんな話ができる程、私とデシレさんは仲良くないからなぁ。
どうしよう。
そんなことを考えてると、ずっと様子を見てたらしいホリー君が、ゆっくりと近付いてきました。
「あの……もしよかったら、ボクも混ぜてもらっていいですか?」
「ん。なにか話したいことでもあるの?」
「話したいことというよりは、聞きたいことかな」
そう言った彼は、いつものようにメモとペンを手にすると、デシレさんに質問を投げかけました。
「そもそもの話になるんだけど、プルウェア聖教はどうして解放者を悪人だと定めたのかな?」
あれ?
それって、解放者がプルウェア聖教の教えに反する存在だからじゃなかったっけ?
これはホリー君も知ってるはずだよね?
なんだったら、手にしてるメモに書かれてると思ってたけど。
ちょっとだけ混乱した私は、直後、ホリー君が小さく頷いたことに気が付きました。
やっぱり、覚えてるみたいだね。
ってことは、あえてその質問をしたってこと。
なにか考えがあるってことでしょう。
そんな彼の思惑を知ってか知らずか、デシレさんが口を開きます。
「ここでそのようなことを聞くのか。笑えん冗談だ」
「それはどういう意味ですか?」
「覚えておけ。このバレン沼地にはな、かつて死神が殺戮を繰り広げたっていう過去があるんだよ」
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