第16話 後悔
「たまげたなぁ……まさか、死神を目にすることができるなんて、思ってなかったぜ」
「失礼ですよ、タイラー」
「すみません、カルミア隊長。つい、本音が漏れたっス」
金髪の頭を掻きながら、私に視線を投げかけて来るのは、タイラー。
カルミアさんの部下なんだって。
彼は、魔物から逃げ出した後、カルミアさんのことが心配になって探しに来たんだとか。
仲間想いの良い人だよね。
でも、あのあたりにそんなに強い魔物なんていたかなぁ?
カルミアさんを石化させた魔物が居たのは確かだけど。
私達が着いた頃には、もういなかったんだよねぇ。
なんて考えていたら、お茶を飲み終えたらしいカルミアさんが、すっくと椅子から立ち上がった。
「リグレッタさん。いいや、リグレッタ殿。この度は命を救っていただき、真に感謝いたします」
「うぇ? 私、何もしてないけど」
「いいえ。間違いなどではなく、私は貴女に命を救われたと考えています」
そ、そんなに言われたら、照れちゃうなぁ。
実際、私がしたことなんて、万能薬を作ったくらいだよ?
確かに、石化の呪いは厄介だけど、そんな大げさな話じゃないよね?
でもまぁ、ここは素直に感謝を受け取っておこうかな。
「本来であれば、何かしらの謝礼を用意したいところなのですが……」
「いやいや、良いですよ。一緒にお茶も飲めましたし。お散歩できて楽しかったので。ね、ハナちゃん」
「うん!! お散歩は楽しいんだよっ!」
「お散歩……」
カルミアさんが、信じられないとでも言いたげな顔で私とハナちゃんを見比べてる。
もしかして、お散歩したことないのかな!?
本で読んだけど、騎士ってお仕事で忙しいから、遊ぶ暇とかほとんど無いんだよね?
大変なんだろうなぁ……。
「もし、また森に入る予定があれば、その時は一緒にお散歩しますか?」
「それは非常に興味深いお誘いですね……ですが、それは難しいと思います」
「そうですか。きっと楽しいと思うんだけどなぁ」
カルミアさんは忙しいんだから、仕方が無いよね。
今も、しきりに窓の外に視線を投げて、帰りたがってるみたいだし。
「それでは、リグレッタ殿。美味しいお茶をありがとうございました。名残惜しいですが、私達はこの辺でお暇しようと思います」
「そうですか。森の外まで行くんですよね? 良かったら、出口まで送って行きましょうか?」
「……本当、ですか!?」
お、かなり食いついてきたね。
やっぱりあれなのかな?
カルミアさん達はこの森についてあんまり詳しくないから、ちょっと怖かったりするのかな?
分かるなぁ。
私も小さい頃は、森の中を歩くのが怖かった覚えがあるもんね。
「リッタ。またお散歩に行くの?」
「うん。そうしようと思ってるよ。ハナちゃんもついて来る?」
「行く! ねぇリッタ! あれやりたい!」
「あれかぁ~。そうだねぇ。ちょっと聞いてみようね」
ハナちゃんの言う『あれ』って言うのは、少し前からハマってる遊びのことだ。
きっかけは、ラービさんだった気がする。
我が物顔で空を飛び回るラービさんを見て、ハナちゃんは羨ましそうにしてた。
そして、色々試し始めたんだよね。
ベッドの上で飛び跳ねてみたり、屋根の上から飛び降りようとしてみたり。
危ないことを繰り返す度に、シーツと箒に助けられてたよねぇ。
でも私は、ハナちゃんが何をしたいのか分かって無かったんだ。
だから、屋根の上に居るのを見つけた時は、飛び上がって驚いちゃったよ。
だから、ある日ハナちゃんに聞いたんだ。
そしたら、ラービさんを指さして、こう言ったんだよね。
「ハナも空飛びたい!!」
それくらいの事なら、言ってくれたら叶えてあげるのに。
って言ったら、ハナちゃんは小さく呟いてた。
「だって、ハナが飛べたら、リッタに教えたいもん」
あの時は、我を忘れて抱き着きそうになったよね。
危なかったよ。
ホントに危なかった。
それから、ベッドシーツと沢山のリーフちゃん、そしてタマルンの力を借りて、ハナちゃんは空に飛び立つことができたのです。
「おっさんぽ、おっさんっぽ! ふぅ~!!」
お玉のタマルンを持って外に駆け出してくハナちゃん。
そんな後姿に、私は声を掛けた。
「ハナちゃん、慌てて転ばないようにね!」
「は~い!」
元気のいい返事を聞きながら、私はベッドシーツにサインを出し、その後、リーフちゃんの唄を奏でる。
うん。
大量のリーフちゃんが畑の横に集まりだしたね。
そうしたら、ベッドシーツにリーフちゃんをくるんでもらって、それにハナちゃんがタマルンを挿したら、完成するはず。
「あの、リグレッタ殿? 一体なにを」
「今からお散歩に行くんですよね? だったら、空のお散歩とかしてみたくないですか? って言うか、ハナちゃんが乗り気なので、一緒に空を散歩しに行きましょうよ。その途中で、森の外まで向かえば良いと思うので」
「空の散歩!?」
「……死神、マジパネェッスね」
マジパネェって、どういう意味なのかな?
今度、本で調べてみよう。
「はぁ……リグレッタ。私はもう疲れた。今日の所は帰るぞ」
「あ、ラービさん、帰るんですね。気を付けてください」
「ばいば~い」
西の森に向かって飛んで行くラービさんを見送って、私は空の散歩の準備を進める。
ちなみにハナちゃんは、既に準備万端だ。
「カルミアさん、タイラーさん。ハナちゃん号の後ろに乗ってくださいね」
「ハナちゃん号?」
「もしかして、その簡易ベッドみたいな奴のことを言ってるっスか?」
簡易ベッドって、失礼だよね!?
リーフちゃんをくるんだシーツは、フッカフカで気持ちいいんだよ!?
まぁ、私は一緒に乗れないんだけどさぁ。
内心、ハナちゃん号に乗れる2人に不満を垂れながら、私は箒の柄に腰を乗せる。
「よろしくね、箒さん」
恐る恐るハナちゃん号に乗るカルミアさん達を待って、私達は空へと飛び立つのでした。
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リグレッタとハナちゃんと共に巡った空の散歩が終わった。
私は今、死神の森の東にあるベスカー平原に居ます。
「いやぁ……あれが死神か。すごかったっスね、カルミア隊長」
「そうですね」
正直にいうと、タイラーの話しなんて頭に入ってきていません。
それどころじゃない。と言うのが本音です。
「それにしても、まさか森の中を彷徨ってた騎士団員を全員見つけて、ここまで運んできてくれるとは。俺、死神ってのはもっと、恐ろしくて危険な奴だと思ってたっス」
「タイラー。少し静かにしてくれませんか?」
「す、すみません」
彼が興奮するのも分かります。
正直、私の心臓は、今までに聞いたことが無いほど高鳴っているのですから。
ですが、冷静に考えなければいけないことが、沢山あると思うのです。
まず、今回の調査で得られた最大の情報は、リグレッタという名前の死神が、森に棲んでいるという事実。
気になるのは、その名前。
リグレッタ。
その名が意味するものが、私の考えている通りだとしたら……。
それはきっと、私達人間にとって、脅威になると考えた方が良いのかもしれません。
そしてもう一つ、獣人の集落を壊滅させた犯人は、リグレッタではないでしょう。
なぜなら、きっと彼女なら、燃えカスなど残る余地も無いほどに、完璧に集落を消し去ることができたはずだから。
それをせず、おまけに獣人の女の子を拾って育てている。
それがすべて、ただの気まぐれだとは、思いたくありませんね。
今回の調査で、私は理解しました。
なぜ、この森が、死神の森と呼ばれているのか。
死神が住んでいるから?
いいえ、違いますね。
文字通り、この森が死神の所有物だと言うことを、示しているのでしょう。
「急ぎ、国王陛下に情報を届けなければ……」
この情報は、我が国にとって有益なものに違いありません。
そして、今後の動き方を考える必要がありますね。
間違っても、彼女と敵対することが無いように。
後悔。
彼女の両親は、何を思ってその名を付けたのでしょう。